第12話

だが私と祖母とはよく近所のマーケットやスーパーへ買い物へ行き、一緒に、買った食べ物の入った買い物籠を片方ずつ、その吊り紐を持ちながら歩いて帰ったりした。当時はマーケットと言わずに市場と呼んでいる、すぐ近くの店舗だったり、まだ当時は余り無かった、(少し遠い)スーパーへだ。      当時はどちらかと言うと、皆、買い物籠を手に下げて、毎日その日の食物を買うのが当たり前だった。              夏にはよく二人でスイカの入った白い編み袋の左右の紐を持ちながら一緒に歩き、持ち帰った。                 買い物は、だから楽しい時も沢山あった。 又、夏には一緒に市民プールへ年中行った。最初の頃はまだ小さくて、他の子達や一人で行く事は無かったからだ。        親戚の子達が毎年夏にはうちに来て泊まり、一緒に過ごした。この時も、祖母は年中私とこの子達を連れて、プールへ行った。   本人は泳ぐ事は無かった。だから本人は普通に洋服を着て、夏用のスーツなんかを着て、靴下と靴を履いて行く。         周りは皆、ラフな夏服だ。プールだから、足元は素足だ。素足にサンダルだとかゴム草履なんかを履いている。          だから祖母の格好はプールにはそぐわない。だが本人は平気だ。何も気にしない。   そして私達がプールの中で泳いだり騒いだりしているのをずっと何時間か待っているのだ。プールサイドのベンチに座りながら編み物をして。               確かビーチパラソルが幾つもベンチのある場所にあったのか?それとも日陰になっていたのか?とにかく日は当たらない。     だからそこの赤いベンチに座り、編み物に没頭しながら私(達)が帰るまで待つ。   途中、水から上がって休む時にはそこでお菓子を出したり、お金をくれて、私(達)はプールで売っている食べ物や飲み物を買いに行き、戻って食べる。体にタオルを巻いて、それらを美味しそうに食べる。ホットドッグ(コーンドッグだが、当時市民プールでホットドッグと言って売っていたと思う。)だとかを。                 祖母は私がプールが大好きだったから、丸で仕事の様に年中連れて行ってくれた。   祖母が死んで、お通夜の時に、一人の従兄弟が私に言った。             自分は、おばあちゃんと言えば、夏休みに年中プールへ連れて行ってもらったことしか頭に浮かばないと。その思い出が物凄く強いと。                  確かにそれもある。だが、一緒に住んでいた私には分かっていた。それは、私が泳ぐ事や水の中が凄く好きで、本当にプールが好きだったからだと。             だから祖母は私の事をやはり好きだったのもあるのだろう。だがそれだけでは無い。面倒を見ていれば母に食べらしてもらえる、楽だ。産まれた時から一緒にいるから情もある。好きな気持もある。         基本はこの三つなのだと私は思う。その割合は恐らくは、打算的な、面倒を見てその見返りに自分の面倒を見てもらう気持が六か七割位だ。残りの三か四が情と愛情の半分半分だ。                  祖母とずっと長い年月を共に過ごした中で、その他の言動で、私はほぼそう確信できる。勿論当人ではないから完全に百パーセント正しいかは分からないが、でも大体はそうだろうと思う。

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