2 遺された思い、現れた挑戦者
「ツバメさんのイラストは相変わらず安定して上手いねえ。学校中の話題になってるわ」
「想定内なのである」
「このかつての寝台列車『北斗星』の『カニ』、電源車もまたよく描けてること。このオイルにまみれた感じとディーゼルの排気で枯れて煤けた感じ、惚れ惚れするわね。綺麗に汚してる、ってこれのことね」
また先生が拡大コピーを持ってくる。
「でも、部室がないのは困ったもんねえ。あと一人で部員5人、部室がもらえる部への昇格が達成できるのに」
みんながいるのは、多目的室と呼ばれている、かつて学級に使われていた部屋である。今は単なる物置になってしまった。かつての教材などが山と積まれた部屋の片隅にみんなはいる。
その狭い中で御波はノートパソコンを使っている。
「ツバメちゃんのイラストの資料探ししてるの?」
「そう。分からないものは描けないってツバメちゃんいうから。そういうとこツバメちゃん真面目よね。私なんかそういうの、なんとなくそれっぽくでいいじゃない、と思うけども」
「それっぽくするにはそれでまた資料がいるのよ。でも欲しい資料を必ず見つけてくれる御波ちゃんの調べ物能力すごいと思う。検索式の立て方が全然違う感じ」
「そんなのばっかり中学の時やってたから」
みんな、黙り込んだ。
「いいの。最低だったけど、あの中学時代がなきゃ、ここにいられなかったんだから」
御波は明るく振る舞う。
「そ、そうだよねー」
華子はそう答えるしかなかった。
「あれ? これなんだろうー?」
「え? 華子ちゃん、勝手にガラクタの山いじっちゃダメよ」
華子が何かガサゴソとやっている。
「えー、だってせっかくだから広く使うためお掃除しようかと思ってー。でもこれなんだろう?」
総裁がそれを見る。
「うぬ? これは鉄道模型のレールであろう。それもTOMIXの茶色道床レールではないか?」
「ほんとだ!」
「ファイントラック以前のTOMIXの組み立て式レールは道床部分の色が茶色であったのだ。今のTOMIXのレール・ファイントラックはグレーになっておる。ジョイントの形状も変わった。ゆえ、これはかなり古いものであろうの」
「もしかすると、昔あったっていう鉄研の先輩たちの残したものかなー」
「そうかも知れぬ。華子くん、さらに探索するのだ。先輩たちの残したものがまだあるかも知れぬ。それがなぜ鉄研が続けられなかったかの謎につながるかも」
「そうだよね。あいあいさー」
さらにガラクタの山に挑む華子を見て、総裁は腕を組んだ。
「うむ、とはいえ斯様な戯れに興じていても先は見えておる。ジリ貧になるドカ貧になるか。かくなる上はここに我が領土、主権国家を宣言し、五族協和の王道楽土を開く聖断に至るのであるな」
「そんな勝手なことしたら生徒会が阻止に攻めてくるわよ」
先生がツッコむ。
「おお生徒会。なるほど生徒会は忌むべきゼーレ配下の実行機関であったか。斯様な事態に鑑み、わが鉄研はついに一大決心を持って堅固なる阻塞物、臨時堡塁を築き、校舎を封鎖、籠城し、電動エアガンにて生徒会とこの海老名高校校史に残る大銃撃戦を」
「しないの! そのネタはものすごくずーっと前にゆうきまさみ先生の『究極超人あ~る』にやられてるわよ!」
「うっ、そうであったか。ああ、学園モノは競争率が高く、なんとネタかぶりが多いのであることよ」
「詠嘆で終わらせないの。それなのになんであんな古文の成績が悪いの?」
先生が詰める。
「それとこれとは別であることよ」
「別じゃない別じゃない」
「まあ、対抗して、他にもテツのイラスト描く子が少し出てきてる」
「それも想定内である」
「ホリエモンじゃないんだから」
「金で買えないものなんてない。部員が足りなければ金で買えば良い」
「ホリエモンはそんなこといいません!」
「ぼくホリエモン~」
「ドラえもんみたいにフシを付けない!」
「そういや、何かが足りないと思ったら、この鉄研、ツッコミがいないよね。
顧問の先生がそれやるのは無理だし。全員総ボケって、ねえ」
その時だった。
「あ! この人すごい!」
「どうしたの」
皆がノートを覗きこむ。
「……なにこれ!」
「『珍百景』!」
「もう。テレビネタは風化しやすくて残らないからやめたほうがいいわよ」
「というか、発電用ディーゼルエンジンの精密図解断面図書いてる人がいる!」
「すごい!」
「想定外である」
「何? コメント書いてある。読むわよ。
『ツバメさんの作品いつも楽しみに拝見しております。本当にいつもながらなんともよい風情、情景があって素敵ですね。しかし細かいこと書いてすみませんが、一部不正確なところがあるのではないかと存じます。まずこの編成のころの『北斗星』に連結されていた電源車カニは、まだ発電機更新工事を受けていなかったと思われます。また電源車次位に連結されていた緩急B寝台車オハネフですが、雨樋の変更について……』」
「うわっ、細かいっ!」
「ムダに細かい! 細かすぎ!」
「うむ、これは大変な有望株。単なる指摘にとどまらない、あふれかえる芳醇な才覚を感じるものであるな。よし、この投稿者の正体を暴き、わが鉄研空間にひきずりこみ、鉄研部員とせしむべし!」
「なんで私たち『悪の手先』にされちゃってるの」
「それに鉄研空間、ってナニ?」
「あーるときは、正義の味方♪」
「すぐ歌わない!」
そのとき、ツバメがその雰囲気を変えながら、さっそくペンを走らせていた。
「コレは私に対する挑戦ね! やられたらやり返す。倍返しよ!」
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