4 乗り遅れ

「ダメ! 次の列車を待つの!」

 続いての乗り換えでも、ツバメは相変わらず、乗車マナーにとても厳しい。

「ああ、いっちゃった……」

 乗車予定だった列車の赤いテールランプを見送りながら、カオルはすぐに乗り遅れの修正ダイヤを暗算で計算し始めている。

「ツバメちゃん、なんでそんなに乗車マナーに厳しいの?」

 ツバメはつんとしたまま、答えない。

「でも、確かにマナーを守ることは大事ですわねえ」

 と詩音は軽くため息を付きながら、そう添えた。

「ても、これじゃ思うように撮影もラリーもできないよー」

 華子が泣きべそをかく。

「ううむ、カオルくん、状況はどうであるか?」

 総裁も眉を寄せている。

「正直、厳しいですね。かなり遅れが蓄積して、予定の日数で回ることは困難になりそうです」

 暗算して答えるカオル。

「でも、マナーマナーって言うけど、どこまでがよくてどこからがダメかがわからないところもあるわねえ」

「そこであるな」

 ツバメは、一度黙って、それからあと、口を開いた。

「たしかに、マナーは恣意的に使われることもある。なかにはマナー違反だと勝手に決めつけ、犯人探しをするのもいる。本当はルールを決めたほうがお互いにはっきりして、やりやすくなる。鉄道ファンも、鉄道会社も。ルールってのは、自分を締め付けるものじゃない。よくわからないマナーのグレーな境界に怯えて暮らすのではなく、はっきりした線でスッキリさせて、そのなかでの自由を確保するものなの」

「でも、鉄道趣味には、明確なルールらしきものは、ほとんどないわねえ」

「ええ。それはあくまでも趣味だからでしょう。無粋だからというのもあるし、そういうことを守らせる強制力を持ったファンの団体もない。鉄道会社も面倒臭がってやらない。

 そのなか、事故が起きたら、そのあやふやでやってきたすべてが崩壊する。

 それは、鉄道趣味の、絶滅になる」

「まさか」

「でも、極端とはいえ、海外だと鉄道が軍事施設扱いで撮影全面禁止の国もあるわね。ヒドイッ」

「いろいろマナー問題が起きるのも、今の日本が自由だからってことなのかな」

 総裁が目を輝かせた。

「さふなり。自由とはなにをしてもいいというものではないな。『自らに由る』と記して自由という。よって自分の意思によって行うが、その責任と結果については自らが引き受ける義務を負う。そうであるから、マナーの悪いものはそれなりに官憲の取り締まりを受けるのが筋であろう。しかしマナー違反といたずらにそしるのも、それは私刑の域にならざるを得ず、明らかなものであったとしても、あまり良いことではない」

「ええっ!!」

「なぜなら、それが良いか良くないかはなんの権限、見識があって行うのかという問題がある。その判断に足る万全の知識、判断能力があるものでなければそしることはできぬ。だいたい、もしそれが誤認であった場合、その罪はどのようにして償うのか。まして今、SNSで『こんなマナーの悪い奴がいました!』などと啓発のつもりで晒すのは、実はあまり良いことではない」

「でも、それじゃ、マナーの悪い奴なんて」

「そんな奴は放っておくが良いのだ。それよりも、ここ」

 総裁は胸に手をやった。

「理想とすべきファンとしての有り様は、自らの胸の中においておき、自らの行動を模範となるように示すべきなのであるな。皆がそうすれば、自ずから行いの悪いものは孤立していく。孤立の先もまた自ずから決まっているのだ」

「そんな甘いことでは」

「うむ、知識不足で行いを正せないのはもちろん良いことではない。でも、そのために我が鉄研などのテツの趣味サークルなどの意義があるといえよう」

 総裁はそう言うと、うむ、と頷いて、続けた。

「もちろん、鉄道趣味というものは幅が広い。子供から大人、壮年から高齢者までが楽しむものであり、そこには必然的に未熟なものも入る。そこでのつまらぬ諍いを『楽しむ』輩も、少数ながらいるのは残念なことであるな。しかし、である。やはり自由の原則、自らに由るの真意を深く理解し、そのなかで、斯様な」

 と総裁が示す先には、ホームの端に記された『三脚などは使わないでください』の電鉄の表示があった。

「このようなものでわざわざ鉄道会社の手間を取らせてしまうことを、他人ごとではなく、ファンのひとりとして深く恥と思いつつ、それをぐっとココロのうちに込め、より良き鉄道ファンの姿とは何であるのか、常に自らを問い続け、日頃からそれを実践するのも大事であるな。

 ツバメくん、さふではなかろうか?」

 ツバメは、感じ入っていた。

「そうかもしれません。私は、このみんなを悪い連中と同じにしたくない。だから」

「そうね。私たちの間だけでも、マナーを優先しましょう。正しい行いをしていけば、それは必ず波及して正しいことが広まっていくと信じていきましょう」

「そうか! 『良貨は悪貨を駆逐する』っていうもんね!」

「華子にしては難しい言葉が出たわね。しかも一般的な用例と逆だし」

「またバカ扱いするー! ぼくもちゃんと勉強してこの高校入ったんだようー」

「さふであるな。しかしそれを時々忘れそうになるのも華子のまた人徳であろう」

「人徳……ヒドイ!」

 みんなは笑った。

「でも、ここで、残念なお知らせがあります」

 カオルがダイヤのメモを見て、口にした。

「ダイヤを確認しましたが、どうやっても全駅コンプリートにはゴールデンウイーク全部かかります」

「ええー!」

「しかたないことです。乗り継ぎ、乗り換えに十分な余裕を盛り込むと」

「うむ、さふであるな。では、ワタクシは高校一年生のゴールデンウイークをすべてこのスタンプラリー参戦にかけようと思うのであるが」

「わたくしは賛成ですわ。本当は鉄道模型誌に載せて欲しい作例が仕掛品であるのですが、それより今はみなといっしょにこの旅を完遂したいです」

 詩音がそういう。

「ボクはダイヤを決めた以上、しっかりみんなを誘導したいなあ」

 カオルもうなずく。

「私もちゃんとコンプリートしたいわ」

 御波も。

「ぼくもー!」

 華子も。 

「うむ、意見一致であるな。では、カオルくんのダイヤに従って、良きマナーで鉄道を楽しみながら深く鉄道研究しよう、であるのだ」

「はい!」

 みなの声がコーラスのように揃った。

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