第6話 愛歌の誕生
ベン・シュミットがブラックスワンと通じている証拠は、ブラックスワンの社長の黒田巧巳がベンに指示した声の録音や、黒田宛に送ろうとした言霊通信社の社外秘のデーターなどが、ベンの持っていた通信機器の中から見つかり、ベンは釈放されることもなく、裁かれることになった。
スパイ活動の証拠となる黒田からの指示の録音を、なぜ残していたのかと警察官がベンに聞いたところ、消されないための保険だと答えたらしい。
カイルと良平宛てに、謝罪の手紙が届けられ、二人の能力や友情に嫉妬していたこと、自分も会社を持って二人を凌ぎたい気持ちがあり、それに付け込んだ黒田から、会社を持たせてやるからとスパイの話を持ち掛けられ、つい出来心でのってしまったことがしたためられていた。
言霊増幅装置や捕獲機などの設計図は渡していないとは書かれていたが、カイルはあることを心配していた。
それは、言霊の弱点とも言え、言霊は嘘をつくと言葉にこもった魂が抜けてしまう現象が起きるということだ。
もちろん言霊自体は嘘をつかないが、相手が相手だけに、どんな仕掛けをして、言霊を利用するのか分からない。自分たちが利益を被るために、言霊に嘘をつかせるように仕組まないとも限らない。
黒田巧巳は言霊の弱点を聞いただろうか? それを考えるとカイルは不安に襲われた。
この内人の世界は人口を増やし過ぎないように、大罪を侵せばジェリーフィッシュ外にある施設への追放となる。
菌に耐性が無い内人が、自然界に放り出されたらどうなるか、考えるだけでも恐ろしいが、この島流しは、急激に襲う自然死という極刑にあたる。
そこには医者も薬も無く、アンドロイドが全てを片付けることになっている。
言霊通信社の技術を手に入れようとして、ベンにスパイになるように持ち掛けた黒田は、その事実が暴かれた今、極刑を避けるべく、きっと自分達を正当化するための手を打ってくるだろう。
良平も同じ思いなのか、しばらくは、新規の客だけでなく、普段から言霊を貸し出している企業にも気を付けなければいけないと、緊張感を隠せない様子でカイルに語った。
この数週間は、警察の事情徴収などでバタバタしていたが、悪いことばかりではなく、カイルと良平は、ついに言霊の愛歌の誕生に立ち会うことになった。
カイルと良平が話し合って出した案を、プログラマーたちが取り入れ、言霊増幅装置内で、立ったまま話をする従来の言霊とは違う機能を設けた。
成長する愛歌の特性を活かすため、空中でハイハイをしたり、座ったり、回ったりと、自由なポーズを取れるようにしたのだ。
もっとも違ったのが、増幅装置内に言霊本体の魂を残した状態で、ホログラムだけが個人の通信機を通して、受信できるように設定されたことだ。
どうしてそんな設定が設けられたかというと、愛歌は企業の仕事の依頼を受ける言霊ではなく、癒しの言霊なので、日中予約が入ることはないと予想されたからだ。
夜間営業をしていない言霊通信社が出した苦肉の策が、入会金を払って会員手続きをとれば、あとは1時間単位の使用料で、愛歌をどこでも呼び出せるというものだった。そして、各々の呼び出し頻度で愛歌のホログラムが成長し、赤ちゃんから大人まで姿を変えるので、プログラマー泣かせの言霊でもあった。
カイルが言霊増幅装置の前に立ち、集まった社員に声をかけた。
「さぁ、みんな、新しいこと尽くめの待望の言霊、【愛歌】の誕生だ。プログラマーのみんなご苦労様。良平、スイッチを押してくれ」
「了解。いくよ。3,2,1,0! 愛歌、僕らの世界へようこそ」
愛歌の誕生を見るために、照明を落とし、操作で遮光ガラスへと切り替えた部屋の中、良平の言葉を合図に、言霊増幅装置の中が、ぼーっと柔らかく光った。
それは、だんだんとはっきりとした輝きになって、尾を引いて回り出し、まるで天の川銀河のように渦をまいた。
みんなの呼ぶ声に応えるように、銀河を象ったような渦が光り輝き、いくつかの尾が巻き込まれるように短くなって消えていった。
ディスクのように平たくなって回転する光は、上下にブレ始め、まるでガラスに走ったひびのような青白い電光をバチバチと周囲に解き放つ。
突然、言霊増幅装置の上部から、閃光の矢が垂直に放たれ、ディスクを貫いたかと思うと、ディスク型の光はふわっと広がり、人型へと変わっていった。
言霊増幅装置からの閃光を吸収した人型の光りは、どんどん凝縮されて密度を増し、寝転がった赤ちゃんの姿をはっきりと浮かび上がらせる。
白くてふくよかな頬、大きく潤んだヘーゼル色の神秘的な瞳。桃色に上気した頬。艶のあるベビーピンクの唇。ダークブラウンの髪の毛。
ぷくぷくとした小さな腕や足が、宙をかくように動き、やがてその愛らしい顔が、見守っている社員たちへと向けられた。
内人のほとんどは一人っ子なので、赤ちゃんというものを間近に見たことが無かったが、茫然としている社員たちに向かって、にっこりと笑った赤ちゃんに釘付けになり、知らず知らずのうちにみんなの口元には笑顔が浮んでいた。
「僕たちは、とっくの昔に、父性や母性本能を失くしたと言われているけれど、思わず手を伸ばしたくなるこの気持ちは何だろう? カイルはどう感じる?」
良平が、説明のつかない気持ちや、心の中の疼きを持て余して、カイルに問いかけると、カイルは魂を盗られたように、ぼうっと愛歌を見つめたまま返事もしない。
両手両足を動かしていた愛歌がふと動きを止めて、カイルの顔を見ると、まるで手を差し伸べるように、両手を揃えて前に出した。
一同息を飲んで見守る中で、夢遊病者のように、カイルが歩いて愛歌の傍に行くと、愛歌も言霊増幅装置から移動して、カイルの目線へと浮き、片手をカイルの頬に伸ばす。
おおっ!と声が後ろで上がったが、カイルは振り向きもせず、実体のない愛歌の挨拶に応えるように、愛歌の小さな手に頬を預ける素振りをした。
「良平。俺は今、父性愛に目覚めたぞ」
クールなカイルと父性愛があまりにも不似合いで、社員たちから大きな笑い声が漏れた。良平もカイルの傍に行き、愛歌の挨拶を受けたが、ん?と首を傾げる。
「視覚では触られているように見えるのに、感覚がないと、どうも戸惑うな」
「ああ、でもこのかわいらしさは、感覚がないのを補うよ。仕事を終えて家に帰ったら、愛らしい愛歌を眺めるだけで、癒されそうだ」
カイルの声を聞いて、キャラクターデザイナーたちや、プログラマーたちが誇らし気に胸を張ている。彼らに向かってカイルは改めて、労いとお礼の言葉をかけた。
良平も共同経営者として、社員全員に良い言霊ができたお礼を言った後、少し心配そうな眼差しをカイルに向けた。
「カイルはロリコンじゃないよな? 愛歌は育つことを忘れずにな」
「な・何を言ってるんだ!? 俺がロリコンの訳ないだろ! みんなが信じたらどうするんだ?」
うろたえるカイルに、社員たちの笑い声が重なり、そして、今までのやり取りが分かっているように、愛歌も笑い出した。
赤ん坊の笑い声や、破顔した表情ほど、見るものを幸せにするものはない。カイルのことを笑った社員たちは、口々に自分達もロリコンかもと言いながら、愛歌の傍へと移動して、小さな手の愛の洗礼を受けたのだった。
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