第33話

後編: 破られた紙切れ.                        「ねー、あんた一体どうしたの?」    様子が変なのに、祖母が気付いた。そして、手元の紙に。              「あれ?あんたそれ。何持ってるの?」 私はまずいと思ってポケットに入れようとした。                  「一寸何それ?!」           「何でもない。」            「何でも無い訳無いでしょう?!」    祖母が凄い剣幕で近付いて来た。     「見せてみなさい。」           私は、見せてはいけないと思った。何故か分からないが、絶対に見せてはいけないと思ったのだ。                「早く!それ見せなさい。」       「駄目。」               「何が駄目なの?!早く渡しなさい!」  自分の手を前に差し出す。        「渡さないとママに言いつけるよ。」    いつも必ず言う脅し文句だ。       「早く!それ渡しなさい。良いの、ママに言いつけても?!」            「これはママに渡す様に言われたんだから、良いの。」               「エッ?!」              祖母が物凄く恐い顔になった。そして無理に奪い取ろうとした。切れてしまう!私が手を開くと紙を奪い取った。それをジーッと真剣な表情で見ている。           祖母は英語もそうだか、ローマ字が読めない。女学校は出たらしい。だが読めない。 英語やローマ字を習わなかったのかなんだか分からないが、とにかく駄目だった。いつも、外国に住む私の伯母宛の手紙の封筒の宛名書きは、私に頼んで書いてもらっていた。ずーっと何年もだ。           「これ、何なの?何が書いてあるの?」  「…それは、ホテルの名前が書いてあるんだよ。」                  その紙には横浜のホテル名と、その下には電話番号が書いてあった。         「ホテル?!」             祖母が私を凝視した。          「一寸これ、誰があんたに渡したの?!」物凄く怒りながら、焦っている。     「ねー、誰なの?!早く言いなさい!!」 私は仕方がないから話した。       「男の人、外人の。多分アメリカ人だと思う…。」               「…!!」               祖母の顔がみるみるうちに鬼の様になった。そしていきなり、その紙をビリビリと破り出した。                 「アーッ?!」             私は驚いて叫んだ。           「おばあちゃん、止めてよ!!」     祖母は無言で、丸で何かに着かれたようにビリビリと破り、私の言葉に耳を向けなかった。                  私は泣き顔になった。何度も止める様に頼んだが、祖母は止めなかった。そしてやっと小さくその紙を切り裂くと、それを流しの中に捨てた。                私は、祖母がとんでもない事をしたと思い、泣いていた。なんて事をしてしまったのだろう!!母に渡せと言われたのに。     悲しく、流しの中を覗き込んでいると、祖母が私の名を呼んだ。顔を見ると、さっきと同じ様な恐い顔だ。顔も赤くなっていて、丸で赤鬼た。                「あんた、この事をママに話すんじゃないよ?!」                「エッ?!」             「絶対に話すんじゃないよ、いいね?!」「だって!ママに渡す様に言われたんだから。なのに何でおばあちゃん、切っちゃったの?!」                「良いんだよ、あんな物。」       「何で良いの?!あんな事して!!」   「うるさいね!!良いんだよ、あんな紙切れ。」                 祖母は私に絶対に母に言わない様にと言った。これは(自分に都合が悪い時は)いつもの事だった。              結局、母が戻って来て食事の時間になった。私は思い切って母に、学校からの帰り道に起きた事を話し出した。          話している最中に、祖母が焦って睨み付けた。                  「あんた、何話してるの?!さっき言わないって言ったよね?!」          私は言わない様にと、無理矢理に約束をさせられていたのだ。            私はそのまま話そうとした。       「一寸あんた?!」           「お母さん!黙っててよ。」        母が強く言った。            「それで?それでどうしたの?」

私がその紙の事を言い、祖母がそれを取って破り、流しに捨てたと言うと、母は物凄く驚いた。                 「エーッ?!」              急いで流しに近付き、そのビリビリになった紙を拾い、何とかパーツを元の場所に戻し出した。丸でパズルをしている様に、真剣になって。                 「一寸あんた、止めなよ?!何でそんな事してるの?!ねー、止めなさいよー!!」  「お母さん、酷いじゃないの?!何でこんな事するのよ〜っ!!」          結局その紙が元通りの形になるまでにはかなりの時間がかかった。母はやっとその電話番号の数字が分かり、電話をかけようとした。だが祖母が泣き喚いた。         「止めてよ〜!!お願いだから、電話なんてしないでよ?!今更何なのよ〜。」    「だって、この子の父親なのよ?!ねー、父親が会いに来たんでしょう?電話するに決まってるじゃないの?!」         「そんな事言ったって、何年もほっぽっといて!冗談じゃないよー。」        「だからって、父親なんだから!さぁ、電話かけるからそこどいてよ!」       「あんた!ねー、お願いだよ。電話なんかしないでよ。ねー、せっかく三人で上手くやってきたんじゃないの?ねー、そうでしょ?」「駄目だよ。」              「ねー、どうしてなの?せっかく三人でやってきたんだから!これからもそうしようよ?!ねっ、○○?それが一番良いんだからさ。」                 「だって、あの子の父親なのよ?!父親といるのが良いに決まってるじゃないの?!」「そんな事ないよ〜!!」        「早くどいてよ!」           「じゃあどうしても駄目なの?じゃ、あたしはどうなるの?ねー、困るじゃない?!あたしはどうなるのさ?」          「そんなの、他の娘の所に行けば良いじゃないの?!」               「嫌だよ、あたしはあんたが良いんだよ。だから電話なんか、よしてよ。」       必死で懇願する。            「他の娘の所なら、みんな結婚していて、私なんかよりよっぽど良いんじゃないの?普通の家庭があるんだから。そこで面倒を見てもらえばいいでしょう?それが一番良いじゃないの?!」               「嫌だよ!!ねー、これからもずーっと子供の面倒は見てやるから。見るからさ!だから前みたいに、このままずーっと一緒にいようよ?三人で暮らそうよ。それが一番なんだから!!ねー、そうしてよ?!ねー、○○、頼むよ〜。」                ずっとこんな調子だった。        結局母は頑として譲らず、そのホテルに電話をかけた。               だが…、最初に私が母に話し出した時から数時間が経っていた。           それで母が電話をかけて、フロントに父の名前を言い、部屋に繋いでくれる様にと頼んだのだが…。フロント側に断られた。時間が遅いから繋げないと。母が驚いて、何度も何度も頼んだ。               「でも、お願いします!!大事な用があるんです。」、「お願いします。でないと凄く困るんです!」、「明日ですか?明日、出るんですか?!」、「お願いします、どうしても繋いでもらわないと、話があるんです!」    フロント側は絶対に駄目だと拒否した。時間はまだ確か九時前だったから、そんなに遅くはない。だから、意地悪をしたのだ。   当時は、アメリカの軍人や、欧米人と付き合ったり結婚したりする女の事を非常に嫌ったり、馬鹿にしたりする傾向があり、多くの日本人がそうしたし、今よりもそれは遥かに強かったのだ。              母の事も恐らく、もっと若い娘が、道かどっかで知り合い、ホテルの番号を貰った位にしか思わなかったのだろう。        母は、それなら伝言を伝えてくれる様に言ったが、明日もう早くに出てしまうし一泊しかしないからどうのと言われて、結局それも駄目だった。(今の時代なら、こんな事をしたら問題にできるし、直ぐにネットにも書き込める。だが昔は割と何でもいい加減で、緩い時代だった。)              母は仕方無く、電話を切った。物凄く落胆していたし、目は涙目で真っ赤だった。   祖母は電話をかけている姿をジッと見ていた。そして電話を切った母を見て、とても嬉しそうだった。物凄くテンションが高かった。                  「出なかったの?駄目だったんだね。あぁ、やっぱりそんな事になるんだよ!!」   「みんな、お母さんのせいじゃないの?!」「何であたしのせいなのさ?」      「お母さんが嫌がって、中々電話がかけられなかったからじゃないの?!」      「そんな、人のせいにするんじゃないよ。あんたがそこまでしたかったんなら、何でもっと早くに電話しなかったのよ?そうでしょう?!」                もう強気だ。            「○○、これで良かったんだよ。あんたもあたしも又みんなで、三人で仲良く暮せば。あの子だってそのほうが良いんだよ。今迄いなかったのに、そんな急に父親なんていらないんだよ。そんな物、あの子には必要ないんだからね!」               「何を馬鹿な事言ってんのよ…。」     「だって父親なんかいなくたって、あたしがいるんだから。さぁ!!元気出してよ?もうあんな男の事なんかいつまでも考えてるんじゃないよ!明日は何か美味しい物を食べようね?そうしたら元気が出るからさ!あんた達が好きな物を作ろうね。ねー、何が良い?」母は答えない。             「ねー、何か食べたい物ないのー??」   翌日祖母は、夕飯に山の様にハンバーグを沢山作った。               「ねー、今日はあんた達が好きなハンバーグだよ!一杯食べてよ?あんた達、好きでしょう、ハンバーグ?」           二人共ハンバーグなんてどうでも良かった。大して食欲は無かったし、美味しいとも感じなかった。               私も母も落胆していた。母は父と連絡が取れず、話せなかった事に。話せていたら将来は変わっていたと思っただろうし、恐らくそうだっただろうから。           私は、父に会ったと言う認識は無かった。父親と言う言葉が何回か聞こえたが、ハッキリと後から説明されていないし、そのままだったから。                だからその後何十年も、この記憶は消し去られた。だがこの時は、母がそこまで話したかった相手と電話が繋がらす、駄目だったのが、よくは分からないが、余程重大な事だろうと思い、それが駄目になったのが悲しかった。又、母を哀れにも思った。      だが、愚か者は馬鹿を見る。母がもしもっと利口なら、祖母の事を相手にせずにさっさと電話をかけていた筈だ。電話の前に立ちふさがったのなら、外で公衆電話を使えば良かったのだ。又はタクシーに飛び乗って、そのホテルまで行けば良かったのだ。そうしたら流石に、ホテル側も追い返したりせずに、一応連絡をしたのじゃないか?そして会えたのではないか?               ホテルのフロントの相手には、自分は他人では無く、相手との子供がいるからと、相手はその父親だと説明したら良かったのだ。駄目元で。そうすれば、相手が誠意がある人間なら、何か事情があると思い電話を繋いでくれたかもしれない。言うだけ言えば良かったのだ。                                      祖母はとても嬉しそうにハンバーグを食べた。                  「あら、あんた達あんまり食べないんだね?どうして?美味しくないの?せっかく沢山作ったのに!今日のハンバーグ、凄く美味しいじゃないの?」             何度かそんな風に繰り返した。      (ちなみにこの件があっても、私はハンバーグが好きだ…。)             だが、父もやはり大した事はないのだ。あの時道でかち合ったのは、私の家に行ったのだろう。でも恐らく祖母はいなかったのだろう。                  それとも素通りして尋ねなかった?それは無いかもしれない?いずれにしろ祖母は言うまで知らなかった。            だから何故あんな時間に訪ねようとしたのか?母が家に戻った時間帯に、後から来ようとして場所を確認しに来ただけなのか?何だったのだろう?             いずれにしても何故電話が無かったからと、それで諦めてしまったのだろう?自分の子供がいるのに。もっと幾らでもしつこくしても良かったのだ。そんなのは当然なのだ。  だからもう一度、もう少し遅い時間に来れば良かったのだ。そうしたら母に会えたのだから。だから、余り誠意が無いではないか。 そんな紙切れ一枚を子供に渡して、母親に見せろと言うだけでは。現に祖母のせいで、本人ヘちゃんとには渡せなかったではないか!                  だから、彼も愚か者だ。残念だが、愚かだし、誠意が余り無い男だったのだろう…。

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