第7話 茜色のリボン
紬に引っ張られて、二人は裏庭にきた。卒業という特別な日に、かき集められた枯葉と掃除用具入れに近づくモノ好きはいなかった。
二人っきりの空間、絵莉奈は紬と向き合った。
「――リボンって?」
絵莉奈は緊張のあまり、声が裏返った。笑っても良いのに、紬は真剣な表情をしていた。
「リボン、交換して欲しいの。私と」
「卒業するのに?」
「うん。最後だから」
紬の最後、に絵莉奈はズキリと胸が痛んだ。紬はここから離れた、私立の女子高に通う。絵莉奈はソフトボール強豪校の、商業高校に進学が決まっていた。最後だ。絵莉奈は胸元のリボンを解き始めた。
「私ね」紬もリボンの結び目を弄る。
「うん」
「いつもあなたに貰ってばかりだったね」
絵莉奈の喉元が、震えた。紬の前では、お調子者の絵莉奈は出てこない。代わりに姿を表したのは、目にいっぱいの涙を浮かべた、少女だった。
「図々しいって思うでしょう。でもあなたのリボンがどうしても欲しかった」
「そんなことない……うちの、気持ち、」
紬は嬉しそうに、リボンを差し出した。自然に笑うと、目が垂れるんだな、と絵莉奈は涙で滲んだ目に、紬の顔を焼き付けた。
しゅるしゅると解いたリボンを、そっと紬の肩に回す。自分は飯島みたいな下種とは違うと言いたい気持ちから、紬に極力触れないよう、慎重になった。
紬の胸元で、リボンの結び目を作った。指先が震えた。三年前、同じ茜色のリボンを身に着けた紬に出会った。
同じ制服。同じ色のリボン。紬と同じものを身に着けていた三年間を、この先忘れることは無いだろうと、絵莉奈は涙を流した。
「私もね、」
紬が絵莉奈にリボンを結ぼうと、近づいた。黒髪とピンで止められたコサージュが、わずかに揺れる。
紬の、おとぎ話の人魚姫みたいな白い指が、動いていく。絵莉奈の胸元に、そっとリボンが出来上がった。
「同じ気持ち、だった」
紬の決意を固めた瞳と、目が合った。絵莉奈は鼻を擦った。涙と鼻水でしとどになった顔が、みっともないと思った。
これから二人は、違う制服を着て、違う人生を歩んでいく。
遠くで、歓声が聞こえた。風が吹いて、足元で紙吹雪と枯葉が舞う。この時間が終わらなければ良いのにと思いながら、すぐ目の前にある終わりを、絵莉奈は静かに受け入れた。
「さようなら、つむぎ」
絵莉奈の涙声に、紬の眉根がちょっと歪んだ。泣かないでよ、と言われているようで、絵莉奈は震える唇の筋肉を、ぐっと持ち上げて、無理やり笑顔を作った。
紬の口元が歪んで、ああ。この子も泣きそうになっているんだな、と絵莉奈はちょっと嬉しくなった。
変だ、と思った。悲しい終わりが、もうすぐそばまで忍び寄っているはずなのに、道筋が見えた気がした。
「さようなら、えりな」
また風が吹いた。目の前の黒髪が揺れて、紬の顔を覆い隠してしまう。彼女が照れたように、耳に髪をかけた。絵莉奈はリボンの端を、蝶々の羽を摘むように触れた。風が、二人の笑い声を、運ぶ。
一人は来た道を、もう一人は違う道を、歩いて行った。
(完)
茜色のリボン 望月秋生 @a_mochizuki
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