3 出現! ライバル高校!
その時だった。
「あら、二流高校の鉄研が何故関東私鉄の女王に、なにをぞろぞろとお顔を並べてご乗車なさってるのかしら」
高い嘲る声が聞こえた。
「美里!」
御波がたしなめようとするが、彼女はそれを振り払うような仕草をする。
「あなたたちもトランプラリー? まあ。貧乏臭い活動ね」
「何よ!」
彼女の煽りにツバメが即座に反論しようとする。
「じゃあ、あなたたちは?」
「私たち由緒ある森の里高校鉄道研究部は、これから東北新幹線仙台総合車両センターを『私達のために』特別に見学させてもらうので、そこへ東北新幹線グランクラスで向かうのよ。トランプラリーなど、そもそも小中学生のやることよね。高校になってまで何をなさっているのかしら」
美里はせせら笑う。たしかに森の里高校は創立こそ昔ではないものの、すでにエビコーと違い私立の名門の誉も高く、通う学生もみな「ど金持ち」の子弟ときているのは神奈川県では有名な話である。
朝の通学に運転手付きのロールスロイス・ゴーストで颯爽と乗り付ける学生も稀ではない。そして学業でもエビコーより少し上の偏差値だ。
それに制服もエビコーの野暮ったいボタンダウンシャツに金色ネクタイに選択制のスラックスもしくはスカートとは違い、今風の可憐なリボンあしらいの印象的なブレザーにプリーツスカートと目一杯可愛さに振ったデザインの制服である。
「うむ、なるほど、さっそくライバル高校出現というわけであるな」
総裁がゆっくりと反応した。
「まあ、それもよかろう。せっかくの休日を迎えた多忙なる現業部門たる総合車両センターの職員さんの手を煩わせてどのような研究をなさるのか、その成果に期待させていただくこととしたいのである」
さすが総裁の嫌味攻撃は強烈である。まるで戦艦艦砲の片舷一斉射撃のような迫力である。
「あら、その分我が扇宮グループからJR東日本にはその分特別に手当の資金を用立てますのよ」
「うむ、お金でいくらでも無限に労力を買えるというのはさすが非道な経営センスの証左であるな。労働基準法に何故労働時間の上限が定められているか、法の根拠と論理をご理解なさった上での超過労働の要求であろう。残業代をいくら積まれても人間はもう働けないほど疲れることもあるのであるが、まあそこはJR東日本も大人として、そういう甘い判断も苦笑のもとに応ずるであろう。まこと、実にめでたい話である。行き過ぎた成果主義という現代の魔物の一つの姿とはいえ、しっかり彼らの休日出勤の分、深い研究を期待するのであるものなるぞ」
総裁の嫌味の急斉射が止まらない。まるで旧海軍が経験した第三次ソロモン沖海戦の猛烈な撃ち合いの如き苛烈さである。
「何よっ!」
総裁につい彼女はキレたが、総裁はなおも続ける。
「うむ、早くももう終点の新宿である。安全なる旅路を祈るとしよう。我々はその小中学生のすなるものというトランプラリーを通じ、十分に鉄道を研究するのである。弥栄。お互い、それぞれの研究を競うこととするのだ。ではな」
総裁はそう言うと、平然と皆を乗り換えの方向へ誘導した。
「きーっ! なんなのあの子!!」
美里はそう言って地団駄を踏むが、すぐに他の森の里高校の仲間に促され、東京駅に向かう中央快速線に乗り換えていった。
「美里、私の幼なじみなんです」
新宿駅で折り返すエビコー鉄研の一行。そのなかで御波は彼女のことを話し出した。
「寂しがり屋で、本当は今日も『せっかくだからこれから一緒に仙台に行きませんか』って言いたかったんだと思います」
「いくらなんでもそれは超訳すぎるわよ! それ本当? ヒドイッ」
ツバメとともに、みんな呆れている。
「小さな頃からずっとそうだから。幼馴染みなのでわかるんです」
「そうであるのか」
総裁は頷いた。
「うむ、彼女とはこれからまだまだ何度も縁があるであろう。彼女のココロをあるべき素直な姿に導くにはワタクシもいささか力不足の感は否めないが、ワタクシも精一杯鉄道を研究することで、それに代えることとしたいと思うのである」
総裁はそう言うが、みんな、その真意はサッパリつかめなかった。
相変わらず総裁の表情は何を考えているか分からせない、不思議な笑顔だった。
動輪の髪飾りのレリーフは、車内のLED灯にキラキラと輝いていたが、その下の黒髪とその下の凛とした瞳は、あいも変わらず僅かな狂気めいて輝いている。
しかし、にもかかわらずそれに病的な感じがしないのは何故だろう。
やっぱり、これが天然、ってものなのだろうか。
御波はそこで考え込んだ。
総裁、ここまでのどういうことでこうなったんだろう。
見当もつかなかったが、みんなはそれぞれに思いを切って、新宿駅のトランプカードを受けとるのだった。
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