第12話 解錠師

露崎さんの希望はクラス全員がターゲットだが、どうしたものか。

下準備として、彼女のクラス2年D組教室にカメラを仕掛けた。この前のように廊下側の窓に置くのではなく、別のカメラを用意した。野嶋くんが新たに買ってきたもので、見た目は3口の台形型電源タップだ。ネジの穴のように見えるところがカメラのレンズになっていて、電源はもちろんコンセントから直接取るので常設できる。録画した動画はWiFi経由で転送可能で、更に時間を指定した撮影とか、WiFiのオンオフもタイマー設定できる。それとライブ中継もできるそうなので、教室内の様子を外から確認できる。色々と使えそうだ。


後、常時WiFiをオンにしておくと、怪しいアクセスポイントがあるということでバレる可能性があるので、とりあえずは放課後の30分間だけ外部から接続できるようにしている。実に盗撮には便利だ。設置場所は、教室前方左側、天井から吊り下げられているテレビが電源をとっているコンセントだ。電源タップとしても機能するので、テレビの電源ケーブルを挿しても問題ない。この位置からだと一部死角ができて教室全部は見えないが、露崎さんの机は撮れてるので問題ないだろう。


露崎さんの机には、落書きされたりゴミを押し込まれたりといったことが時々あり、動画を見ていると毎日ではないが、週に数回はやられてるな。彼女によると、カメラでは拾えてないがすれ違いざまに色々と言われることもあるそうだ。基本はクラス全員から無視されていることと、例のD組の掲示板裏グループで根も葉もない噂を流されたりもしている。落書き以外はカメラでは撮りにくいが、掲示板の投稿はすべて保存している。もっとも、撮影したものを公開したらカメラの位置がばれるから、やるとしたら一回だけだ。


さて、彼女の教室にカメラを設置したので、教室の様子は自由に撮影ができる。後、2年D組でスパイウェアを仕込めたのは4人。最初5人に仕込めていたが、1人は検知できなくなっているそうだ。気づいて削除されたのか機種変更したのか初期化したのか。今回はターゲットがクラス全員と多いので、更に仕込めないか試す価値はありそうだ。

具体的にはどんな反撃ができるだろうか。また落書きでお互い対立させるとかかな。悪くはないが反撃って感じでもないか。掲示板で相談してみる。


『一気に全員は難しそうだから、一人ずつ順番にやってく感じかな』と書いてみる。

『誰からやるか優先順位を付けるとか』と野島くん。

ターゲットはクラス全員だが、実行犯と傍観者がいるだろうし、優先するのは実行犯の方だろう。

『落書きしてる連中を対立させるのがいいかな』と書く。

『やっぱりそんな感じですかね』露崎さん。

残念そうだな。


『実現方法はさておき、何ができれば彼らに打撃を与えるのかな』これは沖田さんだ。

なんだろうな。いじめる側にとっての打撃って、やっぱりイジメがバレることじゃないかな。

『イジメが先生とか親にバレることかな』と書いてみる。

『そういう間接的なのじゃなくて直接打撃を与えたいです』

なるほど。とはいえ、暴力は難しい。

『物を壊すとか?』

『そういうのでもないんです。具体的に何ってのは自分でもわからないんですけど』

直接的に仕返ししたいってことなんだろうな。となると個別にやるしかないか。長期戦になりそうだ。

『イジメを止める効果でいうと、暴露系だと思うけどね』これは野島くん。

『クラス全体となると、文化祭とか体育祭で学校全体に撮影した動画を暴露するとか』

『私がターゲットにされてるのが知られるのは避けたいです。勝手いってすみません』


これは難しいな。となると一気にはできないから個別にやるしかないか。

『イジメを警察とかマスコミに通報して公にするとかかな』これは野島くん

『それもいいかもですが、やっぱり個別に打撃がいいです』

各個撃破がのぞみか。例えばこんなのはどうだろう。

『文化祭で、クラスの出し物をぶち壊しにするとかはどう?』


『それでクラスの雰囲気が最悪になるとか良さそうだね』と野島くん。

『それはそれでいい感じですけどね』露崎さんも同意するが物足りないようだな。

『とりあえずは撮った動画の分析かな。誰が一番落書きしてるかとか』これは沖田さん。

『後、スパイウェアの仕込みも広げられるか試してみるよ』と野島くん

『長期戦になりそうなので、合間に僕のクラスでも反撃したいんだ。椅子隠しだけじゃあ物足りないし』と書き込む。


露崎さんのクラスだと、主犯格2人とその取り巻き3人が特にひどいらしい。残りはそいつらに同調したり見て見ぬふりしている。多少でも直接的に露崎さんに関わったことがあるのは、こいつら5人の他には3人だそうで、とりあえずは8名をターゲットにし、残りはクラス全体に対しては文化祭とかで何かやろうってことになった。

この8人でスパイウェアを仕込めているのは残念ながら今のところはゼロ。メールアドレスはわかっているので、フィッシングメールを引き続き送信する。


僕のクラスでの情報収集と合わせると、女ボスの高山がこの主犯格2名と付き合いがあるというか、子分扱いしているように見える。高山らがよくたむろしている駅前近辺で一緒に行動しているところも見かけた。高山もスマホ没収以外何もしてないし露崎さんの"敵"でもあるし、まとめてなにかできるといいんだが。


後、どんな"攻撃"ができるだろうか。やっぱり連中の机に落書きとかゴミ入れとかな。自分がやってることをされたらムカつくだろうし。ただ、露崎さんによると、彼女のクラスでイジメのターゲットにされているのは彼女だけらしく、なので、同じことをやると彼女が疑われる可能性があるので避けたいとのこと。傍目には地味な女の子なので、彼女が反撃するとは思わないんじゃかと思うけど、怪しまれる可能性はなくはないるか。となるとなにができるだろう。


『男子が疑われるようなことをするとか』野島くんがコメントする。

『8人はみんな女子でしょ? いかにも男子がやりそうなことで攻撃するのはどうかな』これは沖田さん。

なるほど。まあ、彼女はクラス全員をターゲットにしたがってるんだから、男に迷惑がかかろうが知ったこっちゃないよな。それに露崎さんが疑われることもないだろうし。

『男がやりそうなことだと、エロ系かな』と書いてみる。


エロ系って何ができるだろ。教室にカメラは仕掛けたけど、体育の着替えは更衣室だし。仮に更衣室にカメラ仕掛けたとしても、D組の男が疑われるとは限らない。体育関連だと、女子の体操着をどうこうするとかも考えられるかな。体育の授業がある日は体操着入れを机の横にかけてたりロッカーに入れたりしているので、これを例えば隠すとか。隠すのだと嫌がらせという感じでエロくないな。いずれにしても、2年D組教室に忍び込んでなにかやることになるのだが、放課後だと体操着はすでに持って帰ってるし、D組に誰もいない時間帯にやると逆にD組男子が疑われない。なかなか難しいな。


『体操着に何をされたら男を疑うかな?』とりあえず聞いてみる。

『触られたのがわかると嫌かもです』と露崎さん。

『畳んで入れてるから、触られるとすぐにわかるかな』これは沖田さん。

『体育の後とかだと最悪です。ただ、私はロッカーに入れてますけど』露崎さん。

『私もロッカーに入れてるけどね』沖田さん。

僕もロッカーに入れてるな。何されるかわからないし。まあでも、男はロッカーに入れず机の横にかけてるやつがそこそこいる。ただ女子はみんなロッカーに入れてるよな。間違いなく。

『次の体育のある日に、体操着をどうしているか確認してみます』

時間割を見ると、彼女のクラスの次の体育は明日の午前3限目の授業か。


次の日。

午後最初の休み時間に露崎さんの書き込みがあった。やはり女子は体操着をロッカーにしまっているとのこと。机の横にかけてるのは男子くらいだそうだ。まあそうだろうな。

体育の授業は週二回ある。化学の授業の前にある日は、午後最初の授業が体育でその日最後の授業が化学だ。化学教室は2年D組教室から遠いので、体育から戻ったらすぐに教室に向かうはずだ。着替えに時間のかかる女子の中には、時間もないしわざわざロッカーに入れない女子もいるんじゃないかな。化学の授業中は教室に誰も居ないし、授業が終わって教室に戻ったらそのまま持って帰るわけだから。あるいは教室が無人になるからこそロッカーにしまうのか。僕の場合は次の授業がなんだろうとロッカーにしまうけど。これは実際に確認しないとなんとも言えないな。


ということで、木曜にも確認することにした。露崎さんによると、化学の教科書を取り出すためにロッカーを開けるので、その際に体操着も入れるんじゃないかとのこと。なるほど。その可能性は高いというか間違いなくロッカーにしまうな。となると、鍵の番号を調べて開けるしかないか。ロッカーの鍵の種類はクラスによって違っていて、暗証番号方式でも僕のクラスのようにボタンを押すタイプと4つのダイヤルを回すタイプがある。後、生徒自身が自前で鍵を用意しているクラスもある。番号式の鍵はよく壊れるので、今後は全学年が自前の鍵になるらしい。1年生のクラスはすべて今年から自前で鍵だそうだ。さて、彼女のクラスの鍵はどのタイプだろう。


『ロッカーの鍵はどのタイプ?』聞いてみる。

『ダイヤル式です。自転車のチェーンロックの鍵みたいな4つの番号をまわすタイプです』露崎さんからすぐに回答があった。僕の自転車もその鍵だな。このタイプは前みたいに赤外線カメラ使うのは無理そうだ。

『さすがに仕掛けたカメラで鍵の番号調べることはできないよね』と一応書いてみる

『遠すぎて無理だし、そもそも教室の前からだと人が邪魔で見えないね』

まあそうだよな。スパイウェアも使いようがない。となると鍵を開けてるところを横から覗き込むしかないのか。これは難しいというか怪しすぎて無理がある。

『バールのようなもので無理やりこじ開けるとか』冗談を書いてみる

『さすがにそれは警察に通報されそう』と野島くん。

となると体操着をどうにかしようってのはそもそも難しいか。


『この手の鍵って、閉じるときに全部の番号を変えないよね。せいぜい2つじゃないかな』沖田さんが書き込む。

ん? 確かに僕も自転車の鍵をかけるときは2つしか回さない。

『どれを動かしたのかはどうやって調べるの?』と質問してみる。

『毎日鍵の番号をチェックして、4つの内2つがいつも同じ番号だと、その2つは動かしてないのかもしれない』

『残り2桁の組み合わせは10かける10で100通り?』露崎さん


『鍵をかける時も2つか3つ数字をずらすだけだと思うので、全パターン試す必要はないんじゃないかな』沖田さん

なるほど。例えば一週間毎日番号を調べたら何らかのパターンが見えてくるかもな。試す価値はありそうだ。

『時間はかかりそうですど、いけそうな気がしますね』露崎さんも同意。

『最近のダイヤル式の鍵は、扉を開けた際に番号が全部ゼロとかに自動的にリセットされるものもあるみたいだけど、どんなタイプ?』と野島くん。

『番号はそのままです。1234で締めたら1234のままです』

なるほど。なんとかいけそうか。


『ターゲットを決めて、明日の放課後から鍵の番号を記録するか』と書いてみる。

『一週間ほど調べて、それから推理した番号を試してみる、という感じかな』野島くん

『インパクトを与えるには少なくとも3人は必要かも』

『一人を集中的に狙ってストーカーっぽい印象を与えるとか』沖田さん

『クラス全員をターゲットにしたいんだから、多いほうがいいのかな』野島くん

『全員分の番号をチェックします。スマホで撮るだけなので時間もかかりませんし』

全員をターゲットにするんだから、調べておくに越したことはないってとこか。露崎さんは本気で全員ターゲットなんだな。

『時間かかりそうなので、それまでの間に他の奴らに反撃するのはどうだろう』と提案してみる。


僕としては谷中をあらためてターゲットにしたい。まだ椅子を隠しただけだし。カツアゲの現場を押さえたいところだ。最近おとなしいようだが、多分、岡村くんへのカツアゲの停学あたりから中断しているんだろう。これは待つしかないか。

例の椅子隠しで取り巻きとの仲が微妙な感じになってたように思うが、今はどんな感じなんだろうな。とりあえず、僕らがされていること、例えば机にゴミを入れてやるとかどうかな。掲示板に書いてみる。


『嫌がらせって感じでいいですね』露崎さん

賛同を得られた。

『じゃあ、早速明日の放課後からでいいかな。ロッカーの撮影の後で』

『彼らも馬鹿じゃないし、付き合いが長いなら犯人を突き止めようってことになるかも』沖田さん

冷静だな。まあ確かに、岡村くんのクラスのようにはいかない可能性は確かにある。

『なるほど。つまり、取り巻きが谷中に協力するかもってことか』野島くん

『彼が取り巻きを疑うかもしれないけど、仲がいいならちょっと話せばすぐに誤解が解けるんじゃないかな』沖田さん

『谷中に一回やって様子見かな』野島くん

『それが良さそうですね』

『実行者以外は廊下のいつもの配置でイヤホンマイクつけて見張りで』野島くん


さて翌日の放課後。

図書館で時間を潰しつつ教室に誰もいなくなっであろうあたりで、露崎さんが教室に戻りロッカーの鍵を撮影して掲示板にアップロード。写真を見て野島くんが番号を記録するそうだ。

僕も誰もいない教室に入り、取っておいた昼飯のパンとトマトジュースのゴミを谷中の机に押し込む。ついでに机に「死ね、ボケ」と書いておく。


翌日、谷中よりも先に登校する。まあ、奴はいつもギリギリにしか来ないから、僕のほうが早いのはいつものことだけど。

お。きたきた。

「なんだよこれ」落書きの反応があった。僕なら黙って消すだけだけど、こいつらだとこういう反応するんだな。

周りも注目している。

「朝からうるせーな」近くのやつがやつの机に近づく。

「死ね、ボケって書かれてんじゃん」面白そうにしている。

「ふざけやがって」

「うける」取り巻きの連中の面白がってる。いい傾向だ。

「お前嫌われてんな」

「ふざけんな」


谷中の方を見てたら一瞬目があった。やべ。一瞬だし、こいつの方を見ていたやつは大勢いたから大丈夫だと思うけど。僕が疑われる可能性もなくはないから気をつけないとな。

「なんだよ。くそ」谷中が立ち上がる。

おっと、机の中のゴミに気づいたようだ。さてどうするかな。その辺に捨てるわけにも行かないし、ゴミ箱に持ってくしかないよな。やはりゴミ箱に持ってくようだ。僕の机が近ければ捨ててこいって言われるところだ。汚いものを掴むように指先でつまんでる。まあ怪しいもんな。捨てた後教室の外に出ていった。手を洗いに行くのか。意外ときれい好きなんだな。


その日の昼休み、教室に戻ると机が倒されている。やれやれ。どうせ機嫌の悪いクソ谷中だろ。落書きしたのが僕だと思ってるのかな。まあ奴を不愉快にさせてる証拠ってことであまり気にならない。今のところ、取り巻き連中を疑ってるような感じはないな。まあ、疑う理由もないか。もう一回やるかどうかは悩みどころだ。みんなに相談してみるか。


家に帰り掲示板を覗くと、露崎さんの二回目のロッカー撮影の画像があがり、番号まとめた表も掲載されている。まだ二回目だけど、例の8人の内1人は昨日と同じ番号だ。4人は2桁が昨日と同じで2桁が1桁違いか。残り3人の内1人は3桁が同じで2人は3桁が違う。なるほど。仮に鍵をかける時に1桁か2桁しか回してないと仮定した場合、鍵の番号はある程度限られることは確かだ。それでも結構な組み合わせになるよな。とはいえ、例えばこいつは最初が3589、翌日が3580と4桁目だけが違うので、仮に358は回していないとして、4つ目の0と9が1桁か2桁回した結果だとすると、4桁目の可能性は7、8、1、2か。試す価値はある。


谷中への嫌がらせについて相談してみた。

『他のクラスの奴がやったようにみせかけるとか』野島くん

それもありかもな。音楽とか化学の授業で教室を空けていて、僕がその時間帯にやつらの眼に入るようにしているとか。

他のクラスの時間割を確認するが、3年C組の音楽、化学、地学の授業の前に同じ教室を使っているクラスは僕らの中にはない。まあ、僕らは3年C組、D組、2年D組だけだし。岡村くんに手伝ってもらうとして2年B組を加えても、残念ながら直前に同じ教室を使っている日はみあたらない。全校で30クラスあるし、僕ら4組だけではそううまく行かないよな。

そういえば、岡村くんを助けた時に、他のいじめられている生徒の通報先として広まると面白いと思った件、みんなに提案してみようと思ったけど、結局まだ伝えてなかった。この機会に提案して見るか。他のクラスにも協力者がいれば、できることも増えるし。


『いいんじゃないかな。それなりに時間がかかりそうだけどね』野島くん

岡村くんの場合も時間かかったけど、やったことは良かったと思うんだ。

『いじめられてる子ってどのくらいいるんだろ。各クラスにいるわけじゃないよね?』沖田さん

どうなんだろうな。僕のクラスだと、沖田さんも入れたら二人だよな。他のやつのことはよく知らないから詳しくはわからないけど、少なくとも机を倒されてしてるのは僕だけだ。これまでだと、1年のときのクラスにいじめられてる奴はいなかったかな。僕もその頃は特にいじめられてはいなかった。友達はいなかったけど。2年の時もクラスに馴染めなくて、そのためか二学期あたりからいじめの対象っぽくなってきたんだったな。他のクラスは知らない。孤立してるから噂話を聞く機会もないし。


『他のクラスはわからないな』と正直に書いてみる。

『そういえば、2年E組に、いじめが原因で不登校がちの子がいるって話を聞いたことがあります』露崎さん

『いじめてるやつに心当たりはある?』野島くん

『E組はよく知らないです。1年の時に同じクラスだった人がいるかも知れませんが、付き合いもありませんし』

『岡村くんにも聞いてみる?』と提案する。

『それいいかもです』

『じゃあ聞いてみるよ』野島くん

不登校になるほどひどいならなんとかしたいところだけど、僕も2年E組のことは何もわからない。岡村くんも知らなければどうしようもないな。まあ、これは彼の返事を待つしかない。


30分後、返事が届いた。

彼も聞いたことがあるらしい。露崎さんも知ってたし、2年ではよく知られているのかな。

E組に1年の時のクラスメートがいるらしく聞いてみるとのこと。彼は僕と違って人付き合いはあるんだな。この件は岡村くんの返事待ち。


その後、露崎さんが撮影したロッカーのカギ番号の集計から、8人についてどの番号を試すか絞られてきた。一週間確認したが、やはり大抵のやつは1つか2つの番号しか変えていない。1つの番号だけを変えてると思われるやつが1名で、2つが4名、3つが2名。残りの一人は毎回4つの番号がすべて違うが、ズレ幅が1桁か2桁なのである程度は絞れる。試す数はそこそこ多いが、絶望的な数でもない。1つ試すのに5秒として、今日の放課後から試すことにした。まずは1桁しか回していないと思われるやつから。1桁か2桁しか回していないという想像通りなら、最短で4回試せば開くはず。


試すのは露崎さん。僕らは2年D組前の廊下を見渡せるところと、図書室のある棟とD組の棟をつなぐ廊下を見渡せるところに配置に付き、いつものようにイヤホンマイクをつける。時々とはいえ、いつも同じ場所に陣取っていると、通りかかった誰かの印象に残るかもしれないので、毎回場所は変えている。今回、僕は2年A組側の階段のところだ。こっちからD組の方に向かうやつがいないかを見張る役だ。


放課後、30分程度図書室で過ごした後、配置につく。露崎さんが実行し、僕と野島くんで廊下を見張る。沖田さんは英会話クラブの活動があって来れないとのこと。教室に誰もいないかは露崎さんが自分で確認、教室に入った後は僕らが廊下の両端から確認する。廊下側のガラスは下半分がすりガラスで教室を覗くことはできないので、他のクラスのやつが来ても問題はないが、僕と野島くんは2年D組の生徒を知ってるわけじゃないから、人が目に入ったら露崎さんに伝え、ロッカーのあたりから離れてもらう。露崎さんは自分のクラスの教室にいるので、教室にいる事自体は見つかっても問題はない。


『教室に入ります』露崎さん

『了解』野島くん

『誰もいないので、早速鍵を試します』

『最初の番号を覚えておいて、終わったら元に戻してね』わかってるとは思うけど念のため伝えておく。

『大丈夫です』

『まずは、3589になってるところから』

こいつは毎回上から3つの358が同じで4桁目の数字だけ番号が変わるやつだな。

『8は開かない、7も開かないですね。あ、0で開きました!』

なんと。ほんとに1個しか回してなかったんだ。始めてから30秒も経ってないよな。これは幸先がいい。


『番号を元に戻すの忘れないように』野島くん

『戻しました。次行きます。今度は2つ変えてるやつなので、一覧を見ながら順にやります』

どの数字を試すかは事前にみんなで打ち合わせてあり、メモに書いている。ひとつずつチェックしていくのだ。

『図書室の方からこっちに人が歩いてきた』野島くん。

『ちょっと離れます』露崎さん

『階段降りってった』

『再開します』

これから試す二番目の奴の場合、一番上の数字は2か3、二番目が5か6になっていて、三番目、四番目はいつも同じ番号だ。もちろん、全部変えている可能性もあるが、実はこの二番目に試すやつのロッカーは露崎さんのロッカーの近いということもあり、鍵を開けるタイミングで近くで様子を見ていて、上の2つだけを触っていることを確認している。それと回している方向も。なので、実は試す数は結構少ない。


『開きました。上から4と7でした』

やった。結構開けられるものだな。今後鍵をかける祭は4桁全部回すことにしよう。

次も2つ変えていると思われるやつか。組み合わせの少ないやつから試すことにしているので、1桁か2桁しか変えていないやつからだな。僕もそうだが、鍵を回す方向はいつも同じで、人差し指の第一関節あたりにダイヤルを合わせて鍵を回すのだが、指のかかり具合というか鍵の引っかかり具合で回す桁数が変わるという感じだ。


一番目の番号は2か3なので、1桁か2桁回した結果と考えると、1から4までの可能性がある。2の場合、0から2桁ずらした可能性はあるけど、0だとすると3の場合は3桁回したことになるので、このケースは考えないことにした。同じく、二番目は4から7の可能性があり、それぞれ4桁なので組み合わせは264通りで結構多い。一つ試すのに5秒とすると1320秒、22分か。無理な時間でもないが、結構かかる。

『3つ目だめ、4つ目もだめ、5つ目もだめ』

露崎さんの実況が続く。まあ、そう簡単にはいかないな。

『これも鍵かけるところを覗くのがいいかもね』野島くん

『そうですね。これは10個まで試したら別のを試します』

2桁以上試すやつは試す数が多いので一つに集中せず、広く浅く試していく方針なのだ。

初日は2つ開けることができ、3つのロッカーをそれぞれ10回試したところで終わりとした。これをしばらく繰り返し、4つ空いたところで次の行動に移るか検討することにした。

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