挿話2.クイーン奥様劇場’
*その参*
このところ、極めて頻繁にヒルデガルドは村へとやって来ている。
「こんにちは、お姉様! ……ついでにお兄様も」
「うむ。よぅ来たの、ヒルダ」
「うわー、俺はランのついでかよ?」
「だ、だってぇ~」
当初はランに反発していたヒルダだが、いったん気を許すと打ち解けるのも早かった。
もともと上に男兄弟がふたりいるだけだったため、無意識に“姉妹”という存在に羨望があったのかもしれない。それが突然、大手を振って“姉”と呼べる人物が出来たのだ。喜ぶ気持ちもわからないではない。
一応長兄の妻、つまり義姉がもうひとり別にいるのだが、どうも苦手なタイプらしく、そちらとはあまり付き合いがないらしい。
さらに、ヒルダの目から見て、ランはこのうえなくハイパースペックな女性だった(実際は、ある種世間知らずだし、天然気味で抜けているところも多々あるのだが)。
ランとしても、せっかくできた義妹には格好悪い部分は極力見せたくないらしく、最近ではその“よき義姉”っぷりに磨きがかかっている。
ツンデレの気があるヒルダだが、いまの彼女はまさにランに対してデレ状態と言ってよかった。
「無事、兄離れしてくれたのはいいが、ちょっぴりお兄ちゃん、寂しいぜ」
ボヤきつつ、夜行性獲物の狩猟依頼に出かけて行くマック。
「ふむ。今晩は我が君は留守にされる故、我が家に泊まってゆかぬか、ヒルダ?」
「え!? よ、よろしいのですか、お姉様?」
「無論。むしろ独りで過ごす無聊が少しでも紛れるからの。こちらからお願いしたいくらいじゃ」
これまでは、新婚家庭に遠慮して、王都まで徒歩で2日弱の距離を多少無理して馬車で駆け抜けるか、村に1軒だけある宿屋に従者と共に泊まっていたヒルダだが、義姉の方から泊めてくれると言うなら否やはない。
「そ、それではお言葉に甘えさせていただきますわね」
しばしの歓談の後、そろそろ夕刻ということで、ふたりで台所に立ち、ランといっしょに夕食を作ることになる。
(あああ……なんだか、こういうの、イイですわね……)
別にヒルダに百合な趣味があるわけではないのだが、「やさしい姉と一緒に共同作業する」と言うシチュエーションに、ちょっとだけ憧れていたのも確かだ。
「ふむ。我が君は、ヒルダのことを家事下手のようにおっしゃっておったが、どうしてなかなか巧いではないか」
結果、あまり家事が得意とは言えないヒルダだが、ランの教え方が良かったのか、思いのほか美味しい夕飯が作れた。
「いえ、これもお姉様のご指導の賜物ですわ」
夕飯を食べ、お茶を飲み、一息ついたとなると、当然、妙齢の女性としては身奇麗にしたくなるのが当然の流れと言うヤツで。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「ん? 仲の良い姉妹が一緒に入浴するのは、別に普通のことではないのかえ?」
──ええ、子供のころなら確かにそうでしょうが、二十歳過ぎた大人は、そんなこと滅多にしません。
そう言って断わるべきだったのかもしれないが、とくに恥じらう様子もなくランがキモノの帯を解き始めたので、ヒルダもタイミングを逸してしまった。
帯を外し、緋袴を脱ぎ、肩から小袖を滑り落としたランの裸身に、しばし見とれていたヒルダだが、ハッと我に返る。
ぎこちないながら自らも、モタモタとドレスを脱ぎ始める
「何じゃ、ヒルダ。まだ脱いでおらぬのか。……もしかして、その洋装は、人手がないと脱ぎにくい類いの服かえ?」
手ぬぐいで髪をまとめ、もうひとつの手ぬぐいでわずかに前を隠したランが眉をひそめ、ついでポンと手を打つ。
「水臭いのぅ。ほれ、この“
「だ、だ、だ、大丈夫です。子供ではないのですから、服くらい自分で脱げますわ!」
慌てて拒絶するヒルダ。本当は王都の屋敷では従者の手を借りていることはナイショだ。
「ふむ。そうかえ? まぁ、主がそう申すなら妾は先入っておるでな」
少しだけいぶかしげな顔をしたものの、ランは浴室へと入って行った。
その後ろ姿を見送りながら、半脱ぎ体勢のまま、ガックリ膝をつくヒルダ。
「わ、わたくし、そういう嗜好はないはずですのに……」
ドキドキドキと高鳴る鼓動を抑えきれない、イケない趣味に目覚めそうな少女がここにひとり。
* * *
「お、お邪魔しまーす」
不穏な胸の高鳴りを何とか鎮め、気の強い彼女らしくない、おっかなびっくりな態度で、ヒルデガルドは浴室へと入る。
「おお、遅かったのぅ。やはり背中の止め紐か何かで手間取ったのではないかえ?」
「え、ええ、まあ、そんなところです……」
「やはりそうか。よし、着る時は妾が手伝うてやろう」
(いえ、そんなことされたらわたくしの理性が保ちません)
そう断わるわけにもいかず、曖昧に微笑むヒルダ。
「姉妹仲良く裸のつき合いというヤツじゃ。ささ、まずはともに湯に浸かろうぞ」
ランが湯船で伸ばしていた脚を開いてヒルダの入るスペースを空けてくれるが……。
「ブッ……! (お、お姉様、お御足の間が……!)」
幸か不幸か、今日の風呂は
慌てて視線を逸らし、正面よりやや斜め下の方向を見ながら、湯船に入ったヒルダだが、お湯に身を沈めると、今度はちょうどランの胸のあたりを凝視する体勢になってしまう。
象牙のような柔らかい白さを持った肌を水滴が艶めかしく走り落ちる。
造化の神が作ったかのような、完璧な形と大きさを持ったランの乳房は、男ならずともその感触を確かめてみたいと思うだろう。
胸部だけではない。うなじから彫りの深い貌へとつながる稜線、ありえないほど細く、それでいて不自然さなど一切感じさせないくびれたウエスト、まろやかな円弧を描くヒップ。
全女性の99パーセントが嫉妬しそうな女性美の化身が、ヒルダが手を伸ばせば届くところで、ゆったりとリラックスして無防備な姿を見せているのだ。
(ああ……なんて柔らかそうな……ちょ、ちょっとくらいなら触っても、お姉様も怒らないわよね。姉妹……そう、わたくしたちは姉妹なんですもの!)
さっき浸かったばかりなのに、熱に浮かされたような妄言が浮かんでくる。湯当たりするには少々早いと思うのだが……自重しろ、ヒルダ。
悪魔の誘惑に負けたヒルダが手を伸ばそうとした瞬間。
「さて、そろそろ体を洗うかの」ザバーーーーッ!
彼女の葛藤に気付かず、アッサリ湯船を出るラン。
「…………(そ、そんなことだろうと思いましたわ……いえ、ここは助かったと言うべきかしら)」
「ん? なんじゃ、ヒルダ、惚けた顔をして。のぼせたのかえ?」
「い、いえ、何でもありませんわ。お気遣いは無用です、お姉様」
湯船の中で器用にorzな姿勢をとっている義妹を、不思議そうに眺めたのち、ランは浴室にかけてあった体洗い用の糠袋を手にとった。
「ふむ、そう言えば……。ヒルダ、もし嫌でなければ、妾の背中を流してはもらえぬかえ?」
「!!」
どうやらヒルダさんのピンチは未だしばらく続く様子。
* * *
(や、やったわ! ついにわたくしはやり遂げたのですわ!!)
ランから背中を流して欲しいと頼まれ、まるで
(欲望の赴くままに暴走せずに洗浄の役目は果たしましたし、その過程で合法的にお姉様の肌のやわらかさも堪能できましたから、結果オーライと言うところでしょうか)
ふうっと、一息ついているヒルダに、邪気のないランの声がかけられる。
「さ、お返しじゃ。ここに座ってたもれ、ヒルダ」
ポンポンと、先程まで自分が腰かけていた木製の風呂場用椅子を叩いてみせるラン。
(お、お姉様の御尻が載っていた椅子……じゃなくて、マズいですわ!)
先程からヒルダのそこは興奮を抑えきれずに熱く濡れそぼっている。とりあえずタオルで隠してはいるものの、万が一そこを洗おうとタオルを取られたら、ひと目で丸分かりだろう。
「あ、あの……その……わ、わたくし、くすぐったがりですので、他の方に体に触られるのはちょっと…………」
苦し紛れにしては、我ながらナイスな言い訳だと思ったヒルダだったが……。
「ほほぅ、それはよいことを聞いたの」
ランがニヤリと悪戯っ子のような笑顔を見せながら、両手をわきわきさせる。
いつもの落ち着いた大人っぽい顔しか見慣れていないヒルダは、不覚にもその表情を見て、「か、可愛い!」と内心萌えてしまったのだが、それが運のツキだった。
「ほぅれ、覚悟せよ!」
「ちょっと、いや、ダメ、およしになって、お姉様、あっ、そんな、イ……いやぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」
そしておよそ5分後。
「ううぅぅ……(もう、お嫁にいけないぃ)」
「あー、その……すまぬ。少々調子に乗り過ぎたようじゃ」
ベソベソ半泣き顔のヒルダと、ペコペコ謝るランと言う、非常に珍しい光景が、浴室で繰り広げられていた。
──いったいどのような醜態が繰り広げられたかは、乙女の尊厳にかけて永久規制とのこと。残念。
「ぐすっ……もういいです」プイッ!
最初と同じく、ともに湯船に浸かりながら、拗ねたように顔を背けるヒルダに苦笑しながら、ランはやや強引に引き寄せ、背中からギュッと抱きしめる。
「!」
「本当にすまぬ。妾は、我が君と会うまで、長い間独りで生きてきたのでな。人と人、とくに同性のあいだでの距離の取り方と言うのが、未だよくわかっておらぬのじゃ」
「お姉様……」
「仕方ないので、かつて読んだ物語の姉妹が風呂場でじゃれるシーンを参考にしてみたのじゃが……お主を傷つけ、嫌われてしまったようじゃの。頭でっかちな本読みの悪い癖じゃ」
「そ、そんなことありませんわ!」
寂しそうに呟くランに思わず反論するヒルダ。
「お姉様は素敵な方です。わたくし、お姉様がお兄様の奥様になっていただいて、本当によかったと思っておりますもの!」
「まだ、妾のことを“姉”と呼んでくれるのかえ?」
「当たり前です! それに、わたくしだって、上に兄がふたりいるだけで、親戚に歳の近い女性もいませんでしたから、姉妹関係というのが本当はどうあるべきなのかなんて知りませんもの」
だから、おあいこです、と微笑うヒルダに、ようやくランもいつもの明るさを取り戻す。
「そう…よな。妾たちはふたりとも“新米の姉妹”じゃからな。これから、ゆっくりとそのありかたを捜して……いや、築いていけばよいのじゃな」
「はいっ!」
──翌朝、帰宅したこの家の主は、前日まで以上に仲良くなっているふたりの女性の様子に、何があったのか驚きいぶかしんだと言う。
*その肆*
ほとんど週1ペースで、マック&ランの家に遊びに来るヒルデガルド。
兄夫婦は歓迎しているが、王都のお父さんは涙目である。
「くっ、娘が最近冷たい……。パパのこと嫌いになったのか?」
……などとフィーン伯(公的には軍部の重鎮)がいい歳こいて涙目状態になり、妻(マックたちの母)に冷ややかな目で見られているとも知らず、今日も今日とて兄宅にお泊りするヒルダ。
「それにしても、つくづくお姉様ってプロポーションがよろしいですわね。胸もそうですけど、このウェストの細さと来たら……」
「そ、そうかえ?」
先日の一件以来、ランと一緒に風呂に入っても、ヒルダも暴走しなくなったようだ。……多少目つきが怪しいが。
「わたくしなんて、ちょっと甘いものを食べ過ぎただけで、コルセットがキツいと言うのに。コツでもあるのですか?」
「うーむ、妾は日ごろより、我が君と一緒に狩りに出かけて熱量消費量が多いからのぅ。ほれ、ぶくぶく太った狩猟士などおるまい」
「それはそうでしょうけれど……ほかにも、何か秘密があるのでは?」
何気ないヒルダの一言に、ふと考え込むラン。
そう言えば、義妹には、自分の前身のことは伝えていなかった。いまの彼女なら、真実を知っても受け入れてくれるとは思うが……。
しばし思案の後、自分が元・
「そ、そんなバカなことが……嫌ですわ、お姉様、わたくしをおからからいになって」
「(ふむ。やはり信じられぬか。まぁ仕方ないのぅ)ホホホ。流石に引っかからぬか」
うふふ、あはは……と無邪気な笑い声が浴室にコダマする。
一方、この家の主たるマックはと言うと……。
「うーーむ。一緒に
──自分の妻と実妹のバスタイムを覗き見するのは、男としてどうなのだろう?
「ほっとけ! ヒルダが来た夜は、さすがにランとイタすわけにはいかんから、せめてこうやって溢れ出るリビドーを発散しとかんとな」
──無論、地の文に声高に反論した助平男は、その後覗きが見つかって、義姉妹コンビの鉄拳制裁を受けましたとさ。まる。
「それにしても、お姉様ったら、あんな下手なご冗談で誤魔化されるなんて……」
王都への帰路、馬車を止めて道の脇の茂みに“花を摘みに”足を運んだヒルダは、ふと小物入れから緑色の小さな玉を取り出して、しげしげと眺めた。
「まさか、ねぇ……」
密林の端に位置する場所だけあって、ゴソゴソとグリュロース(
(女王種のメガヴェスパーが、お姉様のようなナイスバディの美女になったと言うなら、ああいう大きなオスのグリュロースに当てたら、筋骨たくましい殿方になるのでは?)
仲睦まじい兄夫婦の面影が、脳裏をよぎる。
(も、もちろん信じてなんかいませんけど……)
──ポイッ!
そう言うわりに全力で投擲された博打玉が大型のグリュロースに衝突する……瞬間!
「……アッ!」
それよりふた回りは小さい個体が、偶然ジャンプしてきた拍子に、見事投擲された博打玉ににブチ当たることとなった。
そして薄緑色の煙が晴れたとき、そこには……。
「ケホケホ……ボク、どーなったの? ままぁ、どこぉーー?」
黒光りするエナメルっぽい素材でできたヤケに丈の短いタンクトップとホットパンツ「だけ」を身に着けた、10歳前後の少年が泣いておりましたとさ。
<オマケ>
「おっ、ラン、兄貴から手紙が届いたぞ。どれどれ……な、なんだってーーーーっ!?」
「おや、どうかなされたのかえ、我が君?」
「ヒルダが……ヒルダがシングルマザーになった!」
「何ですとーー!?」
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