第3話 図書室

あのトイレの出来事以来2日、あの子を図書館で見かけない。休んでるんだろうか。僕はいつものように昼食の後、図書室に向かいならが彼女のことを考える。図書室に入り閲覧エリアを見ると、なんとあの子がいる。3日ぶりだ。見た目はこれまでと変わらない。彼女もいじめられているならなんとか掲示板のグループに誘いたいが、静かな図書室で座っているところに話しかけるのは勇気がいる。彼女はいつも昼休み終了ぎりぎりまでここにいるし、僕の方は教室が遠いこともあり昼休み終了の3分前にはここを出る必要がある。下校時に待ち伏せするしかないか。ストーカーみたいだな。そうだ、まずは野嶋君にメンバー追加の話をしないと。メッセンジャーで相談してみよう。閲覧エリアで席を確保すると早速スマホを取り出しメッセージの作成に取り掛かる。


『いいんじゃないかな』


彼に賛成してもらえるよう、30分以上かけて文章を書いたのだが、速攻で返事がきた。

次は、女子のいじめっ子連中をサイトの設定に加えておかないと。とはいっても僕が知ってるのは2人位だ。これは彼女が加わってから聞けばよいだろう。問題はどうやって彼女を勧誘するかだ。お互い図書室で見かけたことはあるといった程度の知り合いなので、いきなり込み入った話をするのもどうかとは思うが、説明しないと理解してもらえない。それはそうと、彼女に僕は知られているのだろうか。明日からは図書室で僕の存在を彼女に示しておくべく、彼女の近くの席に座ることにしよう。


次の日の昼休み。僕は彼女の方を見ながら書架に向かう。彼女は本に没頭して下を向いたままだ。本は適当に選ぶ。今日は読む気がないので。本を手に取り彼女の正面の席に向かう。相変わらず下を向いたままだ。閲覧エリアは低いパーティションで区切られているだけなので、正面に座れば顔が見える。顔を上げればだが。普通は席が混んでない限り正面に人が座ることはないので、気がついてもらえると期待している。さて、前の席のところに来た。本を机に立て、座りながら音がするように本を倒してみる。バタン、という静かな図書室では予想外に大きな音のおかげで顔を上げた彼女と一瞬目が合ったが、すぐに下を向かれた。今日のところはここまでか。明日もこの正面席に座ることにしよう。


放課後、授業が終わったら速攻で教室を出て階段を駆け下り、彼女のクラスの前の廊下が見渡せる辺りに陣取る。自転車通学なのか徒歩なのかも知らないので、下校時のルートを確認し話しかけやすそうな場所を探すのだ。


既に廊下は人で溢れている。廊下で待ち合わせてるやつもそこそこ居るので、階段のところに突っ立ってても怪しくはない。終業ベルと共に授業が終わりすぐに教室を出て小走りでここまで来たので、間に合ってると思うんだけど。お、彼女が教室から出てきた。この階段に向かってくるだろうから、J組の方に繋がる廊下の方に移動し後をつけることにする。1階に降りると、駐輪場側の玄関から校舎を出るようだ。すぐ近くの自転車置き場かと思ったが、南門の方に向かっている。南門の方にも自転車置き場があるからそっちかと思ったが、前を通り過ぎる。となるとバスか。南門を出ると横断歩道の信号待ちだ。道路を渡るのか。道路向かいのバス停はどこ行きだろうと考えながら歩いていると、彼女はバス停を通り過ぎた。もしかして徒歩通学なのか。徒歩ってことはかなり近いのだろうか。同じ方向に歩く生徒もそこそこいるので、近所から来てる子も多いのだろう。


こちらの方向、国道の方向はあまり来たことがない。もしかしたら国道からバスなのか。どうやらバス停に向かっているらしい。既にバス停には他の生徒もいる。ここはどこに向かうバス停なのだろう。自宅を突き止めようというわけではないが、話しかけるならこのバス停までの間か。とはいえ下校時間帯は人が多いしバス停も他の生徒がいる。となるとバスを降りて自宅に向かうまでか。それだと完全なストーカーだな。声をかけるのは結構難しいかも。どうしたものか。まだ学校の中のほうがなんとかなりそうな気がする。今日のところはここまでか。どこで話しかけられるかもうちょっと調べよう。学食とかはどうかな。


翌日の昼休み。学食で彼女を見つけられなかったので、同じように図書室で正面に座る。やはり図書室で話しかけるのは難しいな。隣に座る方が話しかけやすいだろうが、さすがに混んでもいないのにいきなり隣に座るのはどうかと思う。やはり下校時が良さそうに思うが人が多い。結局、火曜から木曜までの三日間同じことを繰り返したが、毎日同じような感じで何の進展もない。金曜の昼休み、同じように図書室に入る。既に彼女は閲覧エリアのいつもの席についている。取り敢えず、今日も本を適当に選んで正面に座ってみるか。いや、同じことを四回も繰り返しても意味はないな。今日は別の席で作戦を練り直そう。取り敢えず、どれか適当に本を取ってこよう。適当に本を眺めながら棚の間をゆっくりと歩く。


「あの」


すぐ近くに人が来ていたことに全く気づいていなかった。声の方を向くと彼女がいる。


「あ」思わず声が出た。

「何かご用ですか? 最近よく見かけるんですけど」


さすがにバレていたということか。そりゃそうだよな。でもこれはチャンスだ。


「あ、あの、僕、3年C組の中山です」図書室なのでヒソヒソ声で話す。書架の奥まったところで近くに人はいないので、幸い誰にも聞かれそうにはない。

「要件からいうと、えーと、名前も知らないんだけど」

さすがにいきなり名乗ってはくれないよな。

「君も、いじめられてるよね?」


ちょっと驚いたような表情になり目をそらされた。無理はないか。唐突だし。

「えーと、その、"も"っていうのは僕もいじめられてるんだけど、実はいじめられている生徒同士で情報交換するための掲示板を使っていて、野嶋君っていう3年D組の子が作ったんだけど、そこに君も入ってもらえないかと思って。いじめる連中に関する情報交換のような感じで、お互いに守り合うみたいな。メンバーはまだ2名だけで、入ってくれたら3人目」

早口でまくし立ててしまった。彼女は特に表情を変えず聞いているけど、内容は伝わったかな。


「てっきり私に何かするようイジメで強要されているのかと思ってました」

「そう思われてたんだ」

「とても怪しかったです」

「まあそうだろうね。やっぱり僕はいじめられてるように見える?」

「まあ。私もそうなので。で、掲示板でどうやって守るんですか? いじめから」

「今は二人だけだからたまに役に立つ程度なんだけど、お互いクラスも違うしイジメてくる奴らも違うので、そいつらの居場所を教え合って鉢合わせを避けてるという感じかな」

「ふーん」

ちょっと考え込んでいる。

「いじめる方はつるむけど、僕らは孤立してるでしょ。そこをなんとかしたいってのが発端なんだ」

なんとか彼女には入ってもらいたい。

「集まったりはするんですか?」

「いや。クラブ活動ってわけじゃないんで掲示板上だけ」

よし、URLとアカウントのメモを渡そう。

「スマホとか持ってるよね。このURLかQRからページを開いて、このIDとパスワードで入れるようにしてある。名前がバレないようIDは記号と数字のみ。パスワードは好きに変更できるから」

メモを手に取りしばらく眺めている。

「はい。後で見てみます」

やった。

「ぜひ。掲示板にはメッセンジャー機能もあって、使い方とか送ってるから見ておいて。掲示板もあるからわからなかったらそこに書いてみて」

頷く彼女。

「それじゃあ」と僕。

彼女は閲覧エリアに戻っていくようだ。なんか凄い満足感。ちょっとドキドキしている。顔も紅潮しているかもしれない。

まだ昼休みは15分ほどある。野嶋くんに結果を報告しておこう。


『それはよかった』


喜んでくれているようだ。僕としては、彼女を守る方向で野嶋くんと協力したいと考えている。クラスも違うし、彼女と自分たちの間に直接の利害はない。なので、女のいじめっ子連中が僕らに気づくことはないと思う。

午後最初の授業が終わったところで早速掲示板を覗いてみる。彼女が自分のクラスの座席表と、いじめっ子連中の名前を登録している。7名追加か。意外と多いな。僕のクラスの女、高山がいる。2年の女子生徒もイジメてるのか。もしかして奴は女ボス的な存在なのか。まあ、確かにクラスでは幅を利かせているし、低学年に子分みたいなのがいるのかもな。なんだかなあ。底辺の高校みたいじゃないか。一応進学校なのにな。


実際、ここ半年か1年くらいじゃないかな。イジメが目立つようになってきたのは。進学校だしこれまでイジメらしいイジメはほとんどなかった。聞くところによると、クソ谷中の兄がろくでもないやつで、谷中はそいつに指示されてるんじゃないかって話だ。女ボスも同様で、荒れてることで知られている商業高校の友達の影響らしい。うちの学校の生徒はカモにされているって噂もある。変に楯突くと、校外で何かされるんじゃないかって恐れられてるって話も聞く。先生も事なかれ主義でまったくあてにならない。


自分のクラスに彼女をいじめている奴がいるとなると、また休み時間も教室に残って動向を探ってみるか。これまで高山とか女子連中のことは気にしてなかったしな。まあ、できることといえば聞き耳立てることだけだけど、幸い高山の席は僕の席から一列挟んだ斜め前だ。

次は今日最後の授業だから、放課後の予定とか話しているかもしれない。と思ったら早速話しているのが聞こえてくる。声がでかいからわかりやすい。駅前のファッション系の店に行くみたいだな。掲示板に投稿しておこう。彼女が乗るバスとは違う方向だから関係ないかもしれないけど。


さて、休み時間は残り5分か。このまま席についたままでいいか。今日の授業も後一つだし殆どの生徒が教室に残っている。休み時間はいつもすぐに教室を出るから気づいてなかったけど、さすがにもう転校生が注目を集めることはなくなっているんだな。


お、早速彼女のコメントがついている。

『なるほど。こういったことを書くんですね。助かります』

放課後の行動についての投稿は、僕がこの掲示板を初めて最初に野嶋くんが書いてくれたコメントと同じだ。その時は結構役に立ちそうだと思ったもんだけど、彼女もそう思ってくれたみたいだ。

それから、彼女の名前を知らないので、メッセンジャーで自己紹介と参加してくれたことへのお礼を兼ねてまず僕から名乗ってみた。返事によると「露崎美樹」とのこと。ふりがなも書いてある。「つゆざきみき」さんか。


取り敢えず、高山連中の動向を探るために帰りに駅前に寄ってみるか。女ボス連中と同じ店にはさすがに入れないけど、どういった連中とつるんでるのか見ておいてもいいだろう。


放課後、駅の近くの自転車置き場に自転車を置く。2時間までは無料だ。

連中はバスで来てるけど、駅までは下り坂が多いので所要時間は自転車で来るのとそんなに差は無いはず。さてと、連中が言ってた店はこっちか。通りを挟んだ店の向かいにコンビニがあるな。コンビニの中から見張るか。お、きたきた。3人か。連れの一人は同じクラスの女だな。既に掲示板に登録済み。もう一人は知らないな。露崎さんが登録した7名の内、知っているのは2名だけだけど、こいつは残り5名の内の一人かな。なんとか5名が誰なのかを突き止めないと。と言ってもここから撮影するのは怪しいな。外見の特徴を書いて聞いてみるか。ちょっと色は黒くて痩せ型、髪は短く身長はそうだな、クラスの女は僕より多分10センチは背が低いから、それよりも顔半分低いってことは155くらいかな。ついでに彼女が登録した連中についても、見分けるための特徴を聞いておこう。


さて、連中も店に入って行ったことだし帰るか。

自宅到着。部屋にカバンを置き掲示板をひらく。早速コメントが付いてる。さっき特徴を書いた女は彼女のクラスメートか。彼女が登録した1人らしい。残り4名についても名前とクラス、髪型と身長や体格が書かれている。4人とも2年の女子か。僕とは接点がないな。


あれ、野嶋くんからのメッセージも届いている。全学年全クラスの時間割を登録したとのこと。これを見れば彼女のクラスいつどの教室を使っているかわかるな。後、各クラスの座席表の他に音楽室とかも各クラス分の席が登録できるよう追加されている。野嶋くんのクラスの座席は、音楽室や地学教室とかまで全て埋まっている。座席は何かの役に立つかな。僕のクラスについては教室の分は埋めたが、他の教室について全部覚えてないので、今日のところはわかるところだけ。

それはそうと、露崎さんを守るには何が必要だろう。放課後の行動だけではこの前のように休み時間にトイレに連れて行かれるようなのはどうしようもない。とはいえ学年も違うし教室も離れている。彼女にどういった情報が役に立つかとか聞いてみよう。昼休みの図書室でメッセージを送ることにする。


次の日の昼休み。急いで食事を終えトイレを済ませると、図書室に向かう。彼女は閲覧エリアにはまだ来ていないようだ。今のうちにメッセージを作成しよう。どんな情報があれば役に立つのかな、と。

メッセージを書いていて気づかなかったが、いつの間にかいつもの場所に彼女が座っている。メッセージを送信。


すぐに返事が来た。

『昼休みと放課後の行動予定ですかね。後、昼休みとか放課後の教室を出るタイミングは役立つかもです』


なるほど。鉢合わせを避けられるということか。休み時間はたいていすぐに教室を出るけど、これからは昼休みと最後の授業前の休み時間は教室に残り、下校時の連中の動向を探ってみるか。

続けてメッセージが届いた。

『ただ、私の方から提供できる情報はほとんどないのですが』

まあ確かに。僕としては彼女を守れればいいように思うけど、野嶋君はどう考えるかな。

ふとスマホから顔を上げると、図書室の入り口に転校生がいる。本を借りに来たのかな。英語の本もあったと思うけど、ほんの少ししか無いよな確か。まあ、彼女は日本語も読めるから関係ないか。


午後最初の授業が終わった休み時間。次の授業は音楽室。ここからはちょっと離れているので、音楽の教科書をもってすぐに教室を出る。どこかで時間を潰してから音楽室に向かうことにしよう。鞄から音楽の教科書と似たようなサイズの別の教科書を出してしまった。なんだよと思いつつ音楽の教科書であることを確かめてから再度鞄をしまう。廊下に出ると、既に音楽室に向かう連中でいっぱいだ。出遅れるとこんなものだな。前を見ると転校生が歩いている。彼女が転校してきてから数週間経つから転校生っていうのも変だが、一度も話したことがないから自分にとってはまだ転校生って感じだ。確か沖田さんだったよな。さすがにもう注目は浴びていないようだけど、誰とも話しながら歩いていないな。まるで僕のように孤立しているかのようだが、たまたまか。昼休みに図書室で見かけたこともあるし、彼女にちょっと注目してみるか。


音楽室でも誰とも話していないな。授業が終わり教室に戻る際も同様。戻ってから次の授業が始まるまでも一人で座っている。何かあったのだろうか。意外と内向的だったのだろうか。意外というのも勝手な判断だな。海外にいたからといって社交的とは限らない。次の休み時間にも教室に残って彼女の様子を伺ってみたが、やはり誰とも話していない。英語の授業とかで教師と英語の表現について話しているのを聞くと普通の話し方で、僕のようないかにもな感じはまったくないし普通に友達とかいそうだけどな。


それからも彼女の動向を観察したが、教室ではクラスの男子と一言二言話すところは見かけたものの、おしゃべりするような感じはまったくない。昼休みの図書室にも週に数回は来ているし、下校時も一人で帰っているようだ。少なくとも校門まではたいてい一人だ。何度か他のクラスの女子と話しながら歩いているのを見かけたことがある程度だな。


「中山君」


放課後、考え事をしながら自転車置き場に向かっていると声をかけられた。

振り返ると自宅近所に住んでいる幼馴染の谷川さんだ。子供の頃はお互い名前で呼んでいたが、高校になってから名字で呼ぶようになった。クラスも違うし最近は話すこともほとんど無い。


「ども」


「沖田さんって中山君のクラスでしょ?」


転校生のことだ。

「うん。今月転校してきた」


「彼女に英会話部に入ってもらいたいんだけど、今どこかのクラブに入ってるか知ってる?

中山君のクラスに英会話部の生徒いないから」


一言も話したことが無いからさっぱりわからないのだが、彼女は僕がクラスで孤立しているとは知らないんだろうな。

「うーん。どうかな。何かのクラブに入ったとかは聞かないな」

まあ嘘ではない。

「そうなんだ。じゃあ今度誘ってみるよ」

「それがいいんじゃない」

なんか嬉しそうだ。ネイティブ並の英語力のある生徒がいると活動も捗りそうだもんな。


「あ、そうそう」

ヒソヒソ声で話しかけてくる。

「彼女、なんか高山さんに目をつけられたって聞いたけど、クラスで仲間はずれにされたりとかしてない?」

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