第32話

前編:不思議なアメリカ人の中年男.   エミには父親がいなくて、(恐らくは彼女も?)、名前も知らなかったのではないだろうか。                 そして、私はそうだった。分かったのは、9歳か10歳位の時だった。         クラスの子数人が父親の話をしていた。そして、近くにいた私にも聞いたのだ。私は分からなかったから、そう答えた。だから、家に帰ったら母に聞く、と返事をした。明日教えるからと。皆、驚いたが納得した。そして私はその後直ぐにその場を離れた。     だから聞かない訳にはいかなくなり、仕方無いから食後に、母に申し訳なさそうに聞いた。                  母は嫌な顔をしながら、何故そんなことを聞くのかと逆に聞いた。私は何故かを説明した。                  母は教えてくれた。私は、これで明日困らないと思い、喜んだ。翌日、その子達の前で発表した。一人が、自分の父親と同じ下の名前だと言って喜んだ。           だが今度は、どこが出身地かと聞かれた。そして自分達の父親の出身地を私に教えた。私は又、分からないからもう一度母に聞いてくると言った。皆は又少し驚いていた。何故今度も聞かないと分からないのかと少し怒る子もいた。家にいないからだと又説明してそれ以上の質問や責を受けない様に、又直ぐにその場を離れた。             私は又、仕方無く母に聞いた。今度は、前日の事もあったので、そこ迄驚いたり嫌な顔をせずに教えてくれた。          私は又、その子達の前で発表して、下の名前が同じだと言って喜んだ子が、又(アメリカの)同じ州だと言ってその偶然を喜んだ。私は特にそれが嬉しく無かったし、何とも思わなかった。只、それ以上又突っ込まれて聞かれたくないし、されて又母に聞かなければならなくなると困るし、三回目は流石にいい加減不味いと思い、直ぐにその場を離れた。 離れる前には、うちはいないからそうした話はできないしこれ以上はしたくない、とハッキリと伝えて。皆変な顔をしていたが、そんな事をかまってはいられなかった!!   うちでは、絶対に父親の話をしない、してはいけない。タブーだった。そうしたムードがあった。これは親戚が来てもそうだった。 最初のうちは、従兄弟達が私や母に聞いたりした。やはり自分達の父親の話をした時だ。                  「ねー、何で○○ちゃんちにはお父さんがいないの?」、「○○ちゃんのパパはどこにいるの?どうしていつもいないの?」     私は聞かれると凄く困った。返事に詰まった。答えないから不思議に思い、又聞く。「ねー、伯母さん、どうして○○ちゃんのパパはいないの?」、「叔母さん、○○ちゃんのお父さんは何処?どんな人?」      母は物凄く嫌な顔をして返事をしない。何度か聞いても無視する。又は、それを見た伯母や叔父等が驚いて、困りながら自分の子供を叱る。                 「そんな事を聞かなくて良いんだよ!!」、「一寸!そんな事、あんたに関係無いでしょう?!」等と言って。          それでやっと黙る、驚きながら。そうして学習する。あぁ、言ってはいけない、聞いては駄目なんだと。それからは絶対に聞かないし、(理由は分からないが)、それはタブーなのだと認識して。            こうしてうちにはタブーがあったのだが、どこの家でも、もしかしたら一つ位はそうした物があるのだろうか??         だから私は父親に会った事は無いのだ。そう、(基本的には)無いのだ。       何故こんな言い方をしたのかと言うと、実は一度だけ、こんな事があった。これは、クラスの子達数人に父親の名前や出身地を聞かれるもう二年位前の出来事だ。後からは何年も忘れていたのだが。           七歳位の時、学校の帰りに家の方へ歩いていた。すると家の方角から、一人の中年の白人の男が歩いて来た。グレーっぽいスーツの上に、よくあるカーメル色のレインコートを着ていたと思う。             背は日本人男性よりは大きいが、アメリカの白人男性としては普通位の身長で、体付きはガッチリしていた。堂々とした感じで歩いて来た。                 顔は割と良く、パッと見が貫禄があり、見栄えのする中年の白人男で、黒っぽい濃い茶色の髪には白い物が少し混じっていた。顔には皺は殆ど無かった。         

他には人は誰も通っていなかった。そして、私とかち合って、私を見た。       すると物凄く驚いた顔をして近寄り、しゃがみ込み、私の肩左右に両手を置いてしっかりと掴んだ。               私はこのいきなりの展開に非常に驚き、どうして良いのか分からなかった。顔を、興奮した様に覗き込む、目の前の顔を只見つめていた。すると、英語で話しかけてきた。名前は何かと。                私はそんな事を聞かれて困った。外で知らない大人と口をきくなと言われていたから。 だから黙っていた。だが、何度も執拗に聞いた。                  私は困り果てて、只々黙っていた。そして、こんな所を誰かに見られていないかと周りをサッと見廻した。            すると、やはり同じ年頃の小学生の女の子が、立ち止まってジーッとこちらを見つめていた。嫌だな、と思った。私は又質問しているアメリカ人の、渋いイケメンおじさんの顔を見た。                一生懸命に話しかけている。名前を聞いている。私が黙って、困っていると、いきなり手帳を出して、何かを書き出した。     何をしているのだろう?私が不思議に思いながら見ていると、その紙を切って私の手に握らせた。見ると、文字と、その下に番号が書いてあった。              これをお母さんに渡すんだ、と彼は言った。それを何度も繰り返した、噛んで含む様に。私は只黙ってその紙を見ながら、又顔を見た。                  そして、チラッと又さっきの女の子の方を見た。まだいる!まだこちらをジーッと見ている。興味津々なのだ。          今の時代と違い、当時はまだ欧米人は人がジロジロと興味を持って見る対象だった。良くも悪くも。だから当然子供も、凄くそうだった。                  だからこの子供は、私達に異常に興味を持ち、次には何が起きるのかとジッと様子を伺っていたのだ。丸でドラマで目にする、物陰に隠れながら容疑者をジッと目で追う刑事達の様に。又は、ランドセルを背負った子供の置物の様に、そこに立ち尽くして。    私はこのしつこい態度に、怒りながらも恥ずかしくなった。そんなにジロジロといつまでも見られているのが。そして早くこの少女に去って欲しかった。だが、子供というのはしつこい。だから石の様に動かない。    それで、本当はこの不思議な、格好良いアメリカ人のおじさんに興味を持ち始めて、もう少し一緒にいたかったのだが、耐えられなくなった。                馬鹿だった。私はいきなり、掴まれている両肩を、身体をよじって振り解くと、その紙を手に持ちながら家の方へ走り出したのだ。 驚いた声が後ろから聞こえた。「オイ、戻って来い!!」と何度か叫ぶ声が。だが私は逃げる様に、全速力で走った。       家に着くと、祖母がいつもの様にいた。  「おかえり。」              「ただいま。」              私は玄関から上がるとそこに立ち尽くしていた。どうしよう?今さっきの事を話そうかな?!だけど、何でも割と直ぐに大騒ぎしたり、怒るし…。             後半に又続きを記そう…。何せこの婆さんだ!!

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