茜色のリボン

望月秋生

第1話 卒業式


「ねぇ、リボン」



 卒業式が終わった学校の廊下は、紙吹雪が踏みつけられ、制服にコサージュを付けた生徒や保護者でごった返していた。友だちと抱き合う女子、泣きながら教員に話しかける男子生徒。あちらこちらで、誰かの名前を呼ぶ声と歓声がしていた。



 喧騒がうねりとなった廊下をかき分けて、人を探していた園田絵莉奈(そのだえりな)は、はっとして、声がした方を振り向いた。同じクラスの――天野紬(あまのつむぎ)が笑みを浮かべて、真後ろに立っていた。



 絵莉奈は目を見開き、自分より十センチは低いであろう、小柄な彼女を、穴が開くほど見つめた。ずっと探していた人物が、目と鼻の先にいる興奮に、息が荒くなった。意を決したように頷いた。



「――なに」


「ここは人が多いから、裏庭に行こう」



 紬は、耳元で秘密話をするような音量で、囁いた。騒々しい中、不思議と彼女の声は、絵莉奈の鼓膜を震わせた。



「うん」



 いつも教室では、人一倍はしゃいだ声を上げる絵莉奈が、言葉少なに、それっきり黙り込んだ。紬の笑みがますます柔和なものになった。


 彼女はくるりと踵を返すと、絵莉奈の手を引っ張って、人混みの中を進み始めた。大人しく手を握らせた絵莉奈は、ぼんやりと彼女の手の冷たさを感じた。



周囲の声が遠くなる。卒業の感動と興奮を共有しないセーラー服が二つ。紬のストンと下に落ちた黒髪から、仄かなシャンプーの香りがした。


 甘ったるくて、どこかで嗅いだことのある香りだった。もしかしたら、友達と同じシャンプーを使っているのかもしれない。 あの天野さんが、近所のドラッグストアでシャンプーを買う姿。



 想像した途端、目の前の少女が三年間、絵莉奈と同じクラスで、中学生活を共にしたクラスメートなのだと、実感が湧いた。


 この手の冷たさだって、本物だ。同性なのに、絵莉奈が包み込んでしまえそうな、華奢な手。古典で習った、烏の濡れ羽色の黒髪は蛍光灯に反射して、光り輝いていた。



 絵莉奈は、彼女の手が壊れないよう慎重に、そっと握り返した。

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