第2話 入学式


 絵莉奈が紬と最初に出会った場所は、中学の入学式が行われた体育館だった。一列に並んだ制服の集団。絵莉奈は初めて着る制服に、心踊らせていた。紺色のプリーツスカートに、襟元の白線。そして絵莉奈の胸元を飾るのは、赤っぽい色をしたリボン。完全な赤じゃなくて、先生が使う赤ペンみたいな色をしていた。



 着慣れない制服への違和感から、絵莉奈はリボンを弄りながら、周囲を見渡した。紺色で統一された中に、人目をひく女子がいた。それが紬だった。


 小さい、と思った。制服がワンサイズ大きいのかもしれない。すっぽりと紬の体を隠してしまいそうなセーラー服だった。


 袖から出た手首の白さに、絵莉奈はギョッとした。黒に近い紺色のセーラー服も相まって、彼女の白さは、暗闇で見上げる満月のようだった。


 均一化された集団の中に、異質なものがある。絵莉奈は、食い入るように見ていたが、ふいに紬が顔を動かした。目があった。


 彼女はゆっくりと唇の端を動かした。精巧に整った顔のパーツが動いて、笑みが作られていくのを、絵莉奈は呆けたように見守った。


 笑い返さなきゃとか、手を振ってみようとか、普段だったら体が勝手に動くことも、紬の前では息を潜め、ただ彼女の姿を焼き付けようと、目を見開いていた。



 しばらくして、彼女が顔を背けてしまうと、気落ちするのと同じくらい、安堵感が体を包んだ。咽喉を嚥下して、やっと自分が緊張して、のどが渇いていたことに気が付いた。



 絵莉奈はふと、袖から覗く自分の手首を、まじまじと見つめた。小学生の時には、ソフトボールのクラブに入っていた。


 中学では、本格的に部活に入って、ソフトボールをやるつもりだ。日頃グローブを持つ手は大きく、骨ばっている。こんがりと日に焼けて、健康的な肌色をしていた。



 さりげなく、ヘアゴムで適当に括った髪の毛先に触れた。外を毎日走り回っているからか、地毛の黒髪は痛んで茶色っぽくなっていた。



 あの手に、あの黒髪に自分が触れたら……と想像した瞬間、絵莉奈は胸が苦しくなった。目を背けたくなるような、これは罪悪感だった。



 とんでもない想像をした自分を恥じた。頬から耳辺りの暑さが気になって、絵莉奈は項垂れた。触れてはいけない、彼女は絶対に触れちゃいけない子だと、絵莉奈は自分に言い聞かせ、沸き上がる衝動的な何かを、抑えようとした。

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