4 決戦! ビナウォーク

 ビナウォークにある鉄道模型店、ポポンデッタ海老名店の周りに、4人はまるで私服刑事のように張り込んでいる。

 みんなハンズフリーのヘッドセットを身に着けている。ケータイをトランシーバーみたいに使っているのだ。

「保健室から尾行したマルタイは店内に入った」

「マルタイの身柄の確保はまだですか!」

 この張り込みにすっかりノリノリのツバメである。

AWACSスカイアイよりメビウス1、店内に偵察に入れ」

 総裁がそう指揮を執る。

「私、戦闘機でも刑事でもないんだけどなあ……」

「メビウス1、応答せよ」

「はい、わかりました、わかりましたよ! もー!」

 結局つきあわないとさらにめんどくさいので御波は応答する。

 そして御波がポポンデッタ店内に入る。この店内には往年の小田急の主力通勤車5000形(旧)の運転台のカットモデルやかつてのロマンスカーの前面を飾った逆台形のアクリルヘッドマーク、小田急の経てきた90年の歴史を物語る様々な展示物があり、この店はただのチェーン鉄道模型店の名前に「with小田急トレインギャラリー」を付け加えている。隣はシネコンTOHOシネマ海老名であり、向かいはゲームセンター。映画の上映時間を待つ間にいい時間潰しができる回遊導線ができていて楽しそうに過ごす人がいつも途切れない。とくにその人々からよく見えるようにレンタルレイアウト、つまり自分の鉄道模型を時間貸しで運転できる大きなレンタルジオラマがあるのもよくできた趣向である。このジオラマも小田急の風景に近づけるように鉄橋は青、その通路は黄色にしてあったり、小田急沿線で有名な座間の桜並木が再現されていたり、箱根湯本の駅のドームがあったりと、こういうレイアウト特有の難しさの中でできるだけの努力が見られて悪いものではない。欲を言えばトンネルは複線トンネルではなくより小田急らしい単線トンネル2本にしてほしかったところだが、それは欲張りすぎであろう。でもそう思ってしまうところまで作られた良いレイアウトである。

 そのレンタルレイアウトに子供がスズナリになっていた。

「すげえ!」

「またオリジナル車輌!」

 何度も上がる歓声。そしてその彼らの視線を集めて走っている模型車輌を御波はみて、息がすっかり止まった。


「どうした!」

『一瞬、運命の人に出会った女の子の気分を味わってしまいました……』

 えっ、御波ちゃん、君、女の子だよね?

「大丈夫か!?」

 すっかり錯乱に陥っている御波。

『全然大丈夫じゃないです……! これは模型鉄にはシゲキが強すぎます……』

 そのまま消え入っていく御波の声。

「いかん! 総裁より、全員速やかに店内へ入れ! 御波くんを救出するのだ!」


 中に入ると、そこにいたのは、優しげな、そしてやたらと色っぽい高校生だった。

 長い髪、ゆたかな胸、そして大人の色香ばっちりの甘い目元。

 周りの空気の色をあるだけで全て艶やかに変えてしまいそうな、強烈な色っぽさである。

 そして走らせているのは超流線型の自由形在来線特急列車だった。どうやって作ったかわからないその流麗なボディのツヤが店内の明かりをテラリと艶かしく反射して走りぬける。彼女のパワーパック操作でそれがまるで線路上を走るイルカのような素晴らしいなめらかな走りを見せる。

 その待避線にはフルカスタムのC63蒸気機関車。設計が昭和31年(1956年)に完成したものの1輌も実際には製造されなかった幻の機関車である。国鉄の機関車最大のボイラー蒸気圧18キログラムやドイツ・ヴィッテ式のようなデフレクター、全軸へのローラーベアリング採用などの新設計で地方ローカル線のC51を置き換える目的とはいえ国鉄蒸気機関車の集大成になるかに思えたが、結局幻に終わった機関車である。Nゲージ模型ではマイクロエースが製品化していた。だが幻の機関車、だれも実物を見ていないので誰も模型として深く手を入れられなかった。

 それを彼女は巧みなウェザリングや加工で、精緻に実在の機関車のような仕上がりにしていた。その後ろにはその製品セットに付属した幻の客車急行列車編成が従っているのだが、それもまた手が入っていて素晴らしいリアリティを出している。

 御波のハートはこの2編成の模型にすっかり撃ち抜かれていた。こんなに魂を揺さぶってくる創造性をもった鉄道模型を彼女はまだ見たことがなかったのである。

 だがその模型のオーナーであるマルタイ、対象の彼女は全く気づかずに他の幼い子どもたちとともに模型を走らせている。

「そこのきみ、だめよ。それはスピードが早すぎるわ。鉄道模型はミニ四駆みたいなレースじゃないのよ。スピードはゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。

 列車の走るジョイント音をよく聴いて、そのリズムを本物そっくりに保って。

 それがスケールスピードよ。それでどっしりと、モーションをきかせて走らせるのが、一番模型が美しくかっこよく見えるコツよ」

「はい! 先輩!」

 子供たちがそろって返事をする。

「みんないい子♡」

 微笑む彼女。

「先輩! またパーツが取れてどっかいっちゃったー!」

「あら、見せてごらん」

 泣きべそをかいている子から預かった模型を、彼女は本当に細い指で、生き物を扱う慈しむような柔らかな手つきで扱う。

「なるほど。たしかにこのパーツはもともと脱落でなくしやすいけど」

 彼女の足元には年季の入った工具箱。

 そこからピンセットとアートナイフを取り出した彼女、

「このバーツをちょっとアートナイフで削れば、形状はほぼ同じだし、合いもいいから流用できるはず」

 傍らのパーツボックスから部品を取り出す。

 細い指がすらりと動いて、部品を加工して、取り付ける。

 その指先の動きに迷いがまったくない。

「すごい! ほんとだ! もとどおりになった!」

「模型は自分のものだけど、手を入れて、修理して、保守してこそ、本当に自分のものになっていくのよ」

「はい!」


「あ、あの人……」

「まるで時代劇みたい」

「というか、くらくらするほどの癒し系オーラ全開」

「濃密なオーラで、むせかえりそう……」

「癒やし系すぎて、もはや癒やし系なのに謎の攻撃力ができちゃう段階だよ……」

「あまりにも大物すぎる……」

 鉄研部員たちは身動きが取れなくなった。

「これは、私たちの仲間にするには、手強すぎるわ!」

「もう、癒やしオーラで空が暗く見えるー」

「もはやラスボス戦の様相……ヒドイっ」

「もう限界。あとは頼んだ……がくっ」

「あきらめるなツバメ! がんばるんだツバメ!」

「でも、無理……これは、無理……無念ー!」

「ああっ、華子ちゃんまで!」

「ここは勇気ある撤退を! 外に出て態勢を立て直しましょう! というか、衛生兵はどこー!」

 鉄研のみんなは、彼女の大物ぶりにすっかりうちのめされ、まさに壊滅寸前となった。

 そのとき。


「あっ、総裁!」

 総裁が、平然とすたすた歩いて行く。

 そして、その目で見つめて、言った。


「キミ、われわれの鉄研に入らないか?」


 なんというド直球! 直球すぎるよ!

 というか総裁、なんで彼女に対して全く平気なの!?


「ええ、私などでよろしければ。

 よろしくお願いいたします」


 えええっ!!

 全くなんのひねりもなく!?


 まさかの快諾ー!!


「うっ、みんな、どうしたのだ?」


 総裁が目を押さえて振り返ると、他の3人は、そのあまりのひねりのなさに、その場でガックリと崩れていたのだった。

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