3 プロファイリング

「『トワイライトエクスプレスは密かに知られていることですが迷列車要素があり、また3編成同じ車型とされるB寝台個室車でも編成で各車それぞれに違いがあります。たとえば実車は号車サボ受けなどの位置もそれぞれまちまちとのことです。

 その組み合わせについて、それを研究なさっている方の信頼すべき資料によると』」

 御波がまたコピーを読み上げる。

「うぎぎぎぎぎぎ! そうくるかー! ヒドスギル!」

 ツバメは歯を食いしばって悔しがっている。

「もうこの書き込み争い、15ターン目だよー」

「生徒会ノートがすっかり『ネット炎上』状態、って……」

「こうなれば10倍返しよ! ぜったい『非の打ち所なし!』って言わせてやる! ヒドイっ!」

 ツバメの眼はすっかり血走っている。

「ツバメちゃん……。でも、やりすぎってことも、この世には、あると、思うの」

 御波がそう言ってボーゼンとして見るそこには、面縦構図で、冬の雪深い峠超えに挑む蒸気機関車D51の吹き上げる壮絶な煤煙の図が描かれていた。白黒のきんと引き締まった凍てつく空気感まで描かれたその迫力の凄まじさは、もはや国宝級の水墨画のようである。

「クオリティがもう、男鹿和雄クラス……。ちょっと前だったらスタジオジブリで即戦力採用……」

「ああ、青春の無駄遣い……。これをなにか別の意味のあることに使えば、もっと人類を幸せにしちゃえると思う」

 みんな、それをまさしく一心不乱、夢中で描いているツバメに、感嘆を通り越してすっかり呆れている。

「うむ。ここまでで相手がだいたいどういうものかは想像がついたぞよ」

「本当?」

「このワタクシが警部殿としてプロファイリングしてみたのだな」

「そんなのできるの? 『相棒』の右京さんみたいに?」

「プロファイリング4級」

「……はいはい、そうでした」

 みんながまたすっかりあきれるなか、総裁だけが目に光を宿している。

「まず、この相手が反撃に描いてくるイラストの描線をよくみたまへ」

「え、この図解?」

「さふなり。『発電用ディーゼルエンジン図解』『ダブルデッカーグリーン車透視図』や『JR特急でよく見るリクライニング付きクロスシート座席図解』『謎の在来線超高速列車【スーパーたざわ】イメージパース』」

「この『スーパーたざわ』、もし秋田新幹線がミニ新幹線でなくスーパー特急になってたらあったかもしれないわね」

「さふなり。なかなかの創造性に空想力である」

「でも見たところ、とくに脈絡なくメカを描きまくってるように見えるけど」

「そこをよく観察するのだ。明らかに回を重ねるごとに躍動感が増えているのだ。

 繰り返しながらますます活き活きのびのびとしてくる描線。

 まるで闇の中に一筋の光を見出し、それにすがりつくような、独特の情念の世界を感じる」

「……総裁も結構ポエマーだよね」

「うむ、そうかもしれぬ。この『JR四国振り子特急用動力台車S-DT56図解』や『箱根登山鉄道3線軌道分岐器図解』もまた絶佳な仕上がり」

「このひと、題材選びもいちいち渋いよねー」

「ううう、悔しいーっ! ヒドイっ」

 ツバメは描きながら聴いて悔しがっている。

「比較は人を不幸にしかせぬ。ツバメくんのイラストもまた絶佳であることに論をまたないのだ」

「そうよね。ツバメちゃんえらい」

「そして最後の『JR九州787系ビュッフェ車車内図』。暖かく照らされたコンパートメントとビュッフェコーナーのイラスト。これは、まさしく深く凍てつく寂しさから逃れ、雪を割り萌え出づる、春を迎えた植物のような、力強きみずみずしさが解き放たれている。

 見よこのビュッフェ天井の楕円構造を描いた線の生き生きとした正確さ。

 まさに苦しみの中で長く待ち望んだ救いを得たようなすばらしい躍動感」

「それって、つまり、これを描いたのは、ヒキコモリの子?」

 御波がまた翻訳する。

「さふである! この高校の我々の学年にも、早くも不登校はすでに発生しておる。我が国の文部行政の苦悩の歴史にもかかわらず、この問題は平成の今に至るも続いておるのだ。そこで自ずから対象となる相手は限られるぞよ」

「でも総裁、おかしいよ。ヒキコモリの子がなんで生徒会ノートにこんなイラストを描き込めるの? 学校と接点がないからヒキコモリっていうんじゃないの?」

「それは簡単に推論できるのであるな。ヒキコモリでも学校と接点を持つことはできる。それに、古今東西、学校において、その学生たちの心において隠された真の『要』とはなんであろうか?」

「あ、……それ、保健室のこと!?」

「であろう」

「そうか!」

「おそらく入学以来、何らかの理由で保健室登校している子と推測される。が、斯様な優しく繊細で、しかも、その実、芯のすばらしく強い子をいきなりこの修羅の我が鉄研に誘いこむのは、ワタクシの強固なる意思かつ神州不滅の不動の信念でさえも、いささか困難かつ不憫であるわけであり」

 そのほとんどすべての原因は総裁、あなたですよ……、と他の3人はジト目で見ながら一緒に思っていた。

「そこで、ワタクシに一計があるのだ」

「うわー! 力いっぱいに嫌な予感しかしない!」

「ゆえ、ここに! 名づけて『本二號作戦』の発令なのである! 全艦抜錨せよ! 出港用意!」

 総裁は口に狂った笑みをたたえながら力強く言う。

「まだ『艦これ』引っ張ってるし! ヒドイっ!」

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