第5話【愛歌】の創作会議

 翌日言霊通信社での朝のミーティングは、意見を言い合うというより、質問からスタートした。


「愛って、考えたんですが、セクサロイド的な存在でしょうか?」


 一人の男性が周囲を見渡しながら聞くと、他の社員がそうだなと同意しながらも、ホログラムでは実体がないからその使い道には適さないんじゃないかと答えた。

 すると女性社員から、赤ちゃんはどうでしょうと問いかけがある。


「小さくて無力で、柔らかいものって、庇護欲をさそうじゃないですか?私たちが契約結婚で作った赤ちゃんは、育児ロボットに任せるのが当たり前にはなっていますが、もし、働かなくてもジェリーフィッシュの中で暮らしていけるのなら、ほんのちょっとなら育児に関わりたいかなとも思います。それが愛なら、赤ちゃんはどうかなって思いました」


 良平が、こめかみをさすりながら、いい案だけど、赤ん坊だと口がきけないだろうとカイルにアドバイスを求める。


「カイルの案はどんな感じだ? 昨日考えると言っていたろう?」


「う~~~ん。今の二人の意見を考えると、愛はいろんな形があっていいのかもと思う。赤ちゃんから大人まで成長する言霊を作ったらどうだろう?」


 良平が目を見張り、口がおおっとと感嘆する形に丸くなった。

「それは行けるかも‥‥‥。今までのように、具体的な役目を持つ言霊ではなく、人を癒す役目をして、呼び出すごとに少しずつ成長する言霊をつくればいいのか」


「ああ、でも、セクサロイドのように色事に向くように育てたくはないな。癒すとしたら音楽というか、歌はどうだろう?」


 カイルの意見に、シンディー親指を下に向けて反対を表しながら、意見を述べた。

「言霊は日本語に宿るものだから、今まで日本名だったけれど、愛の言霊が、今はやりの名前やルックスでヒット曲を歌ったら、アイドルと変わりがなくなっちゃうんじゃないかしら?」

  

 カイルがシンディーの意見に頷いてから、技術者のベン・シュミットを振り返った。

「ベンはどう思う?」


 カイルの問いかけに、テーブルの下で何やらもぞもぞ手を動かしたベンが、アイドルいいんじゃないですかと、慌てて言った。


「そうか? じゃあ、こっちに来て、投影スクリーンにアイドルのイメージ画を描いてもらえるかな?」


「いや、やっぱりアイドルじゃまずいですね。シンディーの言う通りです。私は絵が苦手なんで‥‥‥」


「技術部のサブマネージャーが、図案も描けないってことはないだろう?」


 カイルが席を立って、ベンに向かって歩き出すと、ベンが膝に置いていた手をポケットに入れる。

 カイルがベンの椅子の背後から覆いかぶさり、右手にペンを持たせ絵を描くのを促すが、その実、反対の手でベンのポケットに手を入れて、隠したものを引っ張り出した。


 ベンは青くなって唇を震わせている。ベンの隣に座っていた社員も、カイルがベンから取り上げたものを見て目を見張った。


「古株の君は、会議中に通信機器を持ち込んではいけないというルールは知っているはずだ。だが、残念なことに、この部屋は電波を通さないから、会議の内容は他には送れない。録音でもしていたのかもしれないが、どこに送るつもりだった?」


 答える代わりに、ベンはあろうことか机の下に潜って、ロの字型に並べられた机の反対側に出た。ドアがすぐそこに見えて立ち上がろうとしたところを、良平に思いっきり踏みつけられ、無様に床に突っ伏した。


 社員たちの行動は早かった、隣のオフィスに走って行って、ロープを取ってくるもの。カイルと良平の了解を取ってポリスに電話をかけるもの。カイルと良平が支持を出さなくても、あっと言う間に片が付いた。

 昨日の事件と繋がるため、警察官がまたもや尋常でないスピードでやってきて、ベン・シュミットを連れていった。


「まさか、言霊捕獲機を昨日の奴らに渡した犯人は、ベンなのか?」


 社員たちが、ひそひそと囁き合っている。ベンは、言霊通信社の設立時からいる古株なので、社員たちの動揺は大きかった。


「情報漏れは食い止められたかしら? 私たちの大事な言霊を真似されたり、さらわれたりしたくないわ」

 シンディーが心配気にカイルを見ると、カイルが分からないと首を振った。


「みんなが大切にしている言霊たちを、奴らに奪わせはしない。何かおかしなことに気が付いたら、すぐに良平か俺に知らせてくれ」


 カイルの言葉に、みんなが真剣な顔で頷いたのを見計らって、良平がこほんと咳をして、みんなの視線を集めると、その顔を見回しながら話し始めた。


「会議が中断してしまったから、一つ僕から提案があるんだが‥‥‥。シンディーの言い分は一理ある。どこにでもある立体映像のアイドルを真似てしまうと、言霊の意味がなくなる。神秘性を加えるなら、日本語での短歌や、和歌を言うのはどうだろう? 例え意味が分からなくても、愛の魔法の言葉とか呪文のように受け取ってもらえるかもしれない」


 タンカとワカって何だ?と一瞬にして仕事モードに変わった社員たちが、それぞれの顔を見て、知ってるかと聞き合う。

 この会社を立ち上げる時からいる社員は、日本文化のブームが起きた時に、歴史や文学に至るまで、古代の日本文化に熱中した者たちなので、短歌や和歌は、当然のことながら知っていると頷いた。


「良平、例をあげてくれ。できれば愛の歌がいいな」


 カイルが意地悪く、にやにやと笑って良平を見ている。言い出しっぺの良平は断れるはずもなく、何がいいか考えてから、良く通る声で、節などをつけず、素直に日本語を口に出した。


「君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな」


 意味の分からない日本語に、社員たちは一瞬、ぽかんとなったが、先に良平から、例え意味が分からなくても、愛の魔法の言葉とか呪文のように受け取ってもらえるかもしれないと聞いていたので、【愛の言霊】が言えば、愛の魔法の言葉に聞こえなくもないだろうと納得した。


 愛自体が分からない者たちにとって、理解できない日本語の短歌や和歌は、この場合とても効果的な役割を持つのではないかと思ったのだ。


 シンディーが、面白そうと言いながら意味を求めるので、良平は困ったようにぼそぼそと訳し始めたが、カイルが聞こえないから大きな声で言ってくれと、良平に文句をつけてから、大きくウィンクをした。


「カイル覚えてろよ。僕だって経験がないから、あまり自信が無いんだ。深くは突っ込まないでくれ。

 えっと、意味は……あなたのためなら、捨てても惜しくはないと思っていた命でさえ、逢瀬を遂げた今となっては、あなたと逢うために、できるだけ長くありたいと思うようになりました…という情熱的な内容です」


 良平は世界共通語を使って説明したはずなのに、日本語で和歌を披露した時よりも、聞いている社員はぽか~んとしてしまって、訳し終わったあとも、意味を一生懸命考えているのか、誰もしゃべらない。


 さすがの良平も、心配になってダメか?と、社員たちの顔を見回すと、夢から覚めたようにはっとした社員たちは、いいんじゃないかと慌てて首を縦に振った。


 そうして、言霊【愛】のキャラクターは決められていった。

 名前も愛と歌を掛け合わせ、「愛歌」に決まり、ベン・シュミットの騒動をことを除けば、【愛】についての話し合いは思ったよりも先へ進んで、無事に終了したのだった。


 社員たちが持ち場に戻った後、カイルは良平に会議室に残るように言い、部屋の隅の飾り棚に置かれている立体映像の写真立てを、机の上に置いた。

 良平も、これからカイルが始めようとすることは、重要なことだと分かったので、会議室に鍵をかけると、カイルの隣に腰掛けた。


 写真立てには、会社設立時に撮ったデーターを元に、オフィスの前でカイルと良平が握手をしている姿が浮かび上がっているが、カイルと良平しか知らない特別な言霊専用の増幅装置になる仕掛けが施されていた。


 言霊は増幅装置の大きさによって、大きさが異なり、言霊通信社に置いてあるすべての増幅装置は、どんな言霊も擬人化して映し出す。

 言霊通信社に置いてあるような、本格的な増幅装置だと、人間大になるが、机上に置く小型の増幅装置なら30~40cm大の小さな言霊が現れる。


 言霊通信社と契約している会社は、金額に応じた大きさの言霊増幅装置を、数カ月単位から年単位でレンタルしていて、言霊が必要な時は、増幅装置についているアポイント機能を使って、日時、目的を入れると、言霊通信社からの連絡が入る。


 例えば、使う言霊がいつも同じで、法律事務所などの信頼おける会社がアポイントを入れた場合、言霊通信社の方は、簡単な確認を済ませるだけで、デジタル化した言霊を相手先に送り、相手先は言霊を増幅装置で擬人化させることになる。


 片や、ブラックスワンのように、初めて契約を希望した会社については、業務実績や内容を調査をしてからの契約となり、その結果、問題があると分かれば契約を断ることになる。断って大人しく引き下がればいいが、今回の場合は特にひどく、裏で言霊を手に入れようとする動きがあるので、予断を許さない。

 

 契約企業側へ貸している言霊増幅器は、透明な特殊ケースに入っていて、直接中身に触れないようになっている。言霊も、その縦長のケースの中で形になるのだが、ケースについているスピーカーから声が聞こえるようになっていた。


 もし、誰かが、言霊増幅装置を覆っている透明なボックスを壊そうとすれば、その映像がたちまち言霊通信社に通知され、言霊は即回収される。ボックスがこじ開けられれた瞬間に増幅器は発火して跡形も残らないようになっているので、言霊を手に入れようとすれば、今回のように、言霊通信社の言霊増幅器で擬人化した時を狙うしかなくなる。


 もしもの場合を考えて、カイルと良平が、社員たちに知らせずに作った「査探サタン」という名前の言霊があり、秘密裏に情報を集めることができる。隠密行動をとらせるため、姿を消したりもでき、日本文化に詳しいものなら、昔存在した忍者を思い起こすかもしれない。


 ただ、忍者のようだと言っても、査探サタンは戦うことはできないし、プライベートを侵害する可能性があるので、今まで使う機会は訪れなかった。

 今回は会社の財産である言霊たちがかかっているので、カイルは使う気になったのだろうと、良平は固唾をのんでカイルを見つめた。


査探サタンをどうやって使う気だ? ベンはもう警察に連れていかれたし、裏切りがバレた以上、ここに戻ってくることはないだろ? 」


「だろうな。きっと警察では何も話さないだろうから、証拠不十分で釈放されるかもしれない。そうしたら、あいつは諸手を挙げてブラックスワンのところに行きそうだ。ここで培った言霊の擬人化技術を、ブラックスワンに渡せるものか! だから‥‥‥」


 カイルは首にかけた社員証を裏返し、コツコツと指ではじいて見せた。。


「社員証? そういえば言霊を探しに行く前日、社員全員の社員証を預かって何かチェックしていたな。カイル、まさか、社員たちに査探サタンを使ったのか?」


「ああ、ブラックスワンの名前が2度上がった時から、何か引っかかてな。一度目はブラックスワンからの契約の申し込みを断った。2度目にホワイトビレッジから、ブラックスワンとの取引を前提にした契約書の調査を申し込まれた時に、完全に敵対関係になると思ったんだ。怪しい会社だから、社員に危害を加えられてはまずいと思って、守るつもりで社員証に査探サタンを忍ばせた」


「なるほど。守るつもりが、裏切りを知ったわけか‥‥‥。ベン・シュミットにかまをかけたのはそういうわけか」


 元々言霊は、文字に宿るものだ。カイルは、磁気を帯びる透明なインクで社員証の裏に「査探」と書いて、社員たちに戻した。


 各々が社員証を入退出時に、入退出をチェックするセンサーに翳すと、社員証に張り付いていた査探サタンの気が、入退出の読み取り機にしかけられた査探サタン用の受信機を通して本体の査探サタンに伝えられる。


 集められた情報を、会議室にある立体写真立てから査探サタンを呼び出して聞けば、危ない目にあった社員たちの状況を知ることができ、加害者の身元も割れ、ブラックスワンとの繋がりが分かるかもしれない。カイルは最初はそんなつもりでいた。


 ジェリーフィッシュ外の図書館に、言霊を探しに行った日の朝、カイルは出勤してきた社員たちが、全員無事に出社したのを見てほっとしながら、会議室に一人でこもった。そして、思わぬベン・シュミットの裏切り行為を知ったのだ。


「さすがに、設立当初から一緒だったベンが不可解な行動をとっていると聞いた時には、査探サタンの方を疑ってしまった。何しろ初めて使うし、彼の能力を知らなかったからな。だが、会社に乗り込んできた男たちが言霊捕獲機を持っているのを見た時に、査探サタンの言ったことが事実で、ベンに裏切られていたという証拠を突き付けられたようで、ショックだったよ」


 全ての感情を押し殺したよううに、カイルが淡々と語りながら、3Dが浮かぶ写真立てのスイッチを切り換える。浮かんでいたカイルと良平のホログラムの代わりに、青白い炎の様な揺らめきが立ちあがり、影のようなダークな顔が浮かび上がった。


 目が三角に吊り上がり、両側に裂けたような口が、その名の通り悪魔サタンを思い起こさせる。目と口の部分だけくり抜かれたように、査探サタンを覆っている炎と同じ青白い光を宿していて、凄みを感じさせた。


「良平、久しぶりの会見だな。私がこの姿で誕生して以来か。カイルからの依頼で、ベン・シュミットを探査していたが、やはりあいつは、ブラックスワンと通じておるぞ」


「何だって! ほんとか? 」


「ああ、本当だ。昨日退社した後も、ブラックスワンの社長の黒田巧巳に問われて、捕まった二人がブラックスワンの痕跡を残さなかったことを報告しておった。今朝も、「愛」の言霊の会議内容を送るように指示を受けておったわ」


 査探サタンが気を悪くしないように、良平は必死で普通の顔を保ったが、査探サタンの言い回しを聞くと、つい笑いそうになってしまう。

 サタンの名前から偉そうな口調をと、カイルが勝手にプログラミングしたのだが、真剣な話をするのにこれはまずいのではないかと、カイルを見ると、カイルは慣れているのか平然と質問をする。


「実は、ベンから取り上げた通信機器を、警察に渡さなかったんだ。無理に暗証番号を入れれば壊れる仕組みになっているかもしれないから、あいつが証拠隠滅のために警察にわざと違う番号を教えないとも限らないからな。査探サタン、暗証番号は分かるか?」


「うむ。先ほども机の下で操作しおったから、見ておった。番号はXXXXXじゃ。」


 良平が、カイルの言葉を聞いてすぐにペンと紙を用意して、査探サタンの言った番号を書き取り、査探サタンに確認をした。


「XXXXXで間違いないか? 」


「そうじゃ。それと黒田巧巳の個人番号はXXXX-XXXXX-XXXXXじゃ」


「ありがとう査探サタン。君の能力はすごいな。何でもお見通しなんだな」


「うむ。お主が個人識別番号から調べて、女子おなごに連絡を取ったのも知っておる。マライカと言ったか。母親が病気で・・・・・・」


「うわ~っ、査探サタン、僕のことはもういい! それ以上しゃべらないでくれ! 」


 良平が恐る恐るカイルを見ると、横眼でこちらを見ながら、口元が意味ありげに弧を描いている。ああと溜息をついて、良平は片手で顔を覆った。



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