5 真相

 放課後の『食堂サハシ』で。

「あ、あの、え、ええと」

「なんでしょう?」

 彼女はみんなに囲まれて座っているが、少しも物怖じしていない。強烈な大物オーラをまとったままである。それには華子の父も厨房から思わず目を丸くして見てしまうぐらいである。

「このお名前は……」

 彼女の高校の学生証にみんな見入る。

「本名ですわ。

 わたくし、武者小路詩音むしゃのこうじ しおんと申します。

 冗談のようにひどく大仰な名前ですが、戸籍上もわたくしはこの名前です。書類の名前の記入欄が小さいと、書くのに毎回困りますのよ」

 そう微笑む彼女は、ここでもぷんと大人の色香を漂わせる。

「まさか、この超大物を射止める総裁の作戦が」

「ひねり完全ゼロの、全盛期のサッカー日本代表本田選手のような『無回転ナンパ』だったとは」

「……総裁、恐ろしい子!」

 みんなはそう言って目をむく。

「ははは。敵を欺くにはまず味方から、とは先輩の本物の提督に教わった、源流は東郷元帥と戦国大名にまで遡れる旧海軍直伝の作戦戦術なのであるな」

「でも、その無回転ナンパ、なんで成功したんだろう?」

「うむ、決定的に効いたのは、このワタクシの目ヂカラであろうの」

 総裁は平然としている。

「目?」

「ワタクシは左右で目の色がちがうのだ」

「ええっ、総裁オッドアイだったの?」

「さふなり。しかしそのままでは安いラノベのキャラと誤認されるので、カラーコンタクトで目の色を揃えておる。そうしなければこの目の力で見つめる相手を問答無用に自白させてしまうからの」

 そう言って総裁はコンタクトを外そうとする。

「わああ! やめてください!」

「ひいい、危ないって! もう、総裁ほんと危険人物すぎるよー!」

「そうかのう」

 総裁はそう惚けながら照れている。

「いい加減自覚してください!」

「うむ。そして、あのイラストとムダに細かくかつ的確なコメントも、詩音くん、まちがいなく君のものであろうことよ」

「本当!?」

「あらあら、すっかりバレてしまいましたね。なかなか角が立ってしまうので、ああいうのは本当はやりたくはなかったのですが、あの紙面にほとばしる灼熱に燃えた絵心につい、わたくしも強く心うごかされてしまいました。

 でも、そこのあなたですね、あのイラストの主は」

 その詩音が指し示す視線の先、ツバメは顔をそむけている。

「ええっ、なんで分かるの!」

 みんなはびっくりした。

「わかりますとも、ええ。絶対に忘れることのできない『あのこと』を」

 なんだろう?

「あら」

 ツバメは思いを切って向き直った。

「こちらも忘れられないわ。思い出したもの。あなたとの『あのこと』は」

「そうね。『あのこと』は」

 ふたりはゆっくりと手を差し出し、そして握手した。

 しかし、お互いに笑顔のその目は、少しも笑っていない。

「なにこれ……こ、こわい」

「怖すぎる……」

「うむ、この関係は察するに、相互確証破壊、かつての超大国同士のICBM、大陸間弾道ミサイルを突きつけあった冷たい戦争、冷戦の状態であるな。なるほど。なんともこれは興味深いことであることよ」

「でも、あの模型は詩音ちゃんがぜんぶ作ったの?」

「はい。お父様から聞いたところによれば、幼いわたくしは2歳のときの初めてのプラレールからすでに改造をしていて、【ああ、武者小路家が幕末にペリー提督の持ち込んだ蒸気機関車の模型を真似て作って以来の『血』は健在だ】と思ったそうです」

 ホントか、それ。

「以来ずっと模型製作の理論から実践まで、父に学んでまいりました。しかし、工作室、工房にこもると、時がたつのをついつい忘れてしまいます。また生まれつき体もとても弱いので、入学を1年伸ばしていただきましたので」

「先輩、ってわけだ」

「はずかしながら。そして体の弱さ、とくに朝が辛くて、保健室登校に」

「そうなのかー。大変だねー」

「でも、この高校でこうしてみなさんとであえたのだから、がんばって登校しようと思うのですわ」

「さふであるのか。よいではないかよいではないか。歳は違えど同じ1年生。楽しく鉄研をやっていこうとぞ思うのであることよ」

「総裁、今日は詠嘆しすぎ」

「うむ、そんな日もあるのだ」

「でも、これでこの鉄研、部に昇格ね!」

「ゴールデンウィークを『部』で迎えられるなんて! 夢みたい! だって、入学の時は鉄研なんて、影も形もなんもなかったのよ!」

「そうよね。ほんと、総裁にいわれて、よかったのことよ、……って、あれ?」

「ありゃ、総裁の語尾が伝染った!」

 みんな、笑った。



 その帰り道。高校からだらだらと歩いて厚木の街にツバメと御波は移動していた。

 相模川の土手からは夕日に染まる小田急の相模川橋梁がよく見える。

「御波ちゃん」

 と突然、改めていうツバメに、彼女は「?」の顔で答えた。

「私たち、もう、すっかり親友よね!」

「そ、そうだと思うけど」

 御波は戸惑っている。

「そうよね! そうよね! だから」

 ツバメはカバンからスケッチブックを取り出した。

 ――まさか!!

「こんなのも、こっそり描いてる私を、


 ゆ る し て く れ る ? 」


 !!


 きゃあああああああああああ!!



 その惨劇は、じつは詩音が夕餉を食べていた『食堂サハシ』の華子にも発生していた。


 しかし、それをみんなのこととしては、まだ、みんな、知らない。


 そして、その同じ夕日を見上げる総裁が、口にする。

「ああ、オニャノコとは、かくもなんと罪深きモノであることよのう」


 つづく!

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