第29話

バイト仲間の男女達は大変に驚いたそうだ。何人いたか分からないが、男性の方が多かったらしい。彼等は、中学生の女の子にそうしてずっと暴力を振るいながら教えていた木下に非常に憤りを覚えて、木下を虐め始めたそうだ。                 木下は元々大人しい、内気なタイプで、普段は余り口をきかなかったらしい。そして仲が良い人間もいなかったらしい。      彼は田舎出身だから、何か周りの人間、他の若いアルバイトの人間と親しくできず、周りも彼を相手にしなかったらしい。その、彼を家庭教師として勧めてくれた女の子が、割と良い子で、その子は彼と少し口をきいていたらしいが。               それで木下はそのアルバイト先にも、大学にもろくに友達がいなかったらしいし、当然、彼女もいなかった様だ。         だからいつも面白くなくて、どちらかと言うとイライラしていた。只、一応は真面目だしお金も必要だから、仕事は掛け持ちで、真面目にやっていた。だからうちの家庭教師の仕事も喜んで受けた。           だが、私が最初にその風貌を思わず笑ってしまった事と、特に、祖母がああだこうだと私のグチや、過去のクマちゃんの件を話した事から、その馬鹿真面目で堅物な性格に火が着いた…。                結果彼は、バイト仲間達から仕事中にわざとぶつかってこられたり、足を踏まれたりだとか、又は強く指図されて何かをさせられたり、嫌味や馬鹿にした事を年中言われたりしたそうだ。               そうした虐めを同年輩から受けた。    又、そんな事をしていたのだから、母や私が訴えたら刑事事件になり、前科が着くと何度も(脅かされて)言われたらしい。    彼は非常にそれを恐れた様だ。まだ大学生なのに、これから先の将来があるのにと。  結果、彼は私に謝りたいと祖母に言ってきた。それで祖母は私に聞いた。      「ねー、木下さんがあんたに謝りたいって言ってるんだけど。」            私は驚愕した。             「あんたに会って、謝りたいって言ってるんだよ。どう?うちに来て謝りたいそうだから、来ても良い?」           「嫌だ!!来なくて良いよ。会いたくないから。」                 「でも、凄く悪い事をしたって言って、どうしても会って謝りたいらしいよ。」     この時、母は仕事でまだ家にいない。   私は断固として拒絶した。もう二度と顔も見たくなかった。そして、恐かったのだ。  直ぐに興奮して目が座ってしまい、顔が真っ赤になる、あの木下と言う男が。     普段は大人しくて感情を出せず、同い年位の青年達には相手にされず、無視されるか馬鹿にされている。だから何かあると、それができる相手には、スイッチが入ってしまう。できない相手には(一生懸命に)我慢する。 そしてそれができる相手には、例え女子供にでも平気で手を挙げるし、悪いと思わない。そんな男なのだから!!         だから会いたくなかったし、謝ってくれなくても構わなかった。むしろ、又来て私の顔を見たら、逆恨みして又何かするかもしれない。又爆発してしまって?!       どうせ、恐らくは母がいない時に来るだろうし、そして又祖母がああして協力するかもしれない。そうした事も、少し思った。   だから私は断固拒絶して、来らせなかった!後から祖母が母にも言うと、母も来なくていいと言った。              祖母は少しがっかりしたみたいだったが木下に断り、木下も残念がったそうだ。    私には、来たがったその真意は分からない。本当に悪いと思ったのか、それとも皆に言われて、謝らないとまずいと思ったからか。もしかしたら半々だったかもしれない…。  それから少しして、木下はそのパン屋のバイトを辞めた。              「木下さん、辞めちゃったんだよ〜。みんながあんまり虐めるからさ、もういられなくなっちゃったんだよ!」          「ふーん。」              私は何とも思わなかった。母もそうだった。                  だが、元々は母がもっと前に、最初に私を殴った時に来らせなければ良かったのだ。祖母の言う事など聞かずに。         母が愚かだったし、私もその時間には、逃げていなければ良かったのだ。       だが、そんな事をしたら後からどんな事になるか、祖母や母が何をするか分からなかったからできなかったのだ。         つまり私はこの二人を、本当には信用できなかったのだ…。             でもいずれにしろ、毎回あんな風に殴られたり罵られたるするのなら、どちらも同じではなかったか?              なら、逃げて毎回その時間帯にはいなくなれば良かったのに、私も凄く愚かだったのだ…。

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