第2話
あの日から彼の姿を見ることはなかった。
図書室で私を見たときの怯んだようなあの表情が頭を離れない。あれはなんだったのだろうか……
私はモヤモヤとした気持ちを晴らせずに新学期を迎えていた。
味気ない学校生活は単調な繰り返しで、あっという間に時間が過ぎていった。
新学期初日のホームルームで委員決めが行われ、部活に所属していない生徒がその対象となり私は見事じゃんけんに負けて風紀委員という肩書きを手に入れた。
そして、新学期が始まり1週間が経った頃とうとう最初の風紀委員会が本日放課後に開催される。
放課後になり、重い足取りで指定された教室へ向かう。
本当はもう一人男子の委員がいるのだが、放課後に英単語の再テストがあるので行けないということで、初めての委員会活動を1人でこなさなくてはいけなくなってしまったのだ。田中め……許さん。
上の学年の人とか恐いなぁ……どんな人が来るんだろうなぁ……
教室の中からは話し声が漏れてくる。
もう誰かいるようだ。
ドアの前に立ち小さく息をふぅっと吐いた。そして扉を開けようとしたとき、トントンと肩を叩かれ私は反射で振り返った。すると、誰かの人差し指が私のほっぺたに食い込んだ。
完全に振り返ると犯人の顔には見覚えがあった。
「そんな嫌な顔しないでよー。久しぶりなのになー」
ニコニコと笑う霧島先輩がいた。
「何してるんですか?」
ついイライラが声に乗っかる。
「ほっぺた柔らかいね。元気にしてた?」
食い込んだ指で私のほっぺたをツンツンしながら彼は世間話を始めた。
会話が成り立たないことにさらにイライラが増す。
「この指折っていいですかね?」
先輩の指を掴んでほっぺたから引き離す。
「まぁまぁ。とりあえず中入ろうよ。隣座っても良い? あ、クラスの男子がいるのか」
今回に関してはその心配は必要ない。
「男子は再テストで来ないので隣空いてますよ」
こんな人でも知っている人がいるという安心感はある。
そもそも私たちはほとんど無関係な間柄だ。普通なら会話すら生まれないだろう。
最初は馴れ馴れしいと思っていたが今はそれすらもありがたく感じてしまう。彼のそうした部分がなければ私はもっと他人行儀な態度を取っていたはずだ。
教室には既に何人かの生徒がいた。
私たちは後ろの方に座ることにした。
「委員会ってどんなことするんですか?」
正直人前で話したりするのは苦手なので初回は話を聞くだけであってほしい。
「さぁ? 俺も風紀委員初めてだからわかんないや。たぶん今日はその辺の説明と自己紹介とかするんじゃないかなー」
やっぱ自己紹介あるのかー。
「私上がり症なんで自己紹介とかあんまり得意じゃないんですよね。ドキドキしちゃってうまく話せないんです……緊張を和らげる方法知りませんか?」
彼は目を丸くして驚いたような顔をしている。
え? そんな驚くことかな……
「先輩? 大丈夫ですか?」
固まっていた先輩が我に返ったような反応を示す。
「あぁ、悪い。ちょっとびっくりして」
固まるほどか……
「緊張を和らげる方法ね。じゃあ俺がやってるの教えてあげるよ」
え? この人緊張するの?
「なんだその目は? 俺だって緊張くらいするわ。そういうときは、思いっきり可能な限り息を吐いてみな。そん時にイメージすんのよ。心臓の周りの空気を吐き出して真空パックみたいにして鼓動を押さえ込むような感じかな。んでもう無理だって思ったら息を吸うのよ。そうするとドキドキがだいぶおさまってるんだよね。自己紹介の直前にやってみな」
初めて聞いたなそんなこと。
「イメージですかー。なんか良さそうですね」
まぁねと答えてから先輩は急に静かになってしまった。まるで何かを思い出しているように窓の外を眺め始めた。
その横顔は夕日に照らされ、不気味なほどに綺麗に思えた。
黙っていればこの人はかっこいいのかも知れない。そんな風に思ってしまった。
委員会までの時間を、私は彼の横顔を盗み見て過ごした。
少し長いまつ毛。気だるげな細い目は一重。薄い唇。短い髪。
寂しさが見え隠れするような表情が、一段と彼を大人っぽく見せた。
そう見えてしまったのは、私が先輩を好きになり始めていたからなのかもしれない。
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