4 職員室前

「あの……、言っていいですか?」

 御波はクラスからずっと離れた学校事務室の前まできて、ようやく言葉が出た。走って逃げて息が少し切れていたが、それよりもキラのあの口調ですっかり胸焼けしているのだった。それはツバメも同じようだった。

「いいともー! は古いかのう。放送が終わってから随分経ってしもうたからの」

 キラはあんなことをしておきながら、息が切れた二人の前でとぼけている。

「というか、これじゃ、もうクラスに戻れません! これからこれじゃ、学校生活が無理すぎる!

 私の3年間の高校生活が暗黒時代になっちゃう!

 せっかく中学のイジメから逃げようとして受験勉強頑張ったのに!」

 御波は堰を切ったように抗議を叫んで、さらに息が上がっている。

「よいではないかよいではないか。暗黒もまた風味絶佳なときもあるぞよ。闇は暖かい毛布のようなものでもあるのだ。ましてあんな腐ったクラスに戻る必要は爪の先ほどもない」

「なくありません!」

「そうかー。うぬう」

 キラはここでなぜか照れている。

「ヒドイっ!」

 ツバメも抗議するが、そのとき、突然、キラの顔がさっと真顔になった。

「キミタチ、そもそも考えてもみたまへ。

 あのまま、キモいって遠巻きにされるのを我慢していても、

 こうして『アイタ クチガ フサガラナイー』をしても、

 そのあとの『結果』は、『同じ』であろう?」

 階段の踊り場から差し込む陽の光を背にしたキラの顔に、御波とツバメの顎が驚きにカックンと落ちた。

「3年間我慢を強いられることは、どっちにしろ同じであるぞよ。

 そもそもあんな凡庸なマグルどもに、そのあふれる才能とムダ知識を合わせよう、脱オタしようというのが、そもそもまず無理といふものなのだ。

 それだったら、3年間、鉄研で好きなだけ鉄オタ生活を貪欲に楽しんじゃったほうが、お得で正解、ではなかろうか?」

 唖然とする御波とツバメ。

 ……この女の子ひと、どこまで本気かわからん。

 御波とツバメは、無言ながらそう同意してしまった。

「なかなかこれで本気なんだな」

「ええっ、思ってること、なんで分かるんですか!」

「ワタクシはエスパーなんだな。エスパー4級」

「なんですかその英検4級みたいな『たしなみ』的エスパー能力!」

 いやそこじゃない。しかし御波は涙を拭っている。

「それに鉄道研究公団ってなんですか。鉄道研究部でいいじゃないですか。公団って勝手に名乗っていいんですか? 『公団法』とか何とかがあるんじゃないんですか。大昔の鉄建公団じゃあるまいし! ヒドイ!」

 そこじゃない。ツバメも言い返すが、どこかふたりともピントがずれた話である。

「おおー、だんだん乗ってきたのう。よいよい。よきかなよきかな。

 そう、まず世界に君臨する『鉄道王』への第一歩はここ神奈川の交通の要衝、海老名から! なのだ。

 そしてこれからまず職員室に行って、同好会の設立をブチあげる!

 それにより、過去の栄光から、このドグサレた凡庸どもの小汚い泥靴で踏みにじられたこの高校の校史に、この3名の燦然と輝く名を刻みこむのだ!」

「なんなんです……キラさんのそのやたらと疲れる言い回しは」

「厨二病も4級」

 キラは平然と答える。

「はいはい、そうですか……」

 すっかり呆れ返っていたが、しかし、このキラの言っていることは、悔しいほど、ほんと、そのとおりなのだった。

「……もう、要らない我慢をすることは、ないのかも」

 しばらく黙っていた御波がつぶやく。

「そうかも」

 ツバメも続く。

「自由に過ごす学校生活は、ほんとうに楽しいものだとワタクシは思料するのだ!」

 キラはなおも叫ぶ。

 御波とツバメは、目を見開いて、言った。

「そうですよね!」


 職員室では、3人がきたとき、担任の先生はすでに笑っていた。

「見てたわよ! 久々に『活きのいい厨二病』拝見しちゃったから、ほんと、胸躍ったわ!」

 周りの他のクラスの先生もクスクスとこらえている。

「ほんと、まるでラノベの本みたい! あんなことあったのに、元気ですっかり私も嬉しくなっちゃった!

 同好会設立に必要な書類はこれとこれ。書いて提出して。

 私にも一枚噛ませて。あなたたちの同好会の顧問、やってあげるから、部への昇格に向けてがんばりなさい!

 ほんと、あなたたちには期待してるわ!」

「はい!」

 声を揃えた3人によって、海老名高校鉄道研究公団『エビコー鉄研』は、本当にこれでその記念すべき第一歩を記したのだった。


 でも、記してしまって、ほんとうにいいのか!?


 つづくっ!!



###コメント###

 2019年11月14日『鉄道の日』記念でこのアンコール版を作成しました。アンコール版では大幅に表現の見直しを行っております。

 作品は2015年初稿時点の状態を再現しているため、現在と違うところがあります。

・『トワイライトエクスプレス』は定期運行だけでなく『特別なトワイライトエクスプレス』としての運転も終えて完全に引退し、今はその一部の車両が京都鉄道博物館に保存されているだけで、コンセプトを継いだ『トワイライトエクスプレス瑞風みずかぜ』が代わって現在運転されています。

・また上野駅13番ホームもこのころはまだ日々発着する寝台列車がいくつもありましたが今は豪華周遊列車『トランスイート四季島しきしま』が数日おきに発着するのみです。また13番ホームのラーメン屋さんとトイレもなくなり、現在では『四季島』用のラウンジに改築されています。そしてそのホームの向かいにあった廃墟のような旧荷物ホームは13.5番線と改称されて『四季島』の乗客が列車に乗り込むための専用ホームとなりました。……まさに激変。


 テツものの難儀なところはこういうどんどん変わる現実との整合性を考えることなんですよね。でもそれをやるのが書いててまた楽しいところでもあります。

 あと総裁(キラ)の初登場シーン。ここからすべてが始まったんだよなあ……。ちょっとシミジミしちゃいますね。ここから4年間あばれまわったんだよなあ。総裁。

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