第3話 ひみつコレクション

1 闇

「ところが、である」

 真っ暗な闇の中で、声が聞こえる。

「部員数があれから一向に増えない」

 重々しい声。

「なぜだ」

 御波がその真ん中で、パイプ椅子に座って、かたかたと震えている。

「それは、総裁のやたら回りくどいあの独特の口調に辟易した、という生徒会ご意見箱への投書が120件、その結果のゲシュタルト崩壊した子が10件、うち2件は本当に救急搬送という現状があるから……」

 沈黙。

「今一度問う。なぜだ」

「もう、こんなのやめましょうよ! 私のことなんか、ただの平凡な、よくいる鉄オタ娘としか思っていないくせに……。

 もう、私……、私……!」

 御波は精神的に追い詰まっている。

「君には、失望したよ」

「期待!? 期待なんかはじめからしてなかったくせに!!

 もうダメだわ……助けて……!

 お母さん……! 私は、どうすればいいの……!」

 嗚咽する御波。


「誰がお母さんよ!」

 その声とともに周りが突然、明るくなった。

「写真部の暗室借りて何やってんの? と思ったら」

 ざっと暗幕を開けて明かりをつけた声の主は顧問の先生である。

「ゼーレごっこ」

「私、赤木リツコ博士やれて楽しかったのにー!」

「うむ、御波くんさすがの熱演であった!」

「いやー、総裁の碇司令声、迫力あったんで、つい嬉しくてちょっと頑張っちゃった」

 先生は更に呆れる。

「エヴァネタもいいかげんにしなさい。第一、あなたたちそんな歳じゃないでしょ。まったく、模型工作に感光レジンを使うからって写真部の暗室借りてあげたら、あなたたち、いったいなにやってんの。ほんと、バカねえ」

「バカじゃないですー!」

 なぜか今度は華子がムキになっている。

「そういうバカじゃなくて。ほんと、華子はバカって言葉にリニアに反応しすぎよ。まあ、確かに入学直後試験の成績は、ねえ。でもここまで疾風怒濤でいきなり4人まで部員が増えたのに。このところ正直、停滞してるんじゃない?」

「それはもっともな指摘、正鵠を射たご意見であるな。さすが慧眼の顧問教諭であるのだ」

「顧問の先生ヨイショしてどうするのよ。このままだとゴールデンウイークに企画した初めての鉄研旅行が台無しになるわよ。いいの?」

「よくありません!!」

 4人は声を揃えて言う。

「ふざけるな! 大声出せ!」

 先生が言う。

「イエッサー!」

 4人の声が揃う。

「あなたたち、『フルメタル・ジャケット』も知ってるの?」

「サー! イエッサー!」

「総裁、あなたがみんなに映画見せたの?」

「サー! ノー、サー!」

「気に入った! 家に来て『電車でD』を遊んでいいわ」

「先生どういう気に入り方なんですか……」

「というか、先生もノリノリでハートマン軍曹やらないでください!」

 先生は笑う。

「先生もテヘじゃないですー!」

「かといって部員増強策はワタクシの灰色の頭脳でもなかなか思いつかぬのだ」

 総裁がそう打ち明ける。

「それにここまでの路線で部員増やすのは、正直もう限界ですよ」

 御波もそう困り顔である。

「キラ総裁、正直、みんなに嫌われているし。そのうえ嫌われてることぜんぜん気にしてないし。いい加減すこし気にしてほしいぐらいですよ。ヒドイっ」

「まさにキラキラワレ」

 総裁はそう茶化す。ぜんぜん真に受けようとしていない。

「『キルラキル』みたいに言わないの!」

「先生だってそういうネタのわかるアニオタじゃないですか、ゼーレごっこ楽しかったのにー」

「アニオタ趣味は今や成熟した大人の女性のたしなみなのよ。クールジャパンって」

「先生、それはヒドイ」

「ひどくないひどくない」

「そして、この海老名高校生徒会名物の『みんなの寄書き落書き帳』、通称『生徒会ノート』に」

 先生はコピーを取り出す。

「こんなやたら風情たっぷりの雪景色を行くDD51北斗星仕様の重連牽引のJR北海道編成の寝台特急『北斗星』を描いたのはだれ?」

「ばれちゃいましたか。鉄研入部の勧誘活動の一環と思ってたんですが」

「ツバメちゃん絵うまいもんなー」

「鉛筆描きとは思えぬほどの精細で精緻かつ芳醇な描写はさすがである」

「やっぱりツバメね。まったく、こんな非常識なことは」

 先生の次の言葉をツバメが覚悟すると、

「もっとやりなさい!」

 顧問の鼻息荒く褒める言葉に、みんながくっとコケた。

「あなたの絵は売り物になるわ! すごく上手いわ! なにかに使えないかしら!」

「確かにディーゼル機関車の重量感、質感、排気の枯れた煤の汚れと動きのダイナミズム。まさしく申し分なし、なのである!

 うむ、これは大きな武器である。おそらくかの堀越技師が烈風・烈風改で成し得なかった真の決戦兵器足り得るぞよ。ゆえ、この急を告げる押し詰まった戦局の打開、本土決戦の勝利の日のために、これは鉄研総裁であるワタクシからの絶対鉄研甲一号指令である。

 ツバメくん、毎日1ページずつ、鉄なイラストを生徒会ノートに連載したまへ! 

 そして鉄道趣味のある部員を誘引するのだ!」

「ええー!」

「いやなのか?」

「いいよ!」

 またがくっとみんなコケた。

「人型決戦描画兵器ツバメ初号機、リフトオフ! 生徒会から拒否られるリジェクトされるまで、ゴールデンウィーク前は描いて描いて描きまくるのだ!」

 高らかに宣言する総裁。

「ところでツバメちゃん、何枚もすでにこの生徒会ノートに描いてるけど」

「なあに?」

「ツバメちゃんのイラスト、出てくるキャラクターは女の子ばっかりなんだけど、男の子は描かないの?」

 御波の指摘にギクッとして鉛筆を落とすツバメ。

「いや、あは、それは男なんかいまさら描いてもつまんないかなーとか。あははー」

 ツバメはそうはぐらかそうと必死だ。

「よいではないかよいではないか。可憐なる女子と雄々しき自然に挑む鉄道車両、静と動の対比。実にモチーフとしてステキなのである。ああ、なんとも佳い。今後が楽しみなのだ」

 総裁はそう言うが、しかし、御波と華子は、じわりとくる嫌な予感を感じているのであった。

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