第6話.コスプレってマイハニー!

 今日はランの初めての豪拳竜プーグギナス戦と言うことで、念の為に情報屋カシムとその嫁さんのキダフにも、助力を頼むことにした。


 クックルティモスが新人ハントマンの登竜門だとすれば、豪拳竜プーグギナスは下級ハントマンが一人前とみなされるための試金石だと言えるだろうな。

 赤火竜ブリトラス緑火竜オルギウスに代表される翼竜種が、前肢が完全に翼と化しているのに対して、プーグギナスの属する原竜種はオーソドックスな四足の蜥蜴に近い姿形をしている。

 さらに言えばプーグギナスは前肢が異様に発達していて、豪拳竜の異名通りその前足で獲物や敵をぶん殴ってくるのだ。


 その様態さまは、あたかもヘビー級拳闘士の如し。しかもそれこそ拳闘士並みに素早く頑健タフという狩猟士泣かせの特徴持ちだ。

 ブリトラスやオルギウスを狩れる実力があっても、豪拳竜狩りは苦手としている者も少なくない。それくらい手ごわい相手なのだ。

 幸い、1年ほど前までは上位に手が届くレベルの狩猟士だった夫妻は快く助力引き受けてくれた。


 「それにしても、お前の妹さん、最近訪ねて来ねぇナ?」

 シャッシャッと砥石で重槍ランスの手入れをしながら、カシムが話しかけてきた。

 「……頼む。今はそっとしておいてくれ」

 「?」

 いつになく沈鬱な表情になってるだろう(一応、自覚はある)俺の答えに、いぶかしげな顔をしたカシムは、ランに視線を向けたが、アイツも黙って首を振るばかりだ。


 ますますワケがわからないカシムは、妻のキダフの方を振り返る。

 「──複雑な家庭の事情……」

 どうやら知っているらしい(たぶんランの奴が話したんだろう)キダフは、それだけ言うと、あとは口を閉ざしてくれた。


 「??? ……ま、いっか」

 “情報屋”としては、ゴシップも含めておよそ知りうる情報のすべてを把握しておくべきかもしれないが、幸いにして、さすがに友人の家族のプライベートな(しかも、あまり話したくない類いの)事情を無理に詮索するほど、カシムもヤボじゃなかったようだ。


 「ところで、今回の作戦はどうする?」

 カシムは愛槍の(と言うわりに、じつはこれを作ってほどなく引退したのだが)シザーズランス、キダフは手に馴染んだ弩砲ラビッドリーキャストを持って、俺の家まで来ている。

 基本的なセオリーに従うなら、片手剣使いの俺は、動きを止めるために麻痺性能のある剣を使うか、ダメージ重視で凍結属性の武器を選ぶのが王道だろう。あるいは、回避と間合いを両立させるために刀に持ち替えるというのも手かもしれない。


 「うーん、今回は人手もあるし、攻撃力は気にしなくていいだろう。パルスパライザーで……ん? どうした、ラン?」

 「のぅ、我が君、今回は妾は拘束鞭バインドウィップを使ってみようと思うのじゃが……」

 狩猟士が使う14種類の武器の中でも、拘束鞭はかなり位置づけが特殊だ。

 攻撃力は低威力の代名詞たる短弓ショートボウよりもさらに低く、巨獣どころか下手な大型獣を狩ることすら相当な手練れでないと単独では難しい。

 その反面、「対象に絡み付けて動きを制限する」というその機能を活かせれば、徒党による狩猟が格段に楽になる。ある意味、味方援護の極みともいうべき性能を持っている。


 「バインドウィップかぁ……確かに援護用には有り難いが……。銃装用以外の防具、お前持ってたっけ?」

 防具には、重装、軽装、銃装の3タイプがあり、射撃武器の使い手は普通は銃装を使用する。ランもその点は同じはずだ。


 「ホホホ、そこに抜かりはありませぬぞ。…………ほれ!」

 いったん寝室に引っ込んだランは、シュルシュルという衣擦れの音をさせていたかと思うと、装いを一変させて姿を現す。


 「そ、それは、幻の看護士服ナースガープシリーズ!」

 その名に違わずクラシカルな看護士を連想させる、白に近い薄いピンク色の装いだった。

 基本はワンピースで、長袖かつハイネック、スカート丈も膝が隠れるくらいの長さで、肌の露出はかなり少ないんだが、その分清楚で女らしい印象が強調されている。

 頭にかぶっている帽子(ナースキャップって言うんだっけ?)もキュートだ。


 「うむ。手持ち素材でできる限り防御性能を強化したうえ、付属スキルの“薬効広域化”と“回復効果プラス”が発動しますから、体力面は万全ですぞえ。我が君も後顧の憂いなく、戦いに臨まれよ」

 どうやら、以前キダフに指摘されたとき以来、援護用回復特化装備として本当に作っていたらしい。

 確かに4人で行う狩りなら、回復に特化したこういうスタイルもアリかもしれない。拘束鞭自体、近接武器としては重槍ランス以上の間合いを保って戦えるので、好都合っちゃ好都合だ。


 もっとも、今、俺の頭の中では、「ランのナース姿、萌え~~!」と言う邪な想念が渦巻いているのだが、部外者2名の前なので、かろうじて自制する。でなければ、煩悩に任せてランにとびかかってゴニョゴニョし、日中に出発するのは不可能になったことだろう。


 「ほほぅ、いつもの黒系装備も悪かねぇが、そういうヒラヒラしたのも、奥さん、なかなか似合うじゃねぇか」

 「そ、そうかえ? 如何であろうか、我が君?」

 軽く膨らんだスカートの中ほどをチョロッと摘まみ上げて、小首を傾げて見せるラン。普段凛々しい系の格好が多いだけに、そのギャップによる効果は絶大だ!


 「あ、ああ、その……とっても可愛いと思うぞ、ラン!」

 ヤバい、自重自重……と心の中で鼻血を噴き出しつつ、俺はできるだけ紳士的な口調を心がける。

 しかし、当のランの方は、美人や綺麗とは言われ慣れていても、面と向かって「可愛い」と──しかも“愛しの旦那様”に──誉められた経験は皆無なため、ボンッ! と頭のてっぺんまで真っ赤になって、ワタワタしている。


 結婚して半年以上経つとは思えぬ(自分で言うのもアレだが)初々しい俺達の様子を、うんうんと腕を組みながら生暖かい目で見守っていたカシムだが、クイクイッと袖を引かれて振り返る。


 「ん? なんだ、キダフ……って、ワッ!?」

 そこには、小柄な体躯を狩猟士協会ハントマンギルド御用達のメイド服に身を包んだキダフの姿が!

 「──どう?」

 どうやら、自分の夫が他人の妻を誉めたことに、対抗意識を燃やしたらしい。

 ちなみに、こちらも単なるコスプレではなく、一応メイド服を模したれっきとした防具である。まぁ、実用性には多少疑問は残るが。


 「いや、そりゃあ、このままお持ち帰りしたいくらい似合ってるが……いったいいつの間に?」

 カシムは「ハントマン引退したはずなのに、いつ作った?」と「さっきの発言から1分と経ってないはずなのに」と言う二重の意味で聞いたのだが、キダフはネコの口のような形に唇を微かに歪めただけだった。

 (わ、我が妻ながら……底の知れんヤツ……)

 愛妻のラブリーなメイドさんルックをありがたく観賞しつつも、内心冷や汗が止まらない情報屋カシムなのだった。まる。



<オマケ>


 その後、何とか落ち着いた俺達4人は雪山に出かけ、無事プーグギナスを倒すことができた。それはいいのだが……。


 「フリフリを着て恥じらうラン様、イィ……」

 「ロリ人妻なキダフたん萌え~~!!」

 どうやらランたちの艶姿を目撃した村の若い衆のあいだで、密かにファンクラブが結成されたとか。


 この件に関する、キダフさんのコメント。

 「──バカばっか」 

 誠におっしゃるとーりで。

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