反撃ソーシャルネットワーク

草川斜辺

第1話 出会い

6限目の終業チャイムが鳴り始めた。

が、世界史の川村はここから軽く1分はしゃべる。授業が終わった隣のクラスの生徒が廊下に溢れ、騒がしい。この騒ぎに乗じ、生徒の半数は教科書を片付け始める。川村は早口でまとめに入るが、聞いているのは教室前方の生徒だけだ。


授業が終わったら即効で教室を出る。3年になって最初の席は廊下側最後尾、後ろのドアに最も近い席になったのはついている。僕は帰り支度を終え授業の終了を待つ。時計を見ると、既に終業時間から1分半を過ぎてるじゃないか。


「じゃあ、今日はここまで。次の授業は・・・」


声を張り上げて何か言ってるが、みんな席を立ち始めたので何を言っているのか後ろの席までは聞こえない。

かばんを手に取りすぐ後ろのドアから廊下に出る。人であふれる廊下を足早にすり抜け階段を駆け下り自転車置き場に向かう。自転車置き場の手前、第一体育館と第二体育館の間の狭い通りに数人集まっているのが目に入る。あれは、クソ谷中じゃないか。今日は休んでたはずだ。いつもつるんでる連中と一緒だが、なんかうちの学校の生徒じゃないような感じのやつもいる。絡まれているのは、あれは確かD組の子だ。名前は知らない。


ちょっと立ち止まり様子をうかがう。見つかるとヤバそうだ。ちょっと振り返るふりをして顔を見られないようにしよう。こっちに向かって来る数人の生徒が見えたので、歩くペースを落としこの集団に紛れて通り過ぎるのがよさそうだ。


「マジで?それ盛ってるだろ?」

「いやいや、マジだよマジ」

「ははは。それはないわ」


談笑しながら近づく集団を気にしたのか、用が済んだのか谷中らが校門に向かって歩き始める。

取り残されたD組の子が、カバンを手に散らかった教科書を拾っている。気づいてないのか気づかないふりをしてるのか、集団はそのまま通り過ぎる。


「大丈夫?」

無視もできないのでノートを拾い声をかける。


「ありがと」

「谷中君は今日は休んでたんだけど」

「待ち伏せてたみたいだ」

彼はあたりを見回しカバンの中を確認する。

僕もなにか落ちてないか周りを確認する。


「それじゃあ」

D組の子は鞄を肩にかけ自転車置き場に向かう。


危なかった。先に来てたら僕の方が絡まれてたかも。

今日に限っては川村の授業が長引いたことに感謝するか。多分、彼はお金を取られたんだと思う。クソ谷中は遊ぶ金を調達しに来たに決まってる。教師はあてにならないし、なんとか絡まれないようにしないと。



それから数日後。

廊下側一番後ろの席は僕にとって都合の良い場所だということを実感し始めた。休み時間や昼休みには、他のやつらに見られることなくすぐに教室を出ることができる。教室に残っているとろくなことがないからな。


昼休み、授業が終わりすぐに学食に向かう。大テーブルはボッチの僕でも食べやすいので、早めに行って場所を確保したい。ここが埋まると四人がけテーブルと壁向きのカウンター席だけになる。カウンター席でもいいんだけど、いかにも一人な感じが際立つのでできれば避けたい。


僕のクラス、3年C組教室は学食まで遠く、授業が終わってすぐに向かってもすでに食券の自動販売機に行列ができている。なので早めに出ないと大テーブルの席も取りにくい。

今日もなんとか大テーブルで昼食を終え、トイレに寄っていつものように図書館で昼休みの残り時間を潰す。


図書館で本を読んでると隣に人が座った。他にも空いてる席があるのに、と思ってちらっと横を見ると昨日のD組の子だ。


「あ」

と思わず声が出た。

「携帯とかスマホもってる?」

前置きなしで彼が聞いてくる。


「一応」

図書館なので小さな声で応答する。近くには誰も座っていないが。


「ここ開いてみて」

とURLとQRコードが印刷された紙を渡される。


「これは?」

「僕が作ったサイト」

「ふーん」


QRコード読み取りアプリを開きコードを写す。URLが表示されるので、ブラウザで開くボタンをタップ。背景が黒くIDとパスワード入力欄のあるページが開く。


「ログインページ?」

地味なページなので反応に困る。

「これ、上がIDで下がパスワード」


渡された付箋を受け取る。上はアルファベットと数字の組みで下のパスワードは数字5桁。

IDとパスワードを入力してログインするとカレンダーのような表が表示される。予定表なのか?

反応に困っていると、D組の子が説明し始める。彼の名前はまだ思い出せない。


「この前体育館のところで、谷中は今日休みだった、っていってたでしょ?」

「そうだったかな」

話が見えない。


「君もあいつらにいじめられてるよね?」

「え?」

「あの連中はいつもつるんでいて、どのクラスにもターゲットがいるんだよ」


やっぱりイジメられる側ってのは見た目でわかるのか。僕はちょっと情けない気分になる。


「でね、今どき情報化社会じゃない?」

は? なんか超展開だな。それにしても、こんなしゃべる子なんだ。彼も僕の名前を言わないところからすると、お互いに名前は知らないのかもしれない。


「いじめられる側もつるむべきだと思うんだ。あ、もちろん一緒に行動するとかじゃなく情報的にね」

「これは予定表?」

画面を見ながら尋ねてみる。


「まあそんなとこ。取り急ぎスケジューラをカスタマイズして作ったんだけど、あの連中がどこにいるのか知っている時に書いといて。僕も書くから。後、掲示板もある」


今日の日付のところにある書き込みボタンをタップしてみる。


「項目名はそのうち変えるけど、「参加者」を選ぶと連中の名前が出てくるから。で「会議室」のところで連中が今いる場所と時間を選んでタイトルとメモを書いて登録。さすがに事前に連中の予定はわからないから、見かけた時に今いる場所を書くんだけどね」


早口でまくし立てられたが、なんとなく意味は分かった。予定表を使って連中の居場所を共有しようということらしい。


「LINERとかじゃダメなの?」

コミュニケーションアプリでは一番使われているし。


「だれでも見えちゃうからね」

「昨日の場合だと、今日休んでるって書いても役に立たないんじゃあ・・・」

「外で待ち伏せしてるかも、ってのはわかるよね」

「まあそうかもしれないけど」大して役に立つとは思えないが、顔には出さない。

「ちょっと使ってみてよ。僕も書くから。じゃあ」

そういうと、返事も聞かずに席を立って行く。


取り残された僕はあたりを見回し、誰もこちらに関心を向けていないことを確認すると、スマホの画面を改めて眺める。確かにこれはスケジューラで、予定とか場所が学校内の名前になってる。図書館とか第一体育館と第二体育館の間の通りとか、非常階段とか自転車置き場も細かく位置が分類されている。メンバーの一覧には谷中の取り巻きも選べるようになっていて、知らない奴の名前もある。うちのクラスだとクソ谷中と取り巻きの一人、富田か。こいつらに絡まれるのは休み時間とか放課後だけど、どこにいるかわかるくらいじゃ何もできないんじゃないかな。

まあ、とりあえず教室に戻ったら様子を見て書き込んでみるか。協力しても損はないだろう。


昼休みの終わりのチャイムが鳴り始めるたので早足で教室に向っていると、廊下に椅子が出されているのが見えた。教室の後ろのドアから自分の席を見ると僕の椅子がない。やれやれ。椅子を持って教室に入る。誰もこっちを見ていないので誰がやったのか見当もつかない。


席に座り教科書を出す。スケジューラを見てみようと思ったが、すぐに先生が入ってきたのでスマホをマナーモードにして鞄にしまう。授業中に使っているところを見つかったら没収され、最悪の場合、返却は親に対して行われるのだ。


午後一の眠い授業が終わると、いつものようにすぐに教室を出る。休み時間は机に突っ伏して寝たふりをしていることもあったが、教室に残っていてもろくなことはないので、僕は10分の休み時間でも教室から出ることにしている。


とりあえずトイレに向かっていると隣のクラス、D組の片山が出てきた。こいつもクソ谷中の取り巻きの一人だ。どうやらトイレに向かっているらしい。ちょっと時間をずらすことにし、廊下で立ち止まり窓際にもたれてスマホを見る。例のサイトにこいつの名前もあった。掲示板を開くと彼の書き込みがある。片山についてだ。放課後、谷中らと駅前の書店に行くらしい。今日は何かの発売日だったかな。本屋に行く予定はなかったが、行くつもりなら今日はやめておくところだな。多少は役に立ちそうだ。僕も片山が3階のトイレに行ったと登録しておくか。


こうして、僕と彼のいじめっ子連中に関する情報交換が始まった。

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