第31話

私はエミに、クマちゃんが死んだ事を伝えた。                  「ふーん、そう。あの犬、死んだんだ。」  私は驚いた。もう少し違う反応をすると思ったからだ。少しは同情的な態度を取ると思ったからだ。だが彼女は丸で何とも思わない様だった。                 「じゃあ、ユーもやっと違う犬を飼ってもらえるね。良かったね、やっと死んで。」   私は呆れて、彼女を見つめた。      「ミーはもうそんな気分じゃないよ。」  「どうして?だってもうあの犬はいないんだから。なら、やっとユーの願いが叶うんだから!」                 「だから、クマちゃんが死んだばっかりで、今そんな気分じゃないんだよ。」     「ふーん、せっかくのチャンスなのにねー?今ユーが、新しい犬が飼いたいって言ったら、きっと飼ってくれるよ。あのおばあちゃんだって、あの犬がいなくなって寂しいんだからさ。」                私は悔しいから、祖母と母がエミに付いて話した事を言った。            「ユーは、クマちゃんが嫌いだったからね!おばあちゃんの事が嫌いだから、だから、おばあちゃんの犬だからね!だけどおばあちゃんもママも言ってたよ。ユーは普段家に帰っても誰もいないから、寂しいから、ヤキモチを焼いてるんだって。いつも一人で、誰も話す人もいないし、ペットもいないからって。」                「ハハハハハハ!!」          エミが大笑いをした。そして言った。   「ユー、馬鹿じゃないの?何でミーが、ユーんちにあんなおばあちゃんやあんな犬がいるからってヤキモチ焼くの?!あんな頭の悪い、馬鹿なおばあちゃんと、あんな汚い犬なんかに。」               「でもユーは帰っても一人ぼっちなんだから!だから凄く寂しいしつまらないんだって言ってたよ!犬や猫だっていればまだ違うけどそれもいないしって。」        「ユー、本当に凄く馬鹿だね?!誰もあんなおばあちゃんなら、いてほしくなんかないよ!それにミーは犬も猫も好きじゃないからね!よくみんな、犬や猫を欲しがったりするけど、ミーはあんなもん、絶対に飼いたくないから!ママが言ってたよ、あんなもん飼わない方が良いんだって。あんなもん、可愛いのなんて本の一寸で、後は凄く面倒臭いしお金もかかるんだって!餌をあげなきゃならないし、ウンチやオシッコの世話もしないと駄目だし。自分達が食べるお金の他に、餌のお金まで出さなきゃならないんだからね!」                 私は又驚いた。             「だから、ミーはあんなもん、絶対に欲しくないし、飼いたくなんかないんだから。」「嘘!!」               「嘘じゃないよ。犬も猫も別に好きじゃないもん。あっ、でも、犬だったらまだ猫の方が良いな!だって猫なら、まだ散歩なんかしなくたっていいもんね!」         だが、恐らくは全て嘘だ。猫の方が良いと言った事以外は。             彼女の負け惜しみだ。彼女は毎日家に帰り、一人でいる。犬や猫を好きでないと言ったが、嫌いではないのだ。もし母親が飼ってくれると言えば、きっと大喜びしたのではないか?                  私はその後、彼女の家に遊びに行った時に、机の上に着いた本棚に、ぬいぐるみが二つ並べて置いてあるのを見た事がある。    「あれ?ユー、ぬいぐるみなんか嫌いだって言ってたのに。」            「あぁ、ママが会社のパーティで貰ったんだよ。」                  そういえば私もあった。多分クリスマスパーティだろうが、母が熊のぬいぐるみを貰ったのだ。そんなに大きくはないが、可愛らしい熊だった。               私が四歳位の時だ。小さな子供がいるからと、誰かアメリカ人がくれたらしい。これも、後に祖母が私に買った、余り可愛くない熊と同じで、ピンク色をしていた。そして、黒地にピンクと赤のチューリップが着いた上着を着ていた。             だからエミの母親も同じで、誰かがくれたのだろう。何のぬいぐるみかは忘れたが、熊ではなかった。何か違う動物で、片方は割と大きく、もう一つはかなり小さかった。それらが、大事そうに飾ってあったのだ。    「でもユー、ぬいぐるみ嫌いじゃなかったの?赤ちゃんじゃないんだからって、前に言ってたよね?」             「あのねー!せっかくママにくれたんだよ?だったら、そのくれた人に悪いから、大切にしなきゃ駄目なんだからね。だからああして飾ってあげてるの。しまい込むなんてしないの。」                  素直に嬉しいと認めたら良いのに。子供だし、女の子なんだから、喜んで当たり前なのだが。                 だから彼女はやはり、あんな祖母や、洗っていなくて黄ばんだ毛をした犬でも、やはり家にいたのが羨ましかったのだろう。    彼女の母親もそれはよく分かっていたと思う。それが一つの理由だとも思うが、彼女の母親はその後妊娠した。エミが、確か10歳の終わり位の時に妹が生まれた。     彼女の母親も未婚だったから、父親は違った。だからその妹はエミと丸で似ていなかった。そして色も真っ白だったし目も細かった。エミとは対象的に。         エミのお父さんは、フィリピン人の船乗りだった。横浜港には当時は沢山の外国船が入ってはしばらく停留する。だから彼女の父親もそうした船に乗っていた。        恐らく、彼女の妹の父親も船乗りかもしれない。韓国船に乗っている船乗りではないかと思う。                 今思えば、エミは物凄く劣等感があったのかもしれない。頭が良いし、勉強も良くできた。勉強ができないとクラスで虐められたり、馬鹿にされると母親にきつく言われて、成績が悪いと叱られるからと、たまに言っていたから。だからクラスでの成績は上位だった。                  だが、色が黒く、体も太い。足も凄く太い。顔も、目鼻立ちは真ん中に集中していて、配置は悪くはなかった。目も二重だった。だが可愛い顔では無かった。そして、唇は分厚かった。                 恐らくは父親がそうしたタイプだったのかもしれない。そして、彼女も父親に会った事は無かったのだ。             だから彼女は、自分の境遇やそのルックスに対して、かなりのコンプレックスがあったのかもしれない。だから、母親の躾もあったが、ああした強気な発言ばかりをしていたのだと思う。

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