第30話

クマちゃんは、目が見えなくなってから一年位して死んだ。その時は、13歳だった。母達はそう言っていた。          最後は、死ぬ数日位前からとても苦しんだ。横になり、ハァハァと苦しそうに息をする。私は数回だけ、心配で近付いて撫でた。  最初、クマちゃんは身体を強張らせて逃げたい素振りをした。だが、動けない。それを困って、もどかしそうだった。       私は悲しかった。具合が悪いのと、そうした態度をされた事との両方にだ。      「クマちゃん、大丈夫?」        私は苦しそうな、それでも私が撫でている間緊張しているクマちゃんに優しく声をかけた。                  もう治らないのは感じていた。      二回目に撫でた時には、前よりは少し緊張していなかった様な気がした。だが、もう長くないのは分かった。とても悲しかった。  祖母もそうだ。             「クマちゃん、あんたどうしちゃったのよ〜?!」               泣きそうな声で、只廻りにいてそんな事を繰り返すだけで、結局又母が頼んで、ドクター オブライエンに来て診てもらった。    ドクターはクマちゃんを診察して、もう無理だと言った。治らないと。        何の理由か私は分からなかったが、何か説明していた。祖母は母が説明すると、泣いていた。                  恐らく、年だから老衰なのだろうが、人間が食べる甘いお菓子をいつも与えていたり、いくら歳でも一日中家の中に置いておいて外へも出さず、ろくに運動もさせず、そうした不健康な飼い方が色々と身体に悪影響を与えていたのではないだろうか?きっと、腎臓や肝臓等も悪かっただろう。         ドクターは安楽死を勧めた。       そのままではずっと苦しいだけだからと。もうそんなに長くは無い、何日かの命だ。そしてそれは、その何日間かずっと同じ状態で、死ぬまで苦しむと。なら、今早く楽にしてあげた方が良いと言った。         祖母は泣き喚いた。           「嫌だよ〜っ!!そんなの絶対に嫌だから〜。」                「だけどお母さん!このままじゃ、ずっと苦しんでるだけだよ?!」        「だって、クマちゃんを殺しちゃうの?!嫌だよ、そんなの!!」          母が説得したが中々承諾しなかった。   ドクターが又母に言った。        気持ちは分かるが、このままだと犬が一番可愛そうだと。なら、早く楽にしてやらないと、逆に可愛そうなのだと。       母が、ドクターの言葉を通訳した。(長年米軍で働いているから、ある程度の会話は分かる。)                  祖母は目が真っ赤だった。そして、やはり反対した。だが、母も強く説得した。ドクターも、根気良く待ってくれた。       そして、やっと承諾した。        ドクターが、クマちゃんに注射を打った。麻酔薬だと思う。多めに打てば死ぬから、それだろう。                そして打つと、しばらくそのままの姿勢で、そこにいた。それからこちらを振り向くと、母に言った。              「終わったよ。彼女は、死んだよ。」    母が祖母に言う。祖母は、わぁーっと大声を出して泣き始めた。           ドクターが言った。           「これでもう、あの犬はあんなに苦しまなくて済む。楽になったんだから、これで良かったんだ。」                母が祖母に又訳した。祖母はそれを聞きながら、黙って下を向いて泣いていた。    母がお礼を言い、ドクターはそのまま帰って行った。                それから、私達は夕御飯を食べたが、祖母は食事をしなかった。私達も余り食欲は無かった。                  祖母は離れた所にいながら、何度も悲惨な声で繰り返していた。           「あ〜ぁ、クマちゃん死んじゃったねー。クマちゃん、死んじゃったんだねー。」    私達は何も言わず、そのまま席に付いて、食事を続けた。               すると、祖母はいきなりこう言った。   「あんた達、随分と冷たいね?!凄く冷たいじゃないの!!クマちゃんが死んだのに、よくご飯なんて食べられるよね?!」    母が返事した。             「だって、仕方ないじゃないの。」     「何が仕方ないのよ?!」        「だって、あの犬だって良かったんだよ。あのままあんな風に只寝てて、ずっと苦しんでるだけだったんだよ。だから、可愛そうだけど、死んで良かったんだよ。」      「だからって、よくご飯なんか食べていられるね!!」               「じゃあどうするの?食べないでジッとして、悲しんでなきゃいけないの?私は明日、仕事に行くんだよ?!この子だって学校があるし、悲しいからって何にもしない訳にはいかないんだからね!」          「でも、それにしたって冷たいよ…。」   二人はこうして言い争いをした。 

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