第42話 不可能なミッション

 「ソフィアさん、大河さんからの最終確認を連絡します」

与那国島に、一行が到着したと連絡を受けた長澤からだった。

現在、既に、ハワイのマウアのミッションが始まって半ばほど過ぎていた。

ミッションはやはり順調に進み、あと1時間もすれば終わるとの事だった。

従って、それまでにソフィアはリアクターの中に入り準備をしなければならない。

しかし、何事もなく順調にいけば十分余裕がある時間だった。

「ありがとう、長澤。あなたの仕事のおかげで、ここまでなんとか来られた。感謝するわ。これから、リアクターに行きます。大河には、中に入ったらすぐ連絡すると伝えて」

それを聞いていたジョセフが、長澤からマイクを奪った。

「ソフィー、気をつけるんだ。あなたならきっと成功できると信じている。頑張って!」

ジョセフは、そう言って声を詰まらせた。

「ジョン、なんか今生の別れみたいね。大丈夫よ、任せて。それじゃ、行ってくるわ」

ソフィアは、元気そうにそう言うと通信を切った。

そして、ため息をついた。

正直言って、泣き出したい気分だった。

アイゼンハワー以下数名が、護衛で入り口まで行ってくれるとはいえ、その後は独りぼっちである。

しかも、慣れない海の中だ。

いくら気丈なソフィアでも、足が震えた。

護衛のダイバーは、既に海の中で待機している。

海は、月の影響があるとはいえ幾分穏やかであった。

「行くぞ、ソフィア!」

アイゼンハワーは、そう言うと海に飛び込むのをためらっていたソフィアの背中を有無言わさず押した。

「キャアー」

海の中に入りばたばたしていたソフィアの首根っこを、アイゼンハワーは鷲づかみし体制を整えようとした。

あれだけ島に行く途中、オスプレイの中でダイビングの基礎知識をレクチャーしたにもかかわらず、ソフィアは水に動揺したのか全く泳げなかった。

アイゼンハワーは、それでもソフィアに一端深呼吸をさせた。

すると、やっと正常心になったのかソフィアは自力で泳ぎ始めた。

それを見たアイゼンハワーは、護衛の1人に手招きし、2人でソフィアの両手を強引に引っ張り潜り始めた。

リアクターの底部にある入り口付近まで行くのに、やはり20mほど潜らなければならなかった。

だが、そこまで行くのにそれほど時間はかからなかった。

ソフィアが海に入り、20分もすると目的の場所に着いた。

ソフィアは、青白い光りを放つリアクターの壁を触る。

すると、壁に亀裂が入り、そこが少しずつ開きはじめ明かりが漏れてきた。

しかし、リアクターの入り口の開くスピードが遅い。

中に海水が入っていくのが見える。

たぶん、水圧がかかっており一気に開かないのである。

2千年前、ここは陸地であった。

その後、地殻変動が起こり、この地が海の中に沈降するとは異星人も想定しなかったのであろう。

操作室に続く廊下は、海水で埋まった。

やがて、入り口は完全に開いた。

それを確認しソフィアは、アイゼンハワーに戻るよう手で合図した。

アイゼンハワーは、親指を立て護衛と一緒に戻っていった。

ソフィアは、気合いを入れリアクターの中へと進む。

すると、ドアが閉まった。

そして、ソフィアはこの海水が抜けるのを待つ。

しかし、一向にリアクターが海水を排水する気配がない。

仕方ないので、ソフィアは操作室へと向かった。

嫌な予感がする。

まさか、操作室が海水に浸かったままになるとはこの時想像さえしなかった。

というか、そこまで気が回らなかったのが正直なところだった。

しかし、この事態は今後ソフィアにとっては致命的な失敗となってしまう。

ミッションは、正味2時間ある。

酸素ボンベは、念のため2本積んでいるが、もう既に30分以上経っている。

素人のソフィアが消費した酸素の量は、相当なものであった。

レギュレーターには残量のメーターが付いており、1本目の残量はもう少ししかない。

暫くすると、2本目に切り替わってしまう。

2時間持つか持たないかの量しかない。

もう少し気を回していれば、アイゼンハワーにボンベをおいて貰う事が可能であったはずだ。

しかも、呼び戻している暇はもう無い。

「なんて事よ。なんで、こうもうまくいかないのよ!」

ソフィアは、ボンベを横に置きパネルの前の椅子に座った。

浮力でうまく座れない。

なんとか、腰を落ち着けレバーを握った。

すると、体を包み込むように椅子から柔らかい素材の物質が出てきた。

「やあ、ソフィア。やっと連絡がついたな。さすが、最後の使者だ。君がリアクターにたどり着く事を、みんな心待ちにしていた。おめでとう!」

パネルの上部に大河の顔が写り、ソフィアの勇気を称える。

と同時に顔を曇らせた。

パネルの向こうには、ダイビングマスクをつけたソフィアがおり、そのレギュレーターから空気の泡が出ているのを確認したからだ。

大河は、ソフィアに聞く。

「どうしたんだ、ソフィア。水の中なのか?」

「大河、どうやら異星人のくそ野郎、リアクターが海の中という設定は眼中に無かったみたいでこの有様なの。だけど、リアクターの操作には問題ないわ。それだけは、救いね」

ソフィアは、吐き捨てるように答える。

どうやら、ダイビングマスク状態でも大河との意思疎通は問題なかった。

それを聞いた大河は、不安そうに言った。

「ソフィア、後少しでマウアのミッションが終わる。それから2時間ミッションが続くが、酸素は大丈夫かい?」

ソフィアは、暫く黙っていた。

そして、重い口調で言った。

「それが、私とした事が、てっきりリアクター内がこの状態になる事を想定していなくて、ボンベは後1本しかないのよ」

それを聞いた大河は、近くにいたジョセフにアイゼンハワーと連絡を取りソフィアのボンベの種類と通常でどのくらい呼吸が持つのか、そしてボンベの中の酸素を最大限持たすための方法を併せて教えて貰うよう至急指示する。

ジョセフは、その英語混じりの日本語を何とか理解し慌てて大学に戻った。

リアクターは、使者を守るため不死身の体を提供しているはずである。

現に、ケビンは1週間も土の中で生き抜くことが出来ている。

しかし、それはあくまでもリアクターが機能している間である。

しかも、使者が生きていくための酸素が徐々に供給されなくなるシチュエーションなど想定されていない。

現に、部屋の中に海水が入ったままミッションがスタートされるのである。

それを考えると、リアクターが絶対にソフィアを守ってくれる保証などどこにもなかった。

大河は、パネルに向かいソフィアの顔を確認し言った。

「ソフィア、慌てるなよ。今から君の呼吸をミッション終了の時間まで持たせるための方法を考える、それまで頑張れ! それと、これだけははっきりしている。あまり興奮するな。余計な呼吸は控えるんだ」

そんな事言ったって、私潜水するなんて初めてだけど・・・ 

そう思いながら、大河の言うとおりソフィアは息を整えた。

あと数分で、ハワイのミッションが終わりを迎えようとしている。

大河は、ソフィアの身に危機を感じた。

ソフィアの酸素はミッション終了まで持つのか? 

そして、その後リアクターを脱出しなければならない。

その事まで考えると、絶望的な感じがしてきた。

「なにか、方法があるはずだ。まだ時間はある。考えろ、大河!」

大河は、また自分に言い聞かせた。

暫くすると、ハワイのマウアから連絡が入った。

「大河さん、もうそろそろクールダウンの時間じゃないかしら? こちらのパワーが不安定です!」

パネルを見ると、ミッションの時間がもうとっくに過ぎている。

大河は、慌ててマウアに言った。

「ごめん、マウア! 至急、クールダウンだ! ソフィア、聞こえるか! 予定通り月に照準を合わせてくれ!」

マウア、ソフィアそれぞれ了解し合図を返してきた。

マウアのクールダウン、そして、ソフィアの月への照準が合ったのを確認した大河は、発射の合図を出した。

「ファイヤー・・・」

なるべくエネルギーを使わないよう、ソフィアの声は小声になった。

そして、最後のミッションが、何はともあれスタートする。

ミッション開始から丸半日たった今、確実に月は地球から遠ざかっている。

12時間前、目視であり得ないぐらい大きかった月がみるみるうちに小さくなり、今はもう普段の月の2倍くらいの大きさまでになっている。

世界中の人々は、もうこれで脅威が無くなったと安堵していた。

しかし、ミッションは確実に終わっていない。

パネルのメーターが、まだ100%になっていないのだ。

ソフィアがミッションを失敗すれば、間違いなく月の落下は再度始まり、今度こそ地球への衝突は免れない。

ミッション失敗を誰も望んでいないが、その可能性を示唆する情報が大河の元へと届けられた。

「大河さん、やばいです。司令官と連絡が取れ、ソフィアさんのボンベのタイムリミットを聞いたのですが、後せいぜい持って1時間半です。酸素消費量は、個人差があるのですが、ソフィアさんは素人だし今緊張の連続で消費が激しい事を考慮するともっと短くなる可能性があります」

息を切り、長澤が報告してきた。

側で長澤に事情を確認したジョセフが、嘆きながら片言の日本語で言った。

「それじゃ、ソフィアが持たないじゃないか! どうしたら良いんだ、大河!」

大河は、すかさず長澤に聞いた。

「消費を押さえる方法は?」

「はい、今言いましたように消費は随分個人差があります。とにかく、安静にすればそこ30分くらいは十分伸びるそうです!」

長澤の説明に、大河とジョセフはため息をついた。

そして2人同時に叫んだ。

「たった、30分!」

ソフィアの酸素消費量を推測すると、ボンベの残量は1時間半、そして節約し更に

30分、どうひいき目に見ても最大2時間。

今からだと始まったばかりなので、なんとかミッションはクリアできるかもしれない。

しかし、ソフィアがリアクターから脱出する時間が到底無い。

中まで迎えに行ければいいが、せいぜいミッションが終わって外で待っているしかない。

しかも、ミッションが終了するまで、リアクターに近づく事さえ出来ないのである。考えただけで、万事休すである。

大河は、両手をレバーから外し頭を抱えた。

「何やっての、大河! ちゃんとナビしないと月がスコープから外れちゃうじゃない。もう、私の覚悟はできているのだから何も嘆かなくて良いのよ、大河」

ソフィアは、大河に語りかける。

大河は、ふと我に返り両手を再びレバーにかけスコープの修正をした。

そして、ソフィアに言う。

「まだ、そうと決まった訳じゃない。何か、別の方法があるはずだ。君は、なるべく呼吸を整えるんだ。わかったな、ソフィア!」

ソフィアは、大河にゆっくり諭すように言った。

「うん、そうする。でもね、大河、もう良いの。さっき、レギュレーターの酸素残量のメーターを調べたの。どうみても、後1時間ほどね。それでも、何とかミッションはやり遂げるわ。そうでなきゃ、ここまで頑張った意味がない。あなたには、本当に感謝しているわ、大河。後残りの時間頼むわよ。私が死んでも、このミッションが成功すれば、私がこの世に存在した意味がある、ここまできたらそれで十分よ」

大河は、頭を振った。

「それじゃだめなんだ、このミッションが成功しても君がいなきゃ意味がないんだ、ソフィア。まだ、俺は諦めないぞ。後まだ1時間ある、何か方法があるはずだ。諦めるな、ソフィー!」

大河は、そう言うと、長澤、ジョセフと共に何か打開策がないか頭を絞り考えた。

時間だけは、刻々と過ぎていく。

長澤が付けている腕時計の秒針を刻む音が、やけにはっきり聞こえた。

ソフィアは、なるべく酸素を温存するため今は声も発しない。

しかし、呼吸の音は漏れてくる。

少し苦しそうである。

それが、また大河の心を打つ。

最後のリアクターを見つけた時みたいに頭が働かない。

大河は、狂いそうに焦った。

そして、ついにその時が訪れる。

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