第22話
私はこの犬といつも一緒に留守番をしていた。母は会社(米軍基地内)に行っていていない。祖母が家にいるが、一人で出かけると私はこの犬と二人きりで室内にいる。 白いスピッツだが、小型ではない。柴犬の雌位の大きさだったと思う。 スピッツには小型と中型がいるそうだ。だから中型だったのか、それとも、たまに小型犬でも大ぶりになる犬もいるから、それだったのか?良くは分からないが、そんなに小さくはなかった。 で、私達は非常に仲が良かった。一人ぼっちで留守番をさせられても、一つも嫌じゃない。むしろ二人きりになれて、なんとなく嬉しい。そんな感じだった。 だが、祖母は余りちゃんとに犬の面倒を見ていなかった。基本、居場所も居間のテレビの下が居場所だ。だからテレビが付いている時はその音がずっとしている。 だから途中からは、何度も出して違う場所に寝そべる様にしようと、母と祖母は試みた事もあったのだが、もうその場所に慣れきっていたからだろう?とても嫌がって、無理だった。だから、いつもはそこが自分のハウスみたいな所だった。 そして、祖母はこの犬を殆ど洗わなかった。若い時には洗ってはいたらしい。だが、年を取ってからは洗っていなかったし、洗った所を見たことが一度も無い。 余り酷いから、母が一度ドクター オブライエンに頼んだので、来て連れて行こうとした。汚いから、軍の動物病院へ連れて行って洗う事にしたのだ。 だが駄目だった!!犬はどこかへ連れて行かれると思い、恐がって大騒ぎをして泣き喚いた。祖母も、頼むから止めてくれ、と横でわぁわぁ言った。 母が幾ら、汚いから洗って又明日連れて来ると言っても、聞く耳を持たなかった。可愛そうだから止めてくれ、と繰り返すだけで。 ドクターは首を押さえ、引っばって外に出し、車に乗せて連れて行こうとしたのだが。途中までは上手くいったが、犬の必死の抵抗とその泣き喚く姿に、ついにドクターも諦めて帰った。 祖母は柴犬位の大きさの、毛がモコモコと沢山、比較的長く生えている犬を洗うのが手間だから嫌だったのだ。だから、毛は黄ばんでいてベタベタしていた。匂いもある。 だから母もそうだが、親戚が来るといつも注意されていた。 「何で洗わないの?!洗ってやらなきゃ、汚いじゃないの!」と。 餌も、最初はドッグフードだとか、ご飯に肉だとかを刻んで混ぜたりした物を与えていたらしい。まだ今の様に、沢山色々なドッグフードなど無いし、獣医にも普通は殆ど連れて行かない様な時代だ。 だからドッグフードも、安いドライフードを与えていたみたいだった。だがその内、自分がよく買う、小さな筒の形をした煎餅で、中に砂糖の固まった様な甘いお菓子が入った物を与えたのだ。これは中身は白かピンクのニ種類で、割と甘くて美味しかった。 これを与えたら、他の物を食べなくなったらしい。それで、毎回これをご飯代わりに与えていたから、糖分を取り過ぎて糖尿病になった。 だが普段の生活には支障は無い。散歩も、何年も行かず、只家の中にいる生活だ。庭があったが余り行きたがらず、室内だけにいた。 トイレも、そのテレビの周りにしていた。ちゃんとにトイレ場がなく、そうした躾も特にしていなかったから、その周りにしていたのを後からタオルて拭いたりしていた。便は拾ってトイレに流し、後はお尻や尻尾に着いた、便の匂いがする、茶色く汚れた毛から拭き取るのだ。(多分、もっと前には、庭でしていたのだろうが? ) 糖尿病から、片目は白内障で完全に見え無くなり、真っ白い目をしていた。だが、もう片方はまだ見えた。 年をもっと取り、もう体もヨボヨボしてきたが、こうした状態で飼われていたのだ。 そして、私が小学生になると、周りには小型犬を飼うだとか、飼っている家が出て来て、クラスの子達でもそうした家の子が何人かいた。 その子達は自分の家の小型犬の話を自慢げにだとか、嬉しそうにした。抱いて歩いたり、一緒に寝たり、家族と散歩に連れ出したり、公園内で一緒に走り回って遊んだりだとかを。 私は凄く羨ましかった。自分も欲しいと強く思った。思い切って母に聞いてみたが、うちには既に犬はいるから絶対に駄目だと言われた。何度か聞いてみたが、同じ返事だった。祖母もそうだった。 特に祖母は私を責めた。自分ちにもういるのに、よくそんな事が言える!、と。うちの犬に可愛そうだとは思わないのか、と。 だから私は諦めていた。だが内心はやはり小型犬が欲しくてたまらなかった。いる家の子が凄く羨ましかった。 そしてそれを、一つ年上の、同じ学校に通う子に話した。何度か話した。当時彼女とは毎朝、(そして帰りもよく)一緒に学校の行き帰りをしていた。 同じインターナショナルスクールへバスで通っていたから、朝待ち合わせてバス停へ行き、バスが来るのを待つ。その時に色々と話したりする。帰りにも、隣のクラスだから向かえに来たりしていたから。(クラスはその学年に一つしかなかったから、違う学年が隣通しになったりもしていた。) 彼女も母子家庭だ。母親と二人暮らしで、母親も偶然、米軍基地内に働いていた。(何年後には母も横浜から、その母親と同じ、横須賀の基地内に働く事になる。) で、彼女が私に言った。そんなに欲しいなら簡単に手に入る方法があると。私は驚いて聞いてみた。彼女が答えた。 「そんなの、簡単だよ!今の犬を虐めたら良いんだよ。」 「エ〜ッ?!何言ってんの?嫌だよ!!」 「だって、you が虐めたら、早く死ぬから。」 「何で早く死ぬの?」 「虐めたら、犬もストレスが溜まって早く死ぬんだよ。聞いた事あるよ、そう言う事を。」 「嫌だよ!そんな事できないよ。可愛そうだもん。」 「でもそうしなきゃ、ユーは一生違う犬なんて飼ってもらえないよ。あの犬がいる限り、もっと小さくて可愛い犬なんて飼ってもらえないからね。」 「嫌だよ、ずっと小さな時はから一緒だったんだから。そんなのできないよ。」 私は不快になり、答えた。だが、このエミはしつこかった。私にうちの犬を打て、と言った。何度もそう焚き付けた。 私は反対したが、そうでないと絶対に小型犬は家に来ないから、絶対に、それを飼っている子達の様に一緒に走り回ったり、抱いたりはできないと言われた。 私はとても不快になりながら家に帰った。結局、私はエミの言う事を無視した。 だがもうその当時の私は、以前の様にこの飼い犬、クマちゃんに優しく撫でたりだとかを近付いてしなくなっていた。 黄ばんでいて臭い、部分的に毛が絡んだもつれた毛で(特に尻尾が)室内をモタモタと歩き回る年老いた犬が、嫌いではないが、触れたいと思わなかったのだ。 だが毎日家に帰ればば寄って来る。私にかまってもらおうとする。仕方ないし、祖母にもしつこく言われて撫でる。ただいま、と言いながら撫でて離れようとすると、まとわりついて行かせない。私はそこに立ち往生する。そしてやっと離れる。 祖母が私にいつも言った。 「ね〜、あんた、もっとかまってあげてよ。せっかくあんたの事が大好きなのにさぁ。もっと優しくしてあげてよー。」 「分かったよ…。」 毎日がこんな感じだった。 エミは私に、あれからどうしたかと聞いてきたりした。まだやってないのか?まだ打たないのか?、と。そして私を馬鹿にしていた。 ある時家に帰り、撫でてから離れようとしたら普段よりもしつこい。私は困った。離れようとしたが中々できない。それで、思わず体を叩いた。バチーンと! クマちゃんはびっくり仰天して、私を見た。信じられない?!、と言った表情で。恐怖と不安と悲しさとが混じった目をして、私をジッと見た。 祖母が飛んで来て私を凄く責めた。私は、「もういい加減にしてよ!!」、と泣き喚きながら、祖母と犬の横を急いですり抜け、二階へと階段を駆け上がった。母と一緒だったその部屋に飛び込んだ。 祖母が母に言い付けて、私は叱られた。私もとても悪いと思った。 次の日からクマちゃんは前の様に私の側にベッタリと来なくなった。学校から戻ってもジッと見つめるが、近くに来ないで様子を見ている。私も気が咎めたが、触らなくて良くなり、そのまま一瞥しては、部屋に入り制服から私服に着替えた。 こうした毎日が続いた。 エミに、後悔しながらこの事を話すと非常に喜んだ。 「ユー、良かったね?これでもうあの犬にしつこくされなくていいね!」 「エッ?!」 「だって、あんな汚い臭い犬、誰だって嫌だよ。Me も大嫌いだよ、あんな犬!!」 「一寸止めてよ!!」 「だって、あんな汚くて臭いし、ミーがユーんちに行った時にミーに吠えたんだからね。ミー、凄く恐かったんだから!!」 「別にユーなんかに何にもしないから平気だよ!」 「だけど吠えたんだから。ミー、ユーのおばあちゃんも大嫌いだけど、あのおばあちゃんの犬も嫌いだから。」 私はエミを睨んだ。 「だからユーも良かったんだよ?打ったから、もうしつこくしてこないんだから。もう今度から、もっと打って虐めていたら、本当に死ぬよ!!そしたらユーも、みんなみたいに小さな可愛い犬が飼ってもらえるんだからね。」 「うちは駄目だよ。新しい犬なんて絶対に駄目だってママもおばあちゃんも言ってたから。クマちゃんがいてもいなくなっても、絶対に駄目だって。」 「そんなの嘘だよ。犬を飼う家って、死んだら又違うのを飼うんだよ。そういうもんなんだから。」 「うちは、違うよ。」 「ううん、絶対にそうだよ。平気だよ。あの犬がいなくなれば、おばあちゃんだってつまらないから、もっと可愛い犬が欲しくなるんだから!!」 エミは断言した。 もっと後になって分かったのだが、確かにエミは祖母を嫌っていたが、(その飼い犬もだが)それはかなり酷くだ。そしてある理由が発端でだった。
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