第15話 無慈悲

露崎さんのクラスの出し物は、喫茶店に決まったとのこと。定番だな。

さて、喫茶店の失敗ってなんだろうな。そんなに大きく失敗しそうにないのだが。客が来ないってのは失敗のひとつだろうが、これは僕らではどうしようもない。やはり設営の破壊か。これは候補に入れておくか。


喫茶店の詳しい状況がわかってきた。江戸時代の茶屋風にするらしい。地元に江戸時代からの街道が通っているので、街道の茶店にするそうな。衣装とか設営も江戸時代風にするらしい。準備はそれなりに大変だろうし、破壊できればダメージも大きいだろう。


『当日の朝、教室に来たらめちゃくちゃに壊れてるってのが理想かな』と書いて見る。

『そうですね。直前に男女間で対立させておけば、その腹いせにやったって感じで更に対立が深まりそうです』露崎さん。

確かにな。これは体操着の出番だ。

『朝ってことは、前日夜か当日早朝に実行ってことになるか。前日は夜7時まで準備できるんだよね、確か。実際に鍵が閉められるのは7時半くらいだったかな』去年を思い出しながら書きこむ。以前は夜8時まで準備できたんだけど、鍵を締めて生徒が学校を出るまで30分はかかるので、7時までに早められたって聞いた。文化祭当日の朝は7時解錠で、去年は7時頃に学校に来て準備したな。そういえば。

『ギリギリまで準備で残るだろうから前日は難しいんじゃないかな。当日も早朝から誰か来る可能性がある』これは野島くん。


そうだよな。ちょっと難しそうな気がしてきた。物理的に破壊するには忍び込む他に方法はないし。

『隠れるところは多いから夜学校に残ること自体はできるだろうけど、教室に入るのは難しいね。鍵しまってるし』と書き込む。さすがに教室の鍵をこじ開けるのは無理だろう。

『設営があるから教室内に隠れられなくはないけど、ちょっと無理そうな感じですね。できるとしたら私ですけど、7時とか8時まで残るのは難しいです』露崎さん。


まあそうだよな。仮に僕がやるとしたら、前日夜7時過ぎに教室が無人になったことを確認してから忍び込むことになるけど、去年は7時過ぎまで人がいて、担任が早く帰れって言いに来てたと思う。

『前夜祭の間、教室は無人になるんじゃなかったかな』野島くん。

前夜祭か。前日の金曜の夕方から1~2時間体育館で行われて、音楽とかダンス系のサークルとかの発表があってそれなりに盛り上がる。


『前夜祭は特にクラスごとに場所が決まって集合するわけじゃないから、一人や二人いなくてもわからないかも』去年、僕は確か端っこの方で見てたように思う。僕がいなくても誰も気づかないだろう。体育館に行くと見せかけてどこかに隠れていて、前夜祭が始まった頃に忍び込むという感じか。生徒の殆どは体育館にいるとはいうものの、他のクラスの教室に忍び込んで破壊するってのはなかなか難易度が高いな。


『前夜祭の後、教室に戻りますよね。確か』と露崎さん。

『そこで破壊されてることに気づいても、緊急事態ってことでその日は8時頃まで延長して、当日も早朝から取り掛かったりしたら復旧できるかも。これだと、かえってクラスで一致団結して困難に立ち向かったって感じにならないかな』これは沖田さんのコメント。

ありうるな。となると、破壊するってのは諦めるしかないかも。人が忍び込む以外に破壊する方法ってあるかな。教室の中で何か動かせるものがあればいいだよな。


『例えばドローンとか野良猫を夜中に教室に忍び込ませるとか』実現性はさておき思いつきを書いてみる。

『廊下側の上の窓からなら入れられそうだけど、破壊力は低そうかな』と野島くん。

上の窓の鍵は確認しないから開けておくことはできる。

『猫が好きそうな匂いとか設営に塗っておいたら暴れたりしないかと思って。ドローンだと引っ掛けて倒す程度かもしれないけど』こう書いてみると生ぬるいな。

『破壊できたとしても、猫だとわかると仕方ないってことで直すだけだろうね』これは野島くん。

まあそうだろうな。


『猫で思ったんだけど、やっぱり破壊の意思が伝わらないとだめかも。クラスの誰かが意思をもって破壊したってのを伝えるのが重要かも』これは沖田さん。

『その意思が伝わるなら、破壊の程度は小さくてもいいかもですね』露崎さんもなっとくする。


なるほどなあ。確かに猫がめちゃくちゃにしたからといって、修理して終わりって感じだよな。笑い話にすらなるかもしれない。例えばスプレーとかで罵倒語を書かれる方がダメージが大きいよな。

『男女を対立させる計画だから、破壊は男子がやったというように見せるべき』と沖田さん。

となると、やはり忍び込むしかないな。

露崎さんのクラスなので彼女がもっとも忍び込みやすいが、それだと彼女が疑われる可能性がなくもない。できれば無関係な僕か野島くんがやるべきだ。2年の教室に忍び込むのはなかなかな勇気がいるな。


『ちょっと調べたところ、ドローンでスプレー使って絵を書いてるってのがあるね。これができるといいんだけど』これは野島くんの書き込み。

へー、そんなものがあるんだ。

『ただ普通には市販されていないようだし、やるとしたら作るしかないかな。ドローンの飛行ルートのプログラミングならできるかも知れないけど、スプレーを遠隔操作して噴射するとかの機械部分の自作は難しいね』


ちょっと検索してみるか。なるほど、芸術とか業務用のものがあるんだな。結構大型のドローンのようだし、これって結構な値段するやつだよ。

『ドローンは持ってるの?』これは沖田さん。

『持ってるけど小型のやつでせいぜい5分しか飛べない。それと、スプレー缶をつけて飛ぶだけの馬力はないな。なのでそもそも無理だったわ』さすがの野島くんも大型ドローンは持ってないか。


結構詰んだ感があるな。

『なんか難しそうですね』露崎さんのコメント。

残念そうだな。なんとかしたいところだが、難しいのは確か。

『後は当日の朝かな。体育館で実行委員とかの挨拶があって集まるよね』と野島くん。

そういえばそうだったな。文化祭は確か10時から一般の人にも公開されるけど、ホームルームの後に体育館で全生徒が集まるんだったな。実行委員やら校長の挨拶があったように思う。

『確かクラスごとに並ぶので、居ないとバレますね』露崎さんが書き込む。

僕とかなら居なくてもクラスの誰も気づかないんじゃないかな。

『遅刻するか体調壊すとかかな。3年の僕らが遅刻することと、2年D組の破壊を結びつけるやつなんていないだろ』これは野島くん。確かにな。これは検討の価値おおいにありだな。体育館には教師も含めて生徒は全員集まるし、教室は無人になるし施錠されていない。これはチャンスだ。露崎さんを誘ったのは僕だし、僕がやるか。


文化祭まで三週間ほど。今度の攻撃は一発勝負なので失敗はできない。

監視カメラについて、野島くんから動体検知してアラートを出せるカメラを用意したとの書き込みがあった。授業中の時間帯は廊下に人は居ないので、何か動くものがあれば自動的に検知できるはずとのこと。そういう機能のついた市販のカメラを買ったのではなく、基盤だけのマイクロコンピュータってのがあって、これにカメラの部品を接続して動体検知できるようプログラミングしたんだそうだ。サンプルプログラムもあるので簡単にできたそうなんだけど、なかなかすごいな。サイズはコンパクトカメラくらいなので、モバイルルータと一緒に設置する。ケースはプラスチックのものがあり、これに設置する場所の色に合わせて着色する。検知したらスマホに通知が飛ぶ。


監視する必要のある場所は、まず2年D組教室前の廊下。これは当然。次にF組の棟や音楽室につながる廊下と階段、それと中庭を挟んだ向かいのF組側廊下。これら監視すれば完璧なわけだが、動体検知付きのカメラは2台なので、どこに置くか。脱出ルートを考えると、F組の棟や音楽室につながる廊下と階段か。D組教室前の廊下に来るにもどちらかを通るはずだし。

カメラはその日の早朝に設置する。設置はこれまでと同様に窓枠だが、手が届くのは僕だけなので僕が設置する。

設置については事前に同じサイズの空箱を数日設置して、見つからないかを確認する。問題なければ、当日の朝に本物と入れ替える。電源はリモートで入れられる。バッテリは当日15分ももてばいいので容量的には問題ない。


さて、スパイウェアを仕込んだスマホやPCで、現在もスパイウェアが動いていると確認できているのは7台。メールとかLINERのやり取りから、例の写真を取られていた子と思われる子の名前がわかったらしい。名字だけで学年やクラスはわからないの。更に調べたところ、どうやら高山が写真が消えていることに気づいたらしい。仲間とのやり取りから判明した。幸い、他の奴らは写真を撮ってなかったようだ。連中のやり取りを見ると、写真が消えたことなんてわかるはずないから、これまで同様写真ばらまくってことで脅してやれってやり取りがある。これに対して、写真をもう一回撮ろうってのもあるな。これは露崎さんも気をつけないと。


『休み時間はすぐに教室を出てますし、トイレも遠い場所を使ってるので大丈夫です』

とはいえ心配だな。他の3名にもぜひ伝えたい。

『例の3人だけど、誰だかはわからないけど、メールアドレスは多分特定できた』と野島くん。

『連絡してみますか』これは露崎さん。

『脅されてるようだけど、その写真は消えてるって伝えてみるよ』野島くん。

『第三者が写真を見てないことは伝えたいかな』これは沖田さんのコメント。

なるほど。彼女たちにしてみれば、既にばらまかれてるかもって思っちゃうよな。それは避けたい。


『たしかにね。じゃあ、連中のやり取りから気づいたんだけど、何か脅されるような写真取られてたかな、ってことと、そういった写真はまとめて削除した、って感じかな』

そのあたりかな。気を使っている感じがするしいいんじゃないかな。

『誰だかわからない人から届くので信用されないかもですけど、再度撮ろうとするかもしれないから気をつけるようにってことも付け加えてください』露崎さん

『了解』

彼女たちの助けになればいいんだけど。


『後、カツアゲに関わってそうな奴らとのやり取りを見つけたよ』野島くん。

スパイウェア仕込んでからそこそこ日も経ってデータも集まり、色々と分析できるようになったってことかな。

『どうも学校外の奴らがいるような感じだ。例のカツアゲの時にバイクで来てた奴らかもしれない』

あの金髪野郎かな。もしかして、クソ谷中らのカツアゲもそいつらの指示でやってるのか。その可能性はあるな。


『彼らに渡すはずのお金を横取りしてることにして、これを彼らにばらすっていうのはどうかな』これは沖田さん。

なんかヤバそうな連中だし、クソ谷中が否定しても簡単には信じないだろう。

『更にノルマが増えてカツアゲされる可能性もあるね』野島くん。

まあ、その可能性もあるな。

『そうなったら証拠を抑える機会が増えるかも』沖田さん。

前向きな発言だが、標的にされるのは僕とか野島くんなんだけど。まあでも、谷中への攻撃が足りないことは確かだし、やる価値はありそうだ。

『連中がどう出るかわからないけど、やるべきだと思う。カツアゲ現場を押さえられたら停学にもできる』と書く。

『ここは強気で行きましょう』露崎さん。

『それじゃあ、宛先を間違えたような感じでこいつらにメールを送るって感じかな』野島くん。

クソ谷中らと奴らとの関係はよくわからないから、あまり具体的なことは書けないだろうな。

『ノルマがあるのかわからないから、そのへんはぼかしたほうがいいかも。結構稼いだけど連中には内緒とかな』と書いてみる。

『じゃあそんな感じで。谷中宛に送るメールの宛先を間違えたように見せるよ』

『谷中からの指示って感じにするといいかな。谷中の言う通り、連中には言わないようにしようとか』と提案する。

『おk』

これがうまく行って、クソ谷中が連中に殴られでもすれば最高なんだが。



文化祭まで二週間。

文化祭に向けて色々と動き出した感がでてきた。

どのクラスも文化祭に向けての準備真っ最中だ。クラスが一致団結しようというところなので、露崎さんのクラスで男女間の信頼関係にヒビを入れるにはいいタイミングだ。ロッカーの暗証番号はこれまでのところ6つまで解読できた。予定よりも多い。もちろん全員女子で、内二人はいじめを積極的に行ってるやつらしい。


実行するのは体育の授業が化学の授業の前にある日。2年D組教室に仕掛けたカメラで観察したところ、体育が終わって教室に戻り化学教室に向かった後、休み時間の最後3分から5分の間には誰もいなくなっている。化学教室は遠いから。

やることはこうだ。6人のロッカーを開けて体操着の入った袋を取り出し、男子の机の中に押し込んだり机の上にぶちまける。ロッカーを閉める際には番号を元に戻したりはしない。時間がかかるし、そもそも開けたことはバレてるわけだから必要ない。当然、男子は否定するだろうが、そんなことはどうでもいい。机に押し込まれた奴が女子の体操着を広げたりするだろうから、これで騒ぎになってくれればいい。


所要時間は2分半と見ている。鍵を開けて体操着の入った袋を取り出すのに15秒、6つなので1分半。残り一分でばらまく。実行の日、教室に生徒がいないことは確認できているとはいえ、休み時間なので隣のクラスの奴らが廊下にいる。なので、僕か野島くんが早退することにして授業が始まってから忍び込むことにする。この際、文化祭当日の監視体制のリハーサルも行う。実行者はどちらも1名だが、他のメンバーがどう協力できるかを確認するのだ。


それにしても、露崎さんも文化祭の準備には参加しているようなので、たいていの場合、こういった活動を通してクラスの奴らもそんなに悪いやつらばかりじゃないってことがわかり、妨害はやめようってことになりそうなもんだよな。ドラマなんかだと前向きで建設的な展開になるのがお決まりだ。もしかして、僕らが絡んでいて準備も進んでるから中止とは言いにくいとかあるかもしれないから、ちょっと聞いてみるか。


『クラスの準備の方はどんな感じ?』

いきなり本題に入るのもなんなので。まずは様子を聞くところから。

『まあ順調です。裏方でこき使われてますけど』

これは聞くまでもない気がしてきたな。

『もしかして、中にはいいやつもいるって感じになったかもって思ったんだけど』

『それはないです。お気遣いありがとうございます』速攻で返ってきた。彼女の決意は強いようだ。


さて、文化祭の前に露崎さんのクラスでやることはこうだ。

まず木曜日。この日は露崎さんのクラスの体育の授業が化学の授業の前にある日だ。野島くんが体調不良で早退し、実行することになっている。授業の時間中に忍び込んで実行、その後教室を出るわけだが、ターゲットは2年D組教室なので、授業が始まってからだと最短距離で向かう場合でもE組教室の前を通ることになる。この時間、E組は英語の授業中だ。授業中、廊下や階段を歩く人がいるのかどうか、この日に向けて同じ曜日の同じ時間に廊下の突き当りと階段のところにカメラを仕掛け様子を見てみた。動体検知のカメラも文化祭当日の予行演習も兼ねて設置した。授業中に歩く人というと、遅刻してくるやつとか教職員だけのはずだが、3回確認した限りでは授業が始まって2分も経てば誰もうつらなかった。もちろん、3回確認したからといって当日も同じとは限らないわけだが、可能性は低いはずだ。


当日の監視でもこれらのカメラを使う。動体検知できるとはいえ初めてなので僕らも監視に協力する。授業中にスマホを見るのは難しいので、僕も腹を壊したということで早退する。露崎さんは化学の授業中だが、席が壁際とのことで、教科書で隠してスマホを見るようにするそうだ。


今回カメラは2台。教室前の廊下、A組側の突き当りから廊下を見張るのと、E組側にある階段から、階段の一部とF組や音楽室とかから人が来ないかを見張るためのものだ。どちらも動体検知付き。スマホを見ている僕と露崎さんが、人が映ったの確認したら例のボタンを押す。ボタンが押されると野島くんがつけているイヤホンでアラームが流れる。アラームは、動体検知のものと僕らがボタンを押したもので違う音がなるようにしている。アラームがなったらスマホを見てどっちから人が来ているか確認。問題なければ作業を続行する。


D組のやつが化学の授業を抜け出して教室に戻ることがあるとしたら何か忘れ物をした場合だろうから、授業が始まって5分以内のはず。なので授業が始まって15分経ってから実行する。ないとは思うが、もし2年D組のやつが戻ってきたら、これもう速攻で逃げるしか無い。一応マスクして誰かはわからないようにするし、授業中の時間帯に廊下を走って逃げれば捕まることはないし正体はばれないはずだ。


いよいよ文化祭の週になった。

文化祭は土曜日。金曜の夕方に前夜祭があって、土曜は一般にも公開される。土日文化祭をやる高校もあるようだが、うちの高校は土曜の一日のみ。


後、例のカツアゲ連中の偽メールの件、その後やつらのメールでは特にやり取りがなく、どうなっているのかはよくわからなかったのだが、今日、谷中が眼帯をつけて登校した。階段でこけたと言ってるのが聞こえてきたが、階段を転げ落ちてもそんなところはぶつけないだろう。これは週末になんかあったんじゃないか。うまく行ったと考えていいだろう。掲示板に書いておくか。


『カツアゲされるかもしれないから気をつけて』これは沖田さん

現場を抑えるにしても、さすがにその場でスマホを向けるわけにはいかないよな。音だけ録るにも、とっさにスマホを操作するのは難しいので、例のボタンをWiFiでスマホに接続しておき、ボタンを押したらカメラで録画を開始することにした。ボタンはズボンのポケットに入れておき、一人でいるときはできるだけ手をポケットに入れ、いつでも押せるようにする。スマホもポケットに入ってるから音を録るのが目的だ。クソ谷中を停学にできるならその場でお金撮られたり多少殴られるくらいは構わない。文化祭の準備で放課後も学校に人は多いし、今週はなにもないんじゃないかとは思うけど。


『例のボタンを常にスマホに接続しておくよ』と書いておく。

『ボタンは時間が経つとスリープモードになるから、その場合、ボタンを押してから実際に録画が開始されるまで30秒以上かかるよ』と野島くん。

30秒は長いな。

『その場でポケットに手を入れると、なにかやってるって思われるかも知れないですね』これは露崎さん。

『休み時間とか放課後になったらスマホとつないで、ポケットの上からボタンを押すのがいいかな』野島くん。

危険な時間帯だけ電源をいれて接続しておくってことだな。それが良さそうだ。

『メールでもその後何もやり取りがないね。メールが起点になってるってことで警戒してるのかもな』野島くん。

なるほど。送ったメールは送信済みフォルダから消したそうなので、やつらは何のことか訳わかんないだろうな。そのまま悩んでろ。


翌日の火曜日の放課後。露崎さんの書き込みがあった。

『高山のスマホで動画とりました。公開してください!!!!』

高山に絡まれたのかな。露崎さんが持ってる例のボタンを押すと、高山のカメラで録画が開始されるよう設定しているから。文化祭の準備作業中だが、ちょっと廊下にでる。


『絡まれたの?』と聞いてみる。

『さっき、調理教室を出たところであいつが被服教室から出てきたんです。私はすぐ後ろにいたので会話が聞こえたんですけど、お腹を壊したらしく、これからトイレに行くって。で、ボタンを押したんです』


ええ! それってもしかしてというか、もしかしなくても腹壊してトイレに入ってるところを撮ったってことだよな。

『録画されてるか見てみるよ』野島くん

どう撮れてるかにもよるけど、これを公開するのはちょっとやばすぎだろ。

『それらしいタイムスタンプのファイルがあったので、とりあえずダウンロードした。掲示板にも貼り付けるから』

まずは撮れているかどうかだな。

『アップロード完了。ちょっと見てみるわ』これは野島くん。


僕もとりあえず見てみるか。ボリュームをゼロにして再生。

最初の方はスマホを手に持って小走りな感じなのでぶれまくるが、トイレに入ったことはわかった。

個室に入って座ってスマホを太ももにおいたようだ。顔がもろに写ってる。ちょっと上半身を前に傾けて下を向いてるから正面から顔が撮れている。苦しそうな感じだが、しばらくしてホッとしたような表情に変わる。ここでボリュームを上げるわけにはいかないけど、スマホがこの位置なら音も録れてることは間違いない。これはやばいな。こんなの男でも公開されたらやべーよ。女子でこれはちょっとやばすぎでは。


『ちゃんと撮れてるね。音は消してたからわからないけど』と書く。

『音も録れてた。かなりひどく腹を壊してたようだよ。これはやばいね』これは野島くんのコメント。

顔がもろに写って音もあるとか、さすがにこれは。女子高生でこんなの公にされたら学校来れないどころじゃないだろ。


『これ公開したら下手したら自殺したりしないかな』大げさかもしれないけど懸念点を書いてみる。

『いいんですよ。こいつらのせいで自殺する子だっている可能性だってあるんですから』これは露崎さん。速攻で返ってきたよ。

なんとも強気というか。気持ちはわからなくもないけど、ほんとに自殺とかされると間接的とはいえ人殺しってことになったりしないのかな。


『それはそうだけど、ほんとに自殺されると後味が悪いかと思って』としか書きようがない。

『そんな繊細なわけないじゃないですか。これ公開したらおとなしくなりますよ』と露崎さん。

どうなんだろうな。男の陽キャのやつなら開き直って笑い話にできるだろうけど、いくら高山が女ボスだといっても、これはそうはいかないと思うんだ。


『私は見る気しないけど、公開でいいんじゃないかな。品がないところがちょっと残念な気はするけどね』沖田さん

沖田さんも容赦ないな。彼女は高山のせいでクラスで孤立することになったけど、その他は実害は受けてないだろうに。まあでも攻撃の発案者は沖田さんだし、そうは見えないけど高山にはかなり腹を立てたのかもしれないな。


『僕も公開に賛成だね。公開は、タバコのときのようにクラスの連中と、この手のが好きそうなやつが見てるサイトとかに顔モザなしであげるって感じかな』と野島くんの書き込み

野島くんも躊躇なく情け容赦もないな。それにしてもみんな賛成なのか。大丈夫かな。


『今回はタバコのときのように誤操作で撮影して公開って感じは難しいよね。となると、遠隔操作されたって事になって、自殺とかされると警察の捜査が入ったりしないかな』やはりちょっと心配。

『まあ、ばれるとやばいですね』これは露崎さん。

彼女も心配になってきたか。

『やるなら彼女への攻撃はこれが最後で、スマホから痕跡をすべて消す。調べられたらばれる可能性はどのくらいあるのかな』沖田さんが書き込む。


沖田さんも気にしだしたか。

『例のボタンが使えたってことは、渡してあるモバイルルータが動いていた。で、その近くにいた高山のスマホもこのルータに繋がってた可能性がある。となると、やつのスマホとボタンは同じネットワークにいたことになる。スマホのシステムログに遠隔操作の記録があったとしてもボタン側のプライベートIPからのアクセスになるんじゃないかな。もちろんシステムログは削除するけどね。まあ、ルータに繋がってない場合は、僕のルータからアクセスしていることになるし、同じネットワークでもルータのIPがログに残るかもしれないから、念のため調べては見るけど。まあ、色々経由して直接接続してないし大丈夫だと思うけどね』これは野島君の長文コメント。

説明はよくわからないが、ばれる可能性は低いってことなのかな。

でもさすがに今回のはちょっとやりすぎじゃないかって気もするんだけど。僕が高山から直接の被害を受けていないからそう思うのかもしれないが。


検討の結果、結局公開することにした。無慈悲だ。露崎さんの意思は固く、この意思を尊重しようということになったのだ。ばれる心配については、野島くんが色々と調べた結果、動画公開後に高山のスマホからスパイウェアと痕跡をすべて削除するから問題ないはずとのことだ。


動画はダウンロード済みだが、高山のスマホからアップロードしたほうがばれにくいということで、リモートアクセスして公開することにした。アクセスは海外サイトを経由するそうだ。

公開するのは、クラスの大半が参加しているLINERのグループ。動画は40秒程に編集している。ここにあげるとすぐにクラスの奴らが気づくので、夜中の3時過ぎにアップロードする。その後、スパイウェアの痕跡を削除するプログラムを実行し、最後は再起動させたいとのことでスリープしない設定で放置。朝にはバッテリ切れになるので、気づいた高山が充電して再起動することになる。仮にバッテリが切れてなくても、電源を入れ直すようエラー画面を表示しておくとのこと。取り巻き連中が気づいて高山に連絡しようにも電源が切れててすぐには出れず、動画に気づいて削除するまでの時間を稼げるだろう。


充電して再起動した後のスマホには、もう僕らはリモートアクセスできず、痕跡は消えるとのこと。念のため、バッテリが切れるまでの間、消したファイルの復旧ができないよう、でたらめなログを出力してメモリを使い尽くし、バッテリが残り10%のところでこのログを削除、あとはバッテリ切れまで放置するそうだ。野島くんのところにある古いスマホに同じスパイウェアを入れて試したやり方だそうで、これで問題はないはずとのこと。

更に、その日のうちに怪しい動画が上がっているサイトにアップロードする。タイミング的には、クラスの誰かが公開したように見せるということになる。これで永久にネット上に残ってしまうんだな。


さて、動画公開した日の朝、僕はLINERのグループに入れてもらってないので、実際にどんな感じになったのかは学校に行ってから確認することになる。たぶん、朝起きてスマホ見たらすぐに本人も気づくはずなので、高山は学校に来ないんじゃないかな。


僕はいつもよりも5分ほど早く教室に入る。ホームルーム開始の10分前だ。この時間、教室には半分も生徒はいないが、ドアを開けて教室に入ると、中に居た生徒が一斉に僕の方を見た。一瞬、バレたのかと焦ったが、彼らは高山が来たのかと思って入ってきた僕を見たようだ。つまり、もうクラスの連中は知ってるってことだ。僕は内容を知らない事になってるので、何食わぬ顔で席につく。いつも話しかけてくることの無い前の席のやつが振り返る。


「高山の見たか?」

「なにそれ」と答える。僕は何も知らない設定なので。

「え? あ、そうかお前グループに入ってないのか。これこれ」

スマホの画面を見せてくる。

「音小さくするけど、ブリブリ音もすげーのよ」

こいつ楽しそうに笑ってるよ。

ここは驚くところだよな。

「なにこれ。高山さん?」驚いた顔をしてみる。

「やべーよな」楽しそうだ。

「これ男でもきついな」

「確かにな。お、見たかよこれ」席を立って他のやつに向かっていった。

こいつ、ちょっとは気を使うとかないのかよ。一応女だぞ高山は、って、僕は公開した側だから人のことはいえないのだが、それは棚に上げる。周りを見ると男は面白がってるのが何人かで、女は集まってなにか話してるが聞こえない。


結局、高山は今日学校に来なかった。まあ無理もない。週末の文化祭もこれないよな、これは。ダンスの出し物は楽しみにしてただろうに。高校最後の文化祭だというのに、ちょっと気の毒な気もする。自殺だけはやめてくれよ。とりあえず、掲示板にクラスの様子を書いておくか。


早速反応があった。

『こいつがやってきたことに比べたら、こんなのなんてこと無いですよ』これは露崎さん。

『やばい写真とって脅すような文字通りのクソ女なんだし、自業自得だね』野島くん。

そういわれるとそうなんだが、カツアゲとか喫煙の暴露とはちょっと違うんだよな。そこがちょっと気になるんだけど、やってしまったものは仕方ない。こいつがやったいじめの酷さからしたら当然の報いと思うことにしよう。


その日の昼休み、岡村くんと清水平くんからメールが届いた。高山の件はその日の昼休みには学校中で知られており、彼らは高山のことは知らないものの、今回の騒ぎで高山がどんな女なのかを聞いたようで、もしかしたら僕らの反撃なのかと聞いてきた。今更隠すことは無いとは思うけど、僕らがやったことをあまり公にしたくはないという気もする。


『彼らには、将来的にこのチームの一員になってもらいたいんだ。僕らの内3人は3年だから、来年のことも考えておきたくて』と野島くん。

確かに。露崎さん以外はみんな3年だ。清水平くんはパソコン部に入ってるくらいだから色々と詳しそうだし、野島くんの後継になってくれるといいかも。来年のことまで考えてるとか、さすがこの活動の創始者だけはある。

『実は私も気になってたんです』これは露崎さん。

露崎さんは当事者だもんな。

『文化祭の件が終わったら誘ってみようと思うんだけどどうかな』

いいんじゃないかな。

『私達が誰なのかを彼ら教えるのかとか、彼らは信用できるのかとか、いろいろ検討するところはあるけど、来年のことを考えると誘うべきかな』

沖田さんも賛成なようだ。

既に彼らには協力してもらっているし、今更隠すことはないし彼らを信じていいとは思うけど。僕も賛成なところを書いておくか。

『いいと思うよ。文化祭の件は僕らだけでやったほうがいいと思うけど。後、例の写真取られてた3人も協力してもらえるといいね』


さて、体操着はいよいよ明日だ。文化祭当日の破壊工作もあるし、ここまできたらやるしかない。

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