第14話

祖母がこのフランスパン屋の従業員用食堂で週に2日だけ働くことになり、彼女はそこで働く若い男女達と口を効く様になった。皆がオバサン、オバサンと親しく口を効いてきたらしい。                もう一人、週末以外は毎日来ている人もいて、その人の方が人気があったらしいが。 何故なら、祖母は柔らかいご飯が大好きで、わざと水を余分に入れて柔らかく炊く癖があった。                 うちでは年中これを何年もやられていた。最初はそうでもなかったのだが、ある時期からやり始めて、それが段々と習慣になったのだ。たまには違う事もあったが、そのある時期からは、基本大体そうだった。     それで私達、母と私はいつもとても嫌がり、いつも止めてほしいと頼んていたが、その方が美味しいから何が問題があるのだ?、と いつもそう反論して絶対に止めなかった。 そしてついに、こんな事をされるならもう ご飯を炊かなくてもも良い、と母は断言した。                  「何で?!良いじゃないの?美味しいじゃないの?」                「どこか美味しいの??いい加減にして、こんなベチャベチャなご飯!!美味しいと思ってるのは自分だけだよ!」        「そんな事ないよ。凄く美味しいじゃないの?」                 「へぇ、じゃあどうしてみんな普通の料理屋じゃもっと硬いのを出すの?どこでご飯を食べても、どんな食べ物屋でも、こんな柔らかい、ベチャベチャしたもんなんて出さないけどね!!そんなに美味しいんなら、どこででもそういう柔らかいのを出す筈だけどね。」「何よ、それ!」            「だってそうじゃない?!そんなに美味しいなら、どこででも柔らかいご飯を出す筈だよ。でもそうしないじゃないの?不味いからだよ。だって、そんな不味いものを出していたら、店が潰れちゃうからね。誰もお客が来なくなるから!!」           「あんた、何もそこまでそんなこと言わなくったって。」              「だって本当だもの。」         「あんまりじゃないの。そんな酷い事を言って。」                「どっちが酷いのよ?!一生懸命に働いて、疲れて帰って来てるのに、こんな不味いベチャベチャなご飯を食べらされて。この子だってそうだよ。丸で病人が何かみたいに、こんな物を食べていて、可愛そうだよ。私達が幾ら嫌だって言って頼んでも、普通に炊いてって言っても、絶対にしないで!!もう、こんな物を食べらされるんなら、この子にご飯を炊かせるよ。そんなの、教えたらできるからね。そんな事位、そんなに難しい事じゃないもん。」         

 「分かったよー。」           「そう?本当に分かってくれた?じゃあ明日から絶対に普通に炊いてよ?!水なんて余分に入れないでよ!!入れたら、もうお母さんはご飯を炊かなくていいから。そしてもうお金も入れないから、渡さないからね?!」 それからは祖母は渋々、普通の分量の水を入れて炊き、私達は白いご飯を美味しく食べられた。                 たが、そのパート先の従業員用食堂で、祖母は又ご飯に多めの水を入れて炊いていたのだ!!何故なら、自分もそこで食事を取るからだ。                 それでよく家に帰ると、こんな事を言っていた。                  「あんた達は柔らかいご飯は嫌だって言うけど、あそこの子達は、オバサンの炊くご飯は凄く美味しいね〜って、いつも言ってくれるんだよ。みんな、若い子達なのに!」   私達は無視したり、余り相手にしなかった。そして、母も私も信じていなかった。   「お世辞じゃないの?」          母が一度呆れて、疲れた様に言った。   「違うよ!!何でお世辞なんか言わなきゃならないのよ?!唯のご飯作るオバサンに。」                 そして又何度も、当てつけの様に、皆が美味しいと言っている、と繰り返した。    だがある時だ。祖母がとても悲しそうに、又悔しそうに帰って来た。         「もう!!本当に頭に来ちゃうよ。」    「どうしたの、お母さん。」        「あれ、嘘だったんだね〜。本当に酷いよ。何で嘘なんかついて、みんな…。」    「何かあったの?」            私達は不思議そうに祖母を見た。     それは、祖母がその日行くと、もう一人の、毎日来て食事を作っている女性がいたそうだ。その人も年配だ。          その人が祖母に、待ち構えていた様に近付くとこんな事を言ったそうだ。       「ねー、○○さん。」           「はい、なあに?」           「あのね、大事な話があるの。」       「何ですか??」            「あんた、いつもご飯を柔らかく炊くんだってね。みんなが言ってたよ。嫌だって。不味いから凄く困っちゃうって。」      「エッ?!だって、みんなはいつも美味しいって言ってるのに!!」         「○○さん、あんた馬鹿じゃないんだからさ?!何をそんな事信じてるのよ?」   「だって…。」              「あのね、みんなはわざとそうやって大袈裟に褒めてさ、気付いてほしいから言ってたの。」                  祖母は仰天したらしい。         「いい、○○さん?みんな若い人は硬いご飯が好きなの。そんなベチャベチャした柔らかいご飯なんて食べたくないの!!あんたも、働きに来てるんだから。仕事でお金を貰ってるんだから。だったら勝手にそんな変な事をしないで、もっと普通に決まった分量で炊いてよ。みんなが喜ぶ物を作ってよ。それが私達の仕事なの。あんたがそんな事をしたいんなら、自分のうちで‼、勝手にやってよ。此処では絶対にそんな事をしないでよ!!」 ガーン!!!!祖母はショックを受けたのだ。本人は、本当に皆が喜んで褒めていると思っていたのだから。          だが現実には、皆は不味いから止めてほしいとハッキリとは言えず、遠回しに言っていたのだ。わざと逆にオーバーにだとか、しつこく褒めて。               だが自分はそんな事は分からなかった。夢にも思わなかった。何せ、自分は柔らかいベチャベチャなご飯を愛する人間だから。   だから、いつまでも気付かずに直さない祖母なので、ついに皆はそのもう一人のおばさんに相談をして、頼んだのだ。それでその人が祖母に注意をしたのだ。         私達は、思わず笑った。         「そんなの、うちでだって嫌だよ!!」   私は言った。自分ちでやれと言われて、又やられてはかなわないから!!!!     そして母も言った。           「ほらね?おかしいと思ったんだよ。あんなもんが美味しいだなんて!!しかもそんなに年中言うなんてさ。」           それからはその従業員達も、あのベチャベチャな不味いご飯から開放されたのだ。良かった…。                

勿論うちでも”あれ”を炊いていない。   そしてこの話のもっと後だが、あの忌まわしい出来事はやってくる…。

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