第11話

それは年をもっと取るまでは大丈夫だった。だが年を取り、目や体のあちこちが悪くなり通院する時に、近所は良いが、少し遠い所だとバスやタクシーを利用するはめになり、祖母には苦痛だった。           うちには車が無かった。都会のど真ん中に住んでいたから特に必要はなかった。だが、やはりあれば、母や私が運転をして連れて行けただろう。               だが本人が頑なに、母が車を買う事を拒んだ。母が働きながら、車の運転免許を取得した時だ。                米軍内で、日本人として準公務員として働いていたから、中でそうした資格や免許を無料で取らせてくれるシステムがあったらしい。                  だから母も車の免許を、仕事帰りに教習所ヘ通い、取得した。そしてその時に、車を買おうかと思ったのだ。           その頃は、元々は横浜の米陸軍で日本人従業員として働いていたのが、横須賀米海軍基地内の奥に小さくある、陸軍基地へと転勤になり、何年もずっと横浜から横須賀へと通っていたのだ。               バスと電車を利用して、合計片道2時間近くかかるから、朝はいつも5時に起きていた。そしてバスと電車を乗り継いで、横須賀へと毎日週5日間通う。土日以外は。そして8時間勤務して戻る。            だから車で通勤したらもっと遅く起きて行けるし楽だろう、と車を買う事に凄く乗り気だった。だから免許を取った、と言っても良い。                  そして知人が、自分の友達で車を売りたい人がいるから、安くしてもらう様に頼んであげよう、と言ってきた。さほど古くないし、余り大きくなくい赤い車で、丁度良いのではないのか?と。              母は乗り気だったが、結局土壇場で止めた。理由は、危ないから絶対に止めろと祖母が猛反対したからだ。            私は買う様に一生懸命に勧めた。だが、母は祖母には逆らえない。丸で魔法だ。言う事を聞かないと、罪悪感を覚えてしまうのだ。 勿論たまには違う時もある。だがそれはどうでも良い様な下らない事でだ。      母は正直かなり口はあくどい。物凄い事を平気で言う人間だ。祖母もそれをよく知っている。だがいつでも殆ど、特に大切な事柄は自分の言う事を聞くのを知っているし、又しつこく無理強いしてやらせるのだ。     結果母はペーパードライバーになり、以前と同じ様に通勤して、定年まで横須賀へ通った。勿論家に車は無い。         私も成人してからは車の免許をアメリカで取り、日本では運転をしない。だから家では、誰も車を運転しない。          だから祖母は、本当なら母か私が車に乗せて病院へ連れて行ったり、他にも食事だとかに楽に行けたのが、駄目になった。     「車を買っていたら私かあんたが簡単に連れて行ってやったのにね。タクシーなんかで行かなくても。」              母かよく言っていた。          本人は、車を持たせたら何処へでも自由に、簡単に行ける。世界が広がり、行く所が増えて、自分から逃げて行ってしまうと思ったらしい。             

こうした理由から、私達親子を物凄く束縛していたのだ。              私も、どんな事でも基本全て駄目から始まった。良いのは近所の子供、女の子達と遊ぶ事位だった。               だがお菓子や玩具はよく買い与えられたから、毎日お八つは楽しかった。玩具も、何でもでは無いが割とあったから、従兄弟達には羨ましがられたりヤキモチを焼かれたりした。                  だから一人の伯母は娘に、「何にも羨ましくなんかないんだよ。あの子は可愛そうな子なんだよ。凄く可愛そうな子なんだよ。」、と幾ら言っても分からないから困る、と(平日に家に一人で来た時に)祖母にそう言ってこぼしていたのを聞いた事がある。      「父親もいないし、母親は一日中外で働いていていないし、兄弟もいないのに。なのに色々と物を持ってるとか、一人でお菓子を食べられて、分けなくていいからとか思って。凄く羨ましく思ってるんだから!!」   私はこの時、何がそんなに可哀想なんだろう?と不思議に思った。普段両親が家にいないのはもう当たり前になっていたから。  だがとにかく、世の中余りお人好しだと馬鹿を見る。損をする。例えそれが、相手が親や身内の為にもだ…。   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る