3 カットイン・その名はキラ
ええっ??
御波とツバメは目を見合わせた。
誰? そんなこと言ったの?
すると、クラスのみんながいつのまにか、2人を遠巻きにして、一様に目をそらしている。
「……あら、入学式直後からいきなりイジメ? やってくれるじゃない!」
ツバメが口をとがらせて言い返す。
「あいにく、私は武闘派なのよ。やられたらやり返す! 倍返しで土下座を」
でもその時、なんと、すでに後ろの御波は泣きべそになっていたのだ。
「ええええーっ! ここでもう泣くの!? そんなのダメ!」
それに気づいたツバメ。せっかく徹底抗戦を図ろうとしたところでの思わぬ背後の戦線崩壊で、戸惑うしかない。
「だって、私……中学の時にも。それから逃げようと思って、私なりに一生懸命受験勉強したのに……」
ほぼ泣き顔になった御波。
「言わなくていい」
ツバメは気づいて、低い声で遮ろうとした。
「なんで? ただ『鉄道が好き』じゃ、もう、ダメなのかな……」
そう嗚咽する御波につられてツバメも悲しそうな顔になる。教室は一気に陰惨な空気になった。
そのとき、その教室を青色の何かが袈裟懸けに切り裂いた。
「パンパカパーン! おおっと! その泣き顔グランプリでも君は2番手、そっちのキミはセカンドローの3番手だ! 赤いハマの稲妻・京急快特大回転運転で奪ったポールポジションは譲らないぜ!
ててれてれてれ! 先生、なんでカラオケにT-SQUAREの曲がないんですか! あるわけねいだろ、いんすつるめんたるだあれは! はーはっは!」
突然、見知らぬ女の子が乱入してきたのだ。
なんというか、とても形容するのが難しい子だ。
だれにでも似ているし、誰にも似ていない。容姿は平凡なよくいる女の子だ、と思う。
長いポニーテールにキラキラとメタルが光る青い動輪の徽章の髪飾りだけが、彼女を彼女として識別できる印だった。
だが彼女はその観察を許さない勢いで、狂気めいた光を宿す瞳の下、よく動く口からほとばしる
「そして! 君たちそれを傍観して巻き込まれまいと思っているこの臆病チキンども! キミタチは、ああっと河合さん電気系のトラブルでしょうか! 突然スローダウン、エンジンブローも併発してことごとく予備予選落ちだぁ! 本戦に進めるのはわずか4台! 全く、なんというサバイバルレースだ! というかもはやなぜこれでレースが成立するのかがわからぬが、それはそれでヨイぞ、ヨイのだ!」
「なんなのそれ!」
いじめっ子が応戦する。
「おおっと! 君ィ! さっきの『キモイ』の声は君の声だな! 最近本放送ではちょっといろいろギリギリな沢口靖子の率いる京都府警科捜研チームの音紋照合でなくてもその声は完全合致だー!」
キラはビシーッと彼女を指差してキメる。
「何よあなた!」
「あんたぁ、はないなあ。
ワタクシはこの小田急線・JR相模線・相鉄線の交わる神奈川県県央部の交通の要衝・海老名に立地するこの高校を手始めに制覇し、ワタクシは!『鉄道王』を目指す!
この親につけられてしまって、生まれたその日からずっと後悔ばかりのこのキラキラな名前を、直ちに今すぐそのぶくぶくフォアグラな頭脳ではっきりと覚えてくれたまい!」
「……あなた、頭おかしいわよ!」
「ああー、あたまおかしいよなー。たしかにそうだ。あの福島の広大な野山に撒き散らされたあれほどの放射性物資を全部ことごとく人手で洗い流そうとか、いつくるかわからんトリプル震災なんていう正気の沙汰ではない化け物相手に高さ32メートルの防潮堤を太平洋岸に張り巡らせとかいう土建屋バンザイそんな予算どこにあるんだ全て税金だろ! その上日銀が紙幣刷ればなんでも解決リフレ万歳! なこの『美しい国・日本』らしい、あたまのおかしさだー!
うん。それは実に正しい。正しいぞ。そして正論は人を容易に激怒させる。だが! ここでもう一つの正論!」
キラはなおも狂気すれすれで叫ぶ。
「他人の趣味を捕まえてキモいとは、いったいなんであるのか!
そういうキミらもそんなこといいながら凡庸な『意識高い』オニャノコとしてこのままお受験に就活・婚活・妊活そして終活とマスコミに乗せられ煽られ毎回トンマ活動をする『トン活』娘だー!
たんなるトンカツはわが故郷名古屋の誇る味噌カツにはエクストリームお昼ごはん、ピカピカ高校一年生のキラさんに昼がきたー! ではエイトフォーティー回転してもぜーったいに勝てないのだ! それはコメダコーヒーのめにゅーにも価格差として記されている明白な事実なり! 裁判長、ここで検察側は甲1号証としてコメダコーヒーのめにゅーを!」
「あ、あの、勝つとか勝たないとか」
いじめっ子は困惑を通り越して口を半開きにしている。
「あっはははは! 制空権は完全にわが手のひらの中! 我に追いつく敵機なし!
おおー! これは
キラはいつの間にか、いじめっ子の顔を片手にとって更に追い詰めている。
まさに無双……ッ!
「よいよい、許してやろう寸時の恩赦を与えよう。ワタクシはそこまで無慈悲ではないのだ。ワタクシは北の将軍様とは違うのだよ将軍様とは!」
彼女、キラはそこでさっと見得を切るように振り返った。
「さあ、キミタチ! ツバメ君と御波君!
かのSF大作家筒井康隆センセーも作品中でおっしゃっているぞ。
『全ての道は廊下に通ず』!
今すぐ、直ちに、速やかにこんなドグサレたクラスを出ていくのだ。
そしてともに声高らかに宣言しようぞ!
我らの望む心の拠り所、心の楽園、王道楽土としての、
『
「あ、あの、それって、平たく言えば」
御波が困惑をさらに深くしている。
「ああ。大昔この学校にあった伝説の鉄道研究部を我々の手で復活させるのだ。今から先生にその相談に職員室へゆくのだ! ゼンはイソゲだー!」
さっきのイジメの女の子は力なくがっくりと崩れ、そのまわりの子を含め、クラスはドン引きも通り越して、すっかり唖然としている。
まるで硝煙がたなびく廃墟のような空気で、あいた皆の口が黒く見えるほどだ。
「ははは、わが必殺技『アイタ クチガ フサガラナイ』の戦果は赫々たるものなり!
おお、この威力! 圧倒的な面制圧火力! すばらしい! これは
はっはっはっ、見給え! この沈黙を! この静寂を! 人がゴミのようだ! 3分間待ってやろうと言った特務の青二才の気分もかくや!
この圧倒的な破壊の戦果をご覧になれば、無念に倒れなさった泉下の皇軍の先輩方もまさに感涙なされるであろうぞ。
そして御波くん、直ちにその涙を拭き給え、なのだ」
そして彼女が差し出したハンカチは、E5系新幹線『はやぶさ』がデザインされたものだった。
「そして『さあ、行こう』で〆るジャンプ王道マンガの様式美にのっとって。
行くぞ! 御波くん、ツバメ君!」
御波もツバメもボー然としてしまっていたが、その後、理解した。
「ひいい! 逃げろっ!!!」
そうやって、彼女たち3人は逃げるようにクラスを後にしたのだった。
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