2 女の、戦い(後編)
「うむ、リバーシではやはり勝てないのであるな」
総裁はそう言って不敵な笑みを浮かべている。
「だったら鉄研はおとなしくしてくださいよ。ぜんぜん棋譜の研究ができないじゃないですか!」
カオルは苛立ち始めていた。
「さふであるか。しかし!」
総裁はビシッとカオルを指さした。
「そのような甘い心構えで電王戦に挑んでどうするのだ!?」
「ボクはこの手でコンピュータから人類に再び将棋の栄冠を取り戻したいんです! だから、もう静かにしてください! この部室は囲碁将棋部のものです!」
「静か? この程度で集中を乱すとは、たいしたことはないのであるな」
「あなたに言われる筋合いはないですよ」
「ほほう、それは鉄研総裁たるワタクシへの宣戦布告であるな!」
「だから、さっきからすでに争ってます! もう、ほんとにまわりくどいなあ!」
カオルはさらに苛立った。
「ならば、リバーシではもう勝てないのは自明であるので」
総裁は、さっと盤を変えた。
「将棋勝負にしよう」
「わーっ、なんで難易度上げてるんですか!」
周りのみんなが仰天する。
「勝てるわけ無いですよ、だってカオルくんは将棋会館奨励会に入ってるプロ棋士の卵ですよ!」
鉄研のみんなは驚きあきれている。
「うむ、望むところなのであるのだ」
「すっかりナメられましたね」
カオルはくっ、と笑った。
「すごい、本当に『くっ』て笑うとこ初めて見ました!」
御波が思わずコーフンする。
「生『くっ』頂いちゃいましたよ!」
華子も続く。
「まるでアニメみたい。ひどいっ」
ツバメまでピッタリ同調している。まさに往年のダチョウ倶楽部の如き連携を見せる鉄研部員たちである。
「じゃあ、終局図からはじめましょう。プロ棋士同士の対戦の終局図で、投了した方をボクが持ちます。そこからボクが逆転しましょう」
「はっはっは、なにを今更そんな素人相手のお正月将棋番組のようなまともな勝負のことをおっしゃるのだ」
総裁が高らかに笑う。
「まとも、って?」
「キミはこの海老名高校鉄研総裁を、いったいなんだと思っているのだね」
「確かにまともじゃないですよね。でも、え? じゃあ、ただの飛車角落ち?」
「いや」
総裁は、はっはっはと大声で笑った。その笑いは昭和末期に活躍した名優津川雅彦の演じた『葵徳川三代』の家康のような妙な貫禄がある。
「当然、平手勝負なのであるな」
全員、のけぞった。
「コマ落ち無しの五分で戦うんですか!」
「総裁無理! 絶対無理! ハンデどころか、なんで自分で難易度ガン上げしてるんですか!」
「うむ、将棋はワタクシも楽しく幼少の頃から親しんでおってだな」
「まさかアマ将棋まで4級じゃないでしょうね!」
「うむ、そういうのはもっていないのだな。まず、それはよいとして、イザ尋常に対局なのだ」
というと、総裁はその上、対局時計までセットした。
「持ち時間15分、使いきったら1分の早指しで」
「ばかな! NHKの日曜のプロ将棋対局並み!」
カオルはあまりのことに驚愕した。
「まあ、いいでしょう。では、その勇気に敬意を表して、ボクも本気で。ボクが勝ったら、直ちにこの部室から出て行ってくださいね」
カオルはちょっとあまりの強気な宣戦布告にそれだけでうろたえ立ち直れなかったのだが、なんとか戻して宣言した。
なんと、プロ棋士の卵対鉄研総裁の本気の対局が始まってしまったのだった。
「ところで」
「対局中に喋って邪魔しようとしてもムダですよ」
カオルは制す。高い集中の姿はまだ卵とはいえ、まさに立派な棋士の姿である。
「キミのことを調べさせてもらったのだな」
「何を調べたんですか」
「それがねえ、ワタクシがいろいろと情報網を駆使したところ、ウチのカミさんがねえ」
「なんで刑事コロンボになるんですか」
「うーん。参りました。私の推理が正しければ」
「今度は古畑仁三郎ですか」
「こういう細かいことが気になってしまうのが私の悪い癖」
「杉下右京!」
「事件は会議室じゃない、部室で起こってるんだ!」
「『踊る大捜査線』の青島刑事!」
「世の中に不思議なことなど、なにもないのだよ」
「京極堂!」
「こうなることを恐れていました」
「ポワロ!」
「なんということだ、ワトソンくん、すぐに支度だ!」
「ホームズ!」
「ようし、わかった!」
「横溝正史!」
「じっちゃんの名にかけて!」
「金田一一!」
「真実はいつもひとつ!」
「江戸川コナン!」
「で、A57行路って明けどうであったっけ」
「A57は相模大野から新宿、新宿から喜多見に戻って仮泊、明けで喜多見から回送に添乗して成城学園から相模大野戻りで明けですね」
「1025Fの運用は」
「はい、1025Fは全検入り前のE12運用に入っていますね。今の時間からしたら、相模川橋梁通過予定時刻は14:37:15頃、って……ええっ!」
つられてカオルは次々と即答してしまったのだ。
「すごい! これだったら撮り鉄楽でいいわね! まさに歩くダイヤ情報!」
ツバメが思わず歓声を上げる。
「でも、なんで電鉄の乗務員ダイヤと車両運用完全に知ってるの!!」
御波の問いにカオルは、ぼそっと言った。
「だって電鉄の運用計画とダイヤ作成、バイトでぼくも作ってますから」
鉄研のみんなが驚く。
「普通そんなの、バイトにはやらせないよね」
「そうよね。鉄道員のバイトは普通、大学生よね。それも駅員の補助的な役割が普通だし」
「さふであるな。キミはIQ800の超頭脳、いわゆるギフテッドっていうものらしい。だからとある大学病院の研究所に通っていて、住まいはその研究施設での一人暮らしであるのう」
「個人情報を勝手に調べ上げないでください!」
「わが鉄道研究公団の特務機関の調査能力を甘く見られては困るのであるな。そしてまた、キミは将棋を指しながら、迂闊にも、わが校の校則である『バイト禁止』を破っておることを自白してしまったのであるな」
「あっ、ズルい!!」
カオルの講義を受ける総裁の手には、確かに録音アプリが作動しているiPhoneが握られていた。
「そして、こっちも。王手」
ぺトンといかにも素人の下手くそな手付きで盤に金の駒を置く総裁。
「えっ!」
カオルはびっくりした。
そして、しばらく盤面を見ていた。
「……ありません」
カオルは一礼し、総裁のほかはみんな、びっくりする。
「えええええええ!」
「なんで? 将棋会館奨励会A組に入ったボクを、どうやって? ……ええええええ!」
カオルは礼を反射的にしてしまったものの、あまりのことに目を見開いて、このマジックに驚いている。
「うむ、皇軍式の攪乱戦術はギフテッドに対しても有効であったのだな」
平然という総裁。
「総裁が、勝っちゃった……」
「恐ろしい子!」
みんな白目をむいてのけぞっている。
そして、総裁が宣言した。
「というわけで、キミはわが鉄研に強制入部なのだな! あとこの部室の領有権は鉄研が全て手に入れたのである!」
「ぐぬぬ~!」
本気でカオルは悔しがった。
「まあよい。これで6人の仲間となったのだ。共存共栄、五族協和、神州不滅の新天地がここに平定されたのだ。まさに弥栄弥栄!」
総裁はそう喜んでいる。
「なんか、総裁、最近だんだん落ち着いてきてない?」
御波が指摘する。
「うむ、それは著者がさすがにここまで書いてつかれているからテンションが下がっておるのだ。えい軟弱なり」
「ヒドイっ!」
「というわけで暫時休憩なのである」
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