第10話
確かにこの学校のシスター達が母に話した事は正しかったし、母も私が成人した後には、この祖母が死んだ後にはそれが本当で、彼女達は親身になってそうしたアドバイスをしてくれたのを理解できた。 私自身も、祖母は私の事を大切だとか可愛いと思っていてくれていると長い間思っていた。 だが、実は違う。そう分かったり気付いた時には、流石にショックだったと思う。(今はもう別に何とも思わないが…。) そしてそれは確かだと思う。幾らでもそうした既成事実があるから。(只、もしかしたら多少の情はあったと思う。ずっと一緒に生活をしていたのだから。) 例えば、まだ幼児の私に近所のタバコ屋に毎日タバコを買いに行かせていた。毎日一個、たまに二個。それも大断歩道を渡って行くのだ。 背もまだ小さくて、大声で一生懸命に「くださ〜い!!」と何度も叫び、気付いてもらって買う。二個の時にはそれをなんとか抱えながら戻る。 そうした事を普通の祖母なら、危ないからさせないんじゃないかと思う。しかも(ほぼ)毎日など。 又、そのタバコを吸う時もそうだ。一日に何本も吸っていたが、大概はキッチンテーブルで吸う。それを毎日、食事の席でも吸う。 まだ私が食べていても、先に食べ終わり、すぐ近くに座り、タバコを吸う。 煙たくてゴホゴホと咳き込む。止めてくれ、吸わないでくれ、と何度も頼む。だが絶対に止めない。黙って無視する。 小さな子供、孫のすぐ近くでそんな事を平気でするのはやはりおかしいと思う。 母も一緒に食事していても、母の席は少し離れている。だから平気みたいだったが、何も言わない。 だから私も次第に諦めて、それに慣れる。食事中、途中からタバコの煙にしっかりと取り囲まれながら食べる。ずっと何年もそれが当たり前になる。 何せ我が家では祖母が一番偉いのだ。彼女は働きに行かず、家事だけを適当にする。 そして母が外に働きに行く。その稼いだお金で食べる。だが、そうなのだ。 そして母は祖母に給料をある程度、家庭費として渡していた。又それとは別に、小遣いまで幾らか渡していた。 祖母は自分がこの家では一番偉いんだ、といつも話していた。そしてそれを私に教え込めと、いつも母に言っていた。だから私もずっと長い間そう自然に思い込んでいた。 母は祖母が大好きで、又洗脳されていたのだ。洗脳以外でも、自分の言う事を聞かないと私の面倒を見ない、と脅迫されていたし。だがそんな祖母を大好きだったのは、子供の時に自分が姉妹の中で一番相手にされていなかったらしい。 それが、相手にされたい、好かれたいという気持ちになったのかもしれない。マザーコンプレックスだろう。 だがこんな祖母も、晩年は惨めなミミズか何かの様な、又は干からびたミイラの様な哀れで情けない姿で毎日ベッドに転がっている生き物と化していた。 祖母が死んだ後、母はよく言っていた。 「世の中、ちゃんとに辻褄がとれてるんだよ。何でもそういう風になるんだよ」と。 きっとそうなのかもしれない。 何せ、「あんた、あたしと子供とどちらを取るんだ?!、どちらの面倒を見るんだ?!」、と私が小さな頃に何度も母に詰め寄った人間だ。 母はいつもぼやかしてハッキリと返事をしなかった。するとある時、どうしてもハッキリと返事をする様に母へ詰め寄った。 私はあの時の祖母の、丸で般若の様な、興奮した恐ろしい顔を思い出す。子供心に物凄いと思い、非常に驚いたし恐かった。 母が、「子供をを取りたい。」、と小声で答えた。 祖母は取り乱し、「そんな、子供を取るなんてなんて事を言ってるの?!子供なんてこれから幾らでも大きくなるんだよ!だから一人で何でもできる風になるんだよ!!大人になるんだから。だけどあたしは違うよ!親はドンドン年を取るんだよ!!お婆さんになるんだよ。なのに何をそんなとんでもない、薄情な事を言ってるんだよ!!!」と叫んだ。 それで母は渋々、「分かった、お母さんを取るよ。」と言った。 すると祖母はしてやったりと、嬉しそうに笑いながら言った。 「そうだよ、それで良いんだよ。じゃああんた、絶対にあたしの面倒を見るね?!見るんだよ、一生。アメリカなんかに行くんじゃないよ。そしたら子供の面倒を見てやるから。分かったね?変な事を考えるんじゃないよ。いいね?」 「…分かったよ、お母さん。」 私は側で聞きながらどうしようかと凄く思った。 「私を取って!子供を取ってよ、ママ!!」と内心祈っていた。母が祖母を取って私を選ばなければ、とんでもない事になると予測したからだ。 だがそれは叶わなかった。 だが、結果それは将来色々な意味で、祖母自身の首を締める結果となった。本人にとっては皮肉にも、だ。
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