2 駅構内
そして一行は改札を通り、ホームに降りた。
「カオルさんのプラン、大丈夫?」
「はい。そこはボクがしっかり計画しましたから」
「うむ、さすがダイヤで本職さんのダイヤ作成のお手伝いをしているだけのことはあるな」
「あ、撮影したいひと、新宿方からここで日本車輌から戻ってきた3251×10充当の試運転が来ますので」
3251×10とは列車の編成番号である。新宿側の先頭車の番号3251と編成10両の両数で表すのが電鉄の決まりである。そして電鉄の車両を改造する場合、相模大野工場だけでなく、名古屋の日本車両へ回送して改造を受けることがあるのだ。
「試運転までばっちり把握! さすが歩くダイヤ情報!」
「そりゃそうですよ。D-ATS-P搭載改修後の試運転です。定時ならあと40秒で通過します」
D-ATS-Pとは列車が追突したりしないようにする保安装置で、デジタル制御をつかってこれまでのものよりも精密に列車の速度を監視し、規定された速度パターンを超えるオーバースピードを検知したらブレーキを自動的にかけるものである。
「ありゃ、いそがないと!」
そう言ってウッカリ華子が走りだそうとする。
「駅構内は走っちゃダメ!」
ツバメが驚くほど厳しい口調で咎める。
「でも間に合わないよー!」
カメラを構えながら華子が抗議する。
「でもダメなものはダメ!」
そう言っているうちに、行き先種別表示器に「試運転」を表示した列車が座間側の勾配を降りてくる。
「しょうがないなー」
華子は息を整えてシャッターを切ろうとする。
「ダメ! そこはダメ!」
「だって、ここも黄色い線の内側じゃない!」
「内側だからって全部いいわけじゃない!」
ツバメはなお口調が鋭い。
「だって」
「だってもなにもない!」
華子は、少し何か言いたそうだったが、それでも黄色い線を確認して、列車にカメラを向けて撮った。
「厳しいのね、ツバメちゃん」
「厳しくもなるわよ。お父さん、現役の電鉄の運転士だもん。日頃、撮り鉄のマナーの悪さ、よくぼやいてるもの」
「まあ、さふであるな。もとより撮り鉄は一般のテツよりすこし性質が違う気がするのでもあるな」
総裁はうなずいている。
「でも……」
御波は考えこんでいる。
「どうしたの」
「でも、鉄道が好きなのは同じでしょ? それを撮り鉄だけ
「そうでしょうか。世の中には異質と同質の間の壁があるのですわ」
詩音が首を傾げている。
「でも……」
「うむ、御波くんはやはり共感能力が高いのであるな」
総裁はそう言って、御波の肩に手をやった。
「それはとても良いことであるな。世の中には他人ごととして自らを省みぬものも多い。その中で、いろいろなことを自分の問題として、解決を考えるということは、真摯でよいことであるのだ」
そして総裁は、カオルの方にも向き直った。
「鉄道ファンとは、その面で、どこか心のありようとして、若干いわゆる『普通』とは違うところがあると思われるのだな。
それは重要な、深みのあるテーマであるな。うむ。興味深い。
ともあれ、撮影においてはわが海老名高校鉄道研究公団としては、マナーについてはまさに『テツ道』に則り模範たらんとぞ思ふ。せっかくの現役鉄道員の子弟が在籍するわけであり、そこは十分研究すべきテーマである」
みな、考え込んだ。
その時、駅のチャイムがなった。
「乗車予定の列車が来た。乗車するのである。集団行動であるので乗り遅れぬように」
「そこはダメ」
列車の中に入り、早速華子が運転席後ろに陣取ろうとすると、ツバメがまた咎める。
「なんでー!! なんでぼくばっかり!」
彼女は当然、へそを曲げる。
「うむ、そこは鉄道ファンの幼い子どもたちのためにあけておくべきだな。なおかつ、ドア付近に我々6人が溜まってしまっては他のお客の乗降に支障をきたしかねない。次の降車駅までの乗車時間から考えて、車内の奥に詰めて座席の前に立つべきと心得るのだが」
「そうかー。電車にただ乗るだけでも、こんないろんな考え方があるんだねー」
華子はあっけないほど素直に納得している。
「鉄道とは、『テツ道』であるのだよ、榎木津君」
「なんで京極堂になっちゃうんですか。ひどいっ」
「ともあれ、『鉄道を研究する』のココロ、真髄は、ここであるのだな。うむ」
「鉄道を研究……」
総裁は、うむ、と頷いた。
「たとえばこう何気なく見る車窓についても、研究の題材は幾つもある。
観察は、とくに模型作りに応用するだけでなく、鉄道の経営、歴史、そして鉄道工学、科学に至るのだな。
鉄道を切り口に、世界を理解し、提案する行為にもつながると思うぞよ。
なぜこの風景が他と違うのか。風景というものはすべてそれぞれに特徴がある。人はつい、ありふれた風景、平凡な風景とつい大雑把に捉えがちだが、一つ一つにそうなる意味と歴史があるのだ。その違いを見出し、楽しむのもまたテツ道のあるべき姿なのだ。
例えば屋根一つとっても、関東と関西では瓦の積み方が違うのだ」
「ほんとですか」
「さふなり。建物を模型で作るときのためにその違いを表現するパーツを作っているメーカーも有るぞよ」
「そうですわ。屋根の表現といえばグリーンマックスの屋根板が定番ですが、それと違う積み方を表現してるものもあります。いかんせんマイナーメーカーですが」
詩音が頷く。
「これから我ら鉄研で遠くへ旅立つこともあろうが、そのとき、そういうポインツに気づかなければ、せっかくの鉄道研究旅行がただの平凡な観光旅行になってしまう。旅行とはもとより、普段の生活では見失いがちないろいろなことに気づくためのものであるのだ」
御波は感心した。
「『雑草という草はない』みたいですね」
「さふなり。その昭和天皇のお言葉に接し、ワタクシも深く感じ入ったのだ。研究とはそういうことであろう。電車の形式や形状と同様、何気ない風景にも関心を持つべきであろう。そこから鉄道の本当の姿、地域と鉄道の関わり合い、文化が見えてくるぞよ」
「といいつつ、総裁、さっそくクラスの授業サボって部室にこもったりしてるよね」
ツバメが指摘する。
「それもテツ道の探求、鉄道研究の一環なのである!」
「力強く言ってもダメです! サボりはサボり! ひどいっ」
「ぐぬう」
答えに窮する総裁であった。
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