第5話.目指せ、比翼の鳥!
さて、早いもので、俺とラン(蘭)が夫婦となってすでに一月ほどが過ぎた。
ふたりで住むにはやや手狭だった我が家も、ランの要望を入れてちょいと東方風の要素も盛り込みつつ、近所の大工のゲンさんに改築してもらった。
おかげで“独身男の
「これ、我が君、もう少し落ち着いて食べなされ」
「いやぁ、相変わらずランの飯は美味いからなぁ。やっぱり愛情がスパイスってやつかね」
「なっ……もぅっ、またそのようにからこぅて。意地悪ですぞ」
炊事洗濯掃除裁縫……その他諸々の家事技能を習得し、近所の主婦連をして「もう貴女に教えることは何もない」と言わしめた我が妻の腕前は、今日も絶好調のようだ。無論、萌え的な面でも!
当初危惧していた“夜の性活”の方も、最近ではようやく落ち着きつつある。まぁ、それでも一晩に4、5回と言うのはザラだが、それくらいなら俺も強健剤のお世話にならずに済むしな。
あ、別に愛情が冷めたわけじゃないぞ。なんて言ったらいいか……こう、二人の関係がしっくり落ち着いてくるようになった、と言うべきかね。
思えば、あの性急な情交の求めは、こいつが必死に俺達ふたりの隙間を埋めようとしてたからじゃないだろうか。
出会ったその日にセックス、さらに翌日結婚にまで雪崩れ込んだ俺達には、圧倒的に“絆”が足りてなかった。いくら互いに並ならぬ好意を抱くようになったとはいえ、そんなふたりが結びついていても当然どこかに隙間は出来る。
だからこそランは、身体を繋げることで少しでもふたりの距離を縮めたかったんだろうな。
もっとも、危惧するまでもなく、俺達はたったひと月で、長年つきあった末に結婚に踏み切ったカップル並の絆を手に入れた……と思う。まぁ、こういうことは他人様と比較するのは野暮なのかもしれんが。
結局、俺達ふたりの相性は極めて良好だったと言うことなんだろう。これ以上は惚気になるから言わないが。
ちなみに、朝っぱらと言うにはやや遅いこんな時刻に、なぜ俺がこんな呑気にバクバク飯を喰っているかと言えば、今日は仕事が完全オフの休養日だから。
昨日は、近くの街での大型怪獣・鉄塔竜の討伐戦に参加して、見事に撃退することができたのだ。
“討伐”じゃなくて“撃退”──すなわち追っ払っただけ、という結果には、ちとモニョるが、参加人員の“質”からいけば、犠牲を出さずに撃退できただけでも御の字だろう。
実を言うと、この近辺のハントマンの質や量はさほど高くない。なにせ、先日ようやく上級認定された(これで村長にもヘタレ呼ばわりさせねぇ!)ばかりの俺が、参加メンバー中、上から数えて5指に入るくらいのレベルだからなぁ。
それだけに、何とか怪獣を追い返したとはいえかなりの激戦となった。そこで、狩猟士仲間たちとも相談して、今日は休養日として一日ノンビリすることに決めたのだ。
もっとも、俺は
……と言うわけで、我が輩は現在、思う存分我が家でグータラして英気を養っておるわけである、うん。
「あの……我が君、その…ぐ、具合は如何かえ?」
「はっはっはっ、可愛い妻の膝枕なんだぞ。ゴキゲンでなくてどうする?」
──自分でも妙なテンションになっていることは自覚してるので、ご容赦いただきたい。
飯のあと、ゴロリと居間で横になった俺は、「食べてすぐ寝ると、
もちろん、“彼女ができたらやって欲しい101の事柄”のトップ10に入るであろう行為のひとつ、“ひざまくら”をしてもらうために!!
照れて真っ赤になりながら(相変わらず初々しいヤツよ。そこがイイ!)も、彼女自身も興味はあったのか、ランはおずおずとその柔らかな太腿を俺に提供してくれたのだ。
人類の英知にして全男性の夢、遥か遠き桃源郷たるHIZA-MAKURAを、ついに手に入れたぞ~! (チャララーン♪)
──重ね重ね、自分がハイになっていると言う認識はあるので、ご寛恕願いたい。
まぁ、そんなわけで、俺とランは、スケッチして絵画に起こしたら、王都の展覧会で金賞が狙えそうなほどリッパな“新婚バカップル”ぷりを発揮していたわけだが。(←開き直った)
「のぅ、我が君?」
それまでとは微妙に異なる調子でランが話しかけてきたため、俺は膝枕の感触を思う存分堪能するのを一時中止して、片目を開いて彼女の顔を見た。
「うん、何だ?」
「その……狩猟士のお仕事は、楽しいものかえ?」
ついに来たか……と言うのが、この時の俺の偽らざる気持ちだった。
かつて、情報屋の奴と酒場で交わした会話を思い出す。
──しかし……そういう元モンスターや元デーモンの連れ合いを娶ったヤツらって、そのまま狩猟士を続けていけるものなんかね?
──んー、人それぞれみたいだけど、引退するヤツも結構いるな。
元は人外の生き物の身であれば、かつての同族が狩られる、つまり殺されることに胸を痛めても不思議ではない。
たとえば、それが怪獣や強力な巨獣であるなら、そういう仕事だけは選ばず、受けないようにする、という方法もとれる。
だが、狩り場でごくごくあり触れた生き物だったとしたら?
それも、ハントマンに自分からケンカを売ってくるような、好戦的な相手だったら……?
やはり、ランの奴も、俺にメガヴェスパーを殺して欲しくはないのだろう。
もちろん、蜂の素材狩りといったピンポイントな依頼を受ける気はないが、なにせ相手はハントマン稼業最悪の敵とも言われる糞羽虫だ。正直、絶対殺さないという自信はない。
「あー、その、なんだ、ラン。俺もできるだけ、オマエの元同族は殺さないように努力するから……」
考え考え切り出す俺を、ランはきょとんとした顔で見返した。
「? いえ、それが我が君の安全に関わるのであれば、遠慮なく殺して頂いても構いませぬぞ? むしろ、情け容赦なく、バサバサ殺ってたもれ」
「はぁ? オマエ、俺にハントマン辞めてほしいんじゃないのか?」
「いいえ、全く。だいたい、狩り人を辞めて妾を養っていく甲斐性が、我が君にあるとも思えませぬしのぅ」
──サーーーッ!
絶望した! 愛妻のあんまりな言い草に絶望した!!
……まったく反論できないのが悔しひ。
「妾は、その……妾でも狩人稼業は出来るものか、と問いたかっただけですぞえ」
「ああ、成る程」
俺のまったくの早とちりだったわけね。反省。
しかし、ランがハントマンかぁ……ふむ。
基礎体力、とくにスタミナは俺以上にあることは十分(意味深)知ってる。
腕力や器用さについても、普段の掃除整頓や料理の腕前から見て合格点だろう。
物覚えはいいし、勘もいい。
精神的にも、他の生き物を殺して必要以上に傷つくほど弱くはなさそうだし(俺的には誉め言葉だ。ランが優しい女性であることは十分理解している)、竜の威容に脅えて動けなくなることもなかろう。
「しかも、密林の地理や生態系に関してはエキスパート級か」
「密林だけではありませぬぞえ。こう見えて、我が君が普段仕事場にされている砂漠や沼地、森丘、火山などに関しても、それなりに心得ておるつもりじゃ」
そう言えば、確かにどこにでもいますね~、メガヴェスパー。
ランは密林で燻る前の放浪時代に、いま言ったような場所をひととおり巡ってみたのだと言う。
「雪山に関しては、流石に入り口のほうだけじゃが……」
ああ、確かにベースキャンプの出口の付近とかにたまにいたな、大鬼蜂。
(うーーーーーーーむ)
俺としては、妻には留守宅を守っていてもらえば十分なんだが、ランの少しでも夫の役に立ちたい、愛する人の背中を自分の手で守りたい、と言う想いも理解はできる。
その後もふたりで話し合った結果、「とりあえず1週間ほど簡単な依頼(クエスト)に挑戦して、狩猟士としての適性を見る」と言うことになった。
* * *
てなわけで、やって来ました村の鍛冶屋。
家での話し合いで、ランには、前衛に立つ俺を援護するための後衛の射手になってもらうことに決まっていた。
もっぱら片手剣を使い、ごくまれに刀を手にすることのある俺だが、獲物との相性を考えて、遠距離武器もいくつかは作ってみたことがある。
その中では、ランは
あとは防具なのだが……。
「ら、ラン! オマエ、なんつう格好を……」
「おや、いけませんでしたかえ? 我が君が下着をつけろとうるさいので、とっておきを着てみたのじゃが……」
そう、普段の巫女装束姿のランは実は“はいてない”状態らしい。
実際、真っ昼間に台所で押し倒そうとした時、半脱ぎにして確かめたことがあるから確かだろう。何でも、キモノを着るときに、こちら風の下着はつけないものだとか。ひゃっほう、東方文化万歳!
(ちなみに未遂。そういうことは閨でやるものだと叱られた)
ただし、俺以外の奴に、ランの裸を見せるのはノーセンキューだ。
だから、ここに来る前に服の下に下着を付けておくよう念を押しておいたのだが……ランのヤツ、なんと初めて密林で出会った時の黒っぽい“
鍛冶屋の親方の方は、さすがに人間が練れてるせいか、ランの下着姿にも動揺していないが、見習い小僧の方は前屈みになってやがる。
くそぅ、見んな! これは俺んだ!!
「ほぅ、おもしろい下履きだな。これだけでちょっとしたレザーくらいの防御力はありそうだぞ」
「ホホホ、当然じゃ。これは、妾自身の“
ああ、成る程。どっかで見たような素材だと思っていたが、ありゃメガヴェスパーの甲殻製か。まぁ、防御力が上がるに越したことはない。
騒ぎが一段落して、いよいよランのための防具を作成することになったのだが、生残性を重視する俺と、見た目も考慮するランのあいだで、なかなか意見が合わない。
俺としては、防御力が高くスキルもなかなか便利なレックス系を推奨したかったのだが、ランに言わせると「あの毒々しい縞模様が気に食わぬ」らしい。
すったもんだの揚げ句、互いの主張を擦り合わせて、ランの装備はなんとか決まった。
頭には
胴体部は暴風竜ルドラスの鱗を使った一級品の
全体に黒と紺色で統一されているうえ、隙間から覗くアンダーウェアも前述の通り黒に近い茶褐色だから、見かけは“歴戦の風格のある黒衣の女武人”といった趣きで、非常にランには似合っている。合ってるんだが……まぁ、見ようによっては、まるっきり“悪の組織の女幹部”風に見えるのが、難っちゃ難か。
「ん? 何か言ったかえ、我が君?」
「いんや、なぁんにも。じゃあ、そろそろ、集会所へ行ってみるか」
「ううぅ、ドキドキするのぅ」
初めて入る営業中の
大仕事でもなければあまり他人と組まない俺だが、腕前はともかく信頼度の点な、少なくともこいつにならずっと背中を預けても悔いはないな。
「よーし、最初は森でキノコ狩りだぁ!」
「わ、我が君。いくら最初とは言え、もうちょっとマシな仕事を……」
わいわい騒ぎながら、受け付けに向かう俺達。
──その後、俺と俺にビシバシ鍛えられたランのコンビは着実に実績を重ね、半年後くらいから夫婦ハントマンとして少なからず有名になって行くのだが……まぁ、それは“またの機会のお話”ってヤツだ。
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