第3話 教室
入学して、教室に設置された自分の机に馴染んできた頃、すでに紬の評価は二分していた。彼女は女子グループのどこにも所属しなかった。多分、どこにも入れて貰えなかったのだろう。一人で移動教室をする彼女を、男子達が放っておくはずが無かった。
紬はいつも二、三人の男子達に囲まれて、始終、薄い笑みを顔に張り付かせていた。男子達は、紬が口を大きく開けて笑う姿が見たいのか、滑稽な姿を晒していた。
紬は人の話を聞いているのか分からず、男子達はますます躍起になって、面白い話、とやらをしていた。
それを少し離れた席から、女子達は意味あり気な目で見ていた。男子の醜態を、冷めた目で見ながら、紬を除いた女子全員でコンタクトを取る。
「見て、天野さん」
「ねー、ありえなくない?」
絵莉奈はそう同意を求められたら、必ず頷いた。だってこれは連帯を高めるチームプレー。あり得ないのは男子でしょうとか、口が裂けても言えなかった。
絵莉奈ができるのは、馬鹿騒ぎをする男子達よりもっと騒いで、陰険な目をする女子の目を、紬から逸らすことぐらいだった。
それでも紬は、表情一つ変えなかった。絵莉奈が少しでも、彼女を同性の圧力から守ろうとお調子者を演じても、紬は微笑んだままだった。
分かってるよ。十分だから。
と言いたげな目と、絵莉奈は視線を絡ませた。瞬きをすると、真珠のような頬に、まつ毛の陰影ができる彼女を、絵莉奈はじっと見つめた。紬もまた、男子の影に隠れながら、視線を合わせる。
二人だけでキャッチボール。紬と絵莉奈は離れた場所から、黙ってお互いを見つめ続けた。
……
中学生になって、二度目の春を迎えた。クラス名簿に紬の名前を見つけた絵莉奈は、小躍りした。
周囲にばれないよう、逸る気持ちを抑えて、グループの女子達と喜び合った。
また、同じクラスだね。
絵莉奈は早速、教室で紬の姿をとらえた。紬は苗字が天野だから、出席番号順で一番前の席だった。彼女の華奢な背中が、授業中でもずっと視界に入っている幸福に、絵莉奈は頬が緩んでいくのを感じた。
「げ、あの天野がいるー」
誰かが不穏な事を言ったが、絵莉奈は気にならなかった。自分がまた、彼女から注意を逸らせば良いのだ。
紬はその場にいるだけで、人目を惹き付ける存在だった。そんな彼女を、絵莉奈は教室で騒ぎを起こし、周囲の視線から逸らすことに腐心していた。彼女の存在を、絵莉奈のグラウンドに響く大声で、守ろうと決めた。
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