第2話 転校生
僕は彼の名前ををまだ知らないが、多分彼も僕の名前を知らない。掲示板には連中の名前は登録されているけど、僕らのアカウントには本名はなく単に3C、3D、つまり僕らの学年とクラス名だけが書かれている。もちろん変更はできるけど、彼が登録しないなら僕もそのままでいいだろう。
僕らに対するいじめの内、教室の中のものは掲示板では防ぎようがないので、教室の外でのいじめっ子連中の行動を把握しないとな。
それはそうと、「いじめっ子」って言葉は、まるで「いたずらっ子」的な子供の悪ふざけのような響きがあって気に食わない。
それはさておき、休み時間はいつも教室を出ているのだが、教室を出てしまっては連中の動向を探れないので、今日は教室に残ることにする。聞き耳立てながら廊下側を背にして椅子に横座りしスマホでも見てよう。
例の掲示板を開くと、メニューの文言が修正されたり、各クラスの座席表が登録されている。D組以外は座席表が空欄なので、C組の座席を今夜にでも書き込んでおくか。さすがに連中も行き先をいつも話しているわけでもないので、休み時間に残っていても余り収穫はないな。それどころか、廊下側一番後ろという僕の席は連中が教室を出る際の通り道なので、席に残っていると椅子を蹴らることに気づいた。たまたま足があたっただけかと思ったが、確実に蹴られている。更には何かが頭に当たった。床に落ちたものを見るとレシートを丸めたもののようだ。やっぱり休み時間に教室に残ってるとろくなことがないな。収穫もないし休み時間に教室に残るのはやめにする。まあ一回だけで判断するのもどうかとは思うので、一日に何度かは残ってみるか。
数週間経ったが、僕が書き込んだのは最初の片山がトイレに行ったというのを含めて3回なので週に一回のペースか。彼の書き込みも週に4回なので似たようなものだ。たむろしているところを見かけた際にその場所を書いたり、週末にどこにいくとか言ってるのを聞いた際に書き込んだくらいだ。発想としては悪くないけど、さすがに二人では難しいのかも。そのうち自然消滅しそうだな。
ホームルームが始まる前の朝の教室はいつも騒がしい。クラスに友達がいない僕は、この時間も机に突っ伏している。
例の掲示板は一応毎日見ている。役にたっているのかも知れないが、そろそろ惰性になっているような気がしている。確かに、いじめる方はつるむが、イジメられる側は友達も少なく孤立している。いじめられる方は僕も含めてコミュ症傾向があると思うが、こういったネットを介した関係ならやっていけるかも知れない。とはいえ、実際のところ二人だけでは情報収集力不足なのだろう。学校には他にも仲間はずれにされたりいじめられている子が何人かいるはずで、そういった連中を仲間にすればもっと有用に違いないかも。
とはいえ、あまり人が増えるとこの掲示板がいじめる側にバレる可能性も出てくる。それに、勧誘するというのも苦手だ。いじめられている奴らはちょっとめんどくさい連中なので声をかけにくい。まあ、自分のことは棚に上げていることは承知の上だが。
そうそう。彼の名前がわかった。3年D組の野嶋くんだ。お互い名前を知らないままというのも変なので、掲示板の機能にあるメッセンジャーで名乗ったら彼も名前を教えてくれたのだ。
周りの声を聞くとはなしに聞いていると、転校生という言葉が聞こえてくる。転校生なんてまるで学園モノみたいだなと、僕は最近読んだラノベを思い出す。新学期が始まって二週間経つけど、こんなタイミングの転校なんてあるのかな。
チャイムが鳴り担任が入ってきた。女子生徒を連れている。確かに転校生だ。小中高を通して転校生は初めてだ。すごくかわいいとまではいかないが、平均以上というところか。教室内がちょっとざわめく。
「おはよう。まず最初に転校生を紹介します」
担任が転校生に向かって何か小声で声をかける。
「はじめまして。沖田恵里花です。よろしくお願いします」
「沖田さんはお父さんの仕事の関係で5年間イギリスに住んでたので、日本の高校は初めてだ。慣れないこともあると思うので、みんな助けてやって欲しい」
イギリスと聞いてまた教室がざわめく。外国なのでこのタイミングの転校なのかな。
「じゃあ席はそこ」
窓側の一番前のようだ。中山の席からは対角線にあり最も離れている。確か窓際の列は一席少なかった。昨日にでも運び込まれたのだろう。もっとも、席が隣だとしても相手にはされないか。彼女とは世界が違いすぎる。彼女と話すこともないだろうし、僕にとっては転校生という非日常も一瞬の出来事だなと思いながら日常に戻っていった。
休み時間になると女子が数人、クラスの仕切り屋というか、うるさい連中が早速転校生のところに行って何か話している。席が離れているので内容までは聞こえない。休み時間はいつも速攻で教室を出るのだが、転校生が気になり教室に残ることにした。転校生がいて関心がそっちに向いているので、こっちにちょっかいは出してこないだろうから、机に突っ伏して寝たふりして聞き耳を立てることにしたのだ。
漏れ聞くところでは、彼女の父親は自動車メーカー勤務で、ロンドンからそれほど離れていない街にいたらしい。向こうの学校の様子とかも聞いているようだが、よく聞き取れない。クラスの仕切り屋連中に話しかけられていたし、昼食も誘われていたようだからクラスに馴染むのも早いだろう。
午後の授業は英語。教師も転校生が帰国子女だということは知っていて、英語のニュアンスや最近の言い回し、イギリス英語とアメリカ英語の違いについて逆に彼女に質問している。5年間イギリスにいただけあって、英語の発音はネイティブのようだ。
数日も経つとクラスの連中の転校生への関心も薄れてきたので、これまでのように休み時間は極力教室を出ることにする。昼休みも真っ先に学食に向かう習慣に戻った。例の掲示板への書き込みも一応続けている。
昼食をすばやく済ませると、残りの昼休みはいつものように図書室で過ごす。
昼休み、図書室の閲覧エリアにいる生徒の大半は常連だ。大半といっても10人くらいしかいないが。この常連の一人に、いつも一番後ろの端っこに座る女子がいる。僕が図書室に来る頃にはすでに来ているのでつい目が行く。おとなしそうだしクラスに馴染むようなタイプには見えない。昼休み中ずっと本を読んでいて、隣に人が座っても全く顔を上げないどころかちらっとも見ない。
昼休みが終わる数分前に殆どの生徒は席を立つが、彼女は一番遅くまで残っている。校章の色からすると2年生なので、2階にある図書室から近いクラスなのだろう。こういう子と知り合いになれるといいなと思うが、話しかけられるきっかけはありそうもない。そんなことを考えていると、もう昼休みも残り5分だ。全く本を読めなかった。
午後いちの授業が終わると僕はいつもように教室を出る。休み時間は10分なので図書室にいくには短い。なのでトイレに寄った後は適当に歩き回ることも多い。階段を降り、2年A組からE組の前の廊下を見渡せるところに来た時、D組の教室から出てくる集団を見かけた。騒がしい女子集団の中に図書室の子がいる。彼女は2年D組だったのか。
この集団は、たまたま彼女と同じタイミングで出てきたという感じじゃないな。彼女は、後ろにいる女子に背中のあたりをこづかれてるようにも見える。下を向いているし、どうみてもいじめられているような感じがする。スマホを見るふりをして立ち止まって様子をうかがう。こっちに向かってくるが、階段を使うなら後をつけてみようと思っていたら、トイレに入っていった。
彼女を挟んだ3人が集団のままで入っていく。ちょっと気になる。いや、かなり気になる。違う学年の階だが、廊下に出て話しているグループも多いし特に目立っていはいないようなので、引き続き様子を見ることにする。女子が一人トイレに入っていったがすぐに引き返してきた。
先生に言ったほうがよさそうな気がするけど、やっぱり女の先生だよな。となると音楽の先生かな。などと考えながらトイレの方向を見るとはなしに見ていると、そろそろチャイムが鳴るんじゃないかというタイミングで3人組が出てきた。彼女は出てこない。気づかない内に出てきたということはないと思う。チャイムが鳴り始めたけど、様子を見に入るわけにも行かないし頼めるような女子の知り合いもいない。仕方ないので時々振り返りながら教室に戻る。何かできたのではないかと後悔するがどうしようもない。
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