第25話

クマちゃんを一度叩いてしまってからは、私の側には来なくなった。私はそれが当たり前になった。               エミには時たま、虐めて打てば早く死んで、違うもっと若くて可愛い小型犬が家に来るのに、と言われていた。          一度叩いて母に凄く叱られたし、私自身もとても後悔していたから、もうそんな事はできない、ときつく言った。         エミは笑いながら、馬鹿にした様に言った。「だからユーは駄目なんだよ。情けないなぁ。」                 「何も情けなくなんかないよ。そんな可愛そうな事、できないから。」        「だから、そんなの可愛そうだなんて思わなくて良いの!そんな事気にしなくて。怒られたくないなら、分からない様に苛めればいいんだから!!」             「気にするよ!そんな事するの嫌だし。」 「じゃあユーはもう絶対に、可愛い小犬は買ってもらえないね!きっと後何年も生きて、だからユーももう、可愛い小型犬とは遊べないんだから!」             そんな事を何度も言ったりした。恐らく彼女はヤキモチを焼いていたのもあったのだろう。                  自分は家に帰っても誰もいない。寂しい。だが私にはいる。学校から帰れば、祖母とクマちゃんがいる。おやつも用意してあるし、一応は話し相手もいる。だから、一人ではない。                  エミは、母親が帰ってくる迄は誰もいない。そして、うちよりももっと小さな狭い家で母親の帰りを待つ。おやつも、もらった小遣いで近所のお菓子屋へ買いに行く。自分の好きなチョコレートだとかを。        後から祖母も母もそう言っていた。彼女は独りぼっちなのが、物凄く悲しくて嫌で、だけどどうしようもなかった。だから面白く無かったし、私が羨ましかったのだと。    クマちゃんの事だが、それからしばらくすると又近寄って来た。私は以前の様に普通に接した。                只、私も子供だ。だから余り又しつこいと、イライラして、我慢せずに叱る様になった。一度やった事もあるからか、回数は少なくてもたまに叩く事もあった。        すると又しばらくは近寄って来ない。だがジッとこちらの様子をうかがう。大概が、テレビの下に入って。            結局、私はやはり内心は可愛い小型犬が欲しいと思っていたからだろう。そして、エミの挑発する言葉も影響していたのだと思う。彼女もそれが分かっていたから、きっとそうして繰り返したのだ。           クマちゃんは私が打つと、怒ってう~と唸ったりした。祖母はそれが聞こえると、不思議そうに、急いで側に来て聞いた。     「何かあったの?!」          そして私に言う。            「あんた達、昔は物凄く仲が良かったじゃないの?!一体どうしたのよ?!何でクマちゃん、あんたにそんな態度してるの?何でそんな風になっちゃったのよ〜?」      祖母は悲しそうに、嘆く様に言った。私は困りながら黙っていた。          そして私はもう、たまにクマちゃんを打つのを止めた。罪悪感があった。       だが以前の様には、もう近寄って来なくなっていた。近くにいても、少し離れている。 だが、私をジーッと監視、というか様子を見ている。                祖母はよく言っていた。         「最近クマちゃんは、元気があんまり無いんだよ。分かる?あんたのせいだよ。最近あんたが、前みたいに可愛がってあげないからなんだよ!だからなんだよ。本当に何でなのよ〜?!」                聞く度に、罪悪感を感じた。       祖母はこれにエミが関わっていただなんて、夢にも思っていなかった。        クマちゃんは、祖母にも言われて、側に行って撫でようとすると、打たれたら嫌だから避けて離れた。それでも近付こうとすると、怒って唸った。              私は諦めて離れる。これが数回続いてからは、仕方無く、もう近付くのを止めた。  クマちゃんは相変わらず私を年中、ジッと見つめていた。自分も不思議なのだ。急にそんな風になって。             そんな中、あの事件が起きた。祖母が木下に話した件だ。             

その日、母は帰りが遅くて、私と祖母だけで食事をした。夏場で、テレビの前のお膳で食べていた。               祖母は食べ終わるといつもタバコを吸う。いつも食後にテーブルで吸うので、お膳の時にはテーブルへ戻る。いつものテーブルの自分の席に座り、タバコを吸う。       だから私はまだお膳に付いて、食事をしていた。クマちゃんはいつも通り,テレビの下に寝ていた。そして私をジッと見ている。  私はテレビを見ながら食事を終えると、ぬるいお茶をゴクゴクと飲んだ。たまにテレビの下のクマちゃんを見る、目が会う。    嫌だなぁ、又クマちゃんがこっちを見てるよ?!前には気にもならなかったが、その後は打っていた時があるから罪悪感があった。だから、もうやってはいない。なのに前の様にはもう近寄らないし、触れられない。  そして、抱いて歩いたり、外を普通に散歩できる小型犬が本当は欲しい。クマちゃんじゃできないから。             まだ、(もっと身体が大きくても)一緒に散歩をしたり、庭で何かを投げたら走って行って咥えて戻って来るだとかなら、全然良かった。本来は大きな犬の方が好きだったし。 だがそれもできない。          クマちゃんのせいではないが。もう年だし、祖母にそんなだらしない、いい加減な飼育をされてきたから、もう何年も前から家の中を徘徊する程度だったし、目も片方はもう見えていない、おばあちゃん犬なのだから。  だが、何かイライラした。何をジーッと見てるんだろう、嫌だなぁ!         私は頭に来て、思わず手にしていた湯呑の、ぬるいお茶をクマちゃんに向かってかけた。                  クマちゃんは驚いて私の顔を見た。私は直ぐにまずい、とんでもない事をしたと思った。そして直ぐにクマちゃんは、見える方の目を手で一生懸命に擦っている。       犬が、何か目に異物が入ったり、目が痒いだとか痛いだという時にする行動だ。    その時に祖母がこちらへ来た。      クマちゃんの様子を見て驚き、不思議そうだ。                  「あら、どうしたの、クマちゃん?!」   何をやってるんだろうと、中腰になり、覗き込む。                 「あんた、何かしたの?」         私が困っていると、又聞いた。      「ううん。」               小さな声で答えた。           もし言えば、祖母はどんなに怒り狂って何をするか分からない。そこに何時間も正座させるだとか、母に言い付けてどんな罰を与えさせるか分からない。私は非常に恐くて、本当の事が言えなかった。          そして母が戻ってきた。         クマちゃんはその時にはもうそのまま目をつむり、寝ていた。本当に寝ていたのかは分からない。もしかしたら目に違和感があり、我慢していたのかもしれない…。      あの時もし直ぐに獣医に診せていたらどうだっただろう?もし水を目にかけていたらば?だが、ドクター オブライエンは、いずれにしろ時間の問題でその目も失明した、とハッキリと言った。             甘い物の取り過ぎで、白内障で、もう片方の目と同じ様に見えなくなると。      そしてこれが、母と木下の会話に出て来た話の真相だ。               故意に目を見えなくしたいからだとか、熱湯(熱いお茶)を目にかけた訳では無い。  だから母は事故だと言った。       ドクターも、だから小さな子供と犬をずーっと一緒にして置いて置くのは絶対に駄目だと、するなら側で見張れと言ったのだ。  子供は、悪気がなくてもたまにとんでもない事や悪戯をする。そして、それが事故に繋がる。                  アメリカでは、よく子供が犬に噛まれて大怪我をしたり、死んだりする。又犬も逆にそうした事になる、と。           私も風呂場でふざけて、従兄弟達と入っていた時に、わざとお湯の中で目を開けた事も何度かある。成人してからも、シャワーの熱いお湯が目に入り、水を直ぐに当てたが真っ赤になり、医者に見せた事がある。     何でもないし、余程熱いお湯でなけれ大丈夫だと、その時言われた。         その後又何度か不注意で、シャワーのお湯が目に入ったが、水で洗うか目薬をさして終わりだ。その後に何かで目医者に行き、目を調べても何ともない。           だが、アメリカの獣医に聞いた事だが、犬は人間よりも弱い薬を使用しないと駄目だそうだ。目薬でも何でも、人間の物は犬には強すぎると。                だからクマちゃんは、目が弱っていたから、ぬるいお茶でも衝撃が強かった?     私は当時本当に反省して、クマちゃんが何でもない事を願った。数日は何でも無く、安心していたが、結果失明した。       悲しくて、後悔して、エミに話した。エミは普通だった。              「ふーん、目が見えなくなっちゃったんだー。」                 「そうだよ。ミーがあんな事したから…。」「ユーがそんな事、気にすることないよ!アッ!!、でもこれでもう、ユーのうちに行っても恐くないね?!だって、もう見えないんだから?!」               嬉しそうだった。            「ユーが変な事ばかり言うから、こんな事になったんだからね!!」         私は頭に来て叫んだ。          「何言ってんの?違うよ。ミーはユーに、お茶をかけろなんて言ってないよ。一言も言ってないから。ユーが勝手にやった事だからね。」                 「ユー、年中打てって言ってたクセに〜!!」               「そうだよ。ミーは只、苛めろって言っただけなんだから。そうしたら、違う犬が飼えるよって!だから誰もそんな事しろ、なんて言ってないからね。」           「ユー、凄く嫌な子だね。」        「ミーは只ユーに協力しようとしただけだよ。それにユーも、もうそんな事気にしなくてもいいの!だって、ユーはそんな熱いお茶をかけた訳じゃないんだから。まさかそんな事する筈ないからね。幾らユーが、もっと可愛い、小さな犬が欲しくても。なら仕方ないんだから!!だって、そのドクターも言ったんでしょ?何か衝撃を受けたからって?目がもう弱くなってたからって。どっちにしろ、そのうち直ぐに見えなくなったって。なら、どっちにしろ、見えなくなったんだからね!」                 「でも、そんなの今じゃないもの。」    「でもどうせそうなったんでしょ?なら、ユーがそんな事してもしなくても、同じだったんたがら。時間が一寸遅いだけで。」    私はエミを見た。            「ねっ、そうでしょう?なら、いつまでもそんな事、ユーが気にしたって、もうどうにもならないんだから。又目が見える風になんかならないんだから!だったらもうそんな事、考えなくて良いよ。」          「でも…。」               「なら、ユーのおばあちゃんが一番悪いんだよ!何でおかしいと思ったら、動物病院に行かなかったの?直ぐ連れて行けば良かったのに!そうしたら、まだ少しは見えたかもしれないよ。今直ぐには見えなくならないで。何で自分の大事な犬なのに、そうしなかったの?!ねっ、そうでしょ?」     

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