第39話 見せかけの進捗

【西暦20××年4月16日20時10分】

 ミッションの第1段階であるオーストラリアのリアクターの役目は、もう少しで終わろうとしていた。

「ケビンさん、もうやがて2時間になります。ご苦労様でした。私の合図とともに、椅子の下にあるレバーを少しずつ下げてください」

大河は、そうケビンに言うと続けて中国の使者村民に連絡を取った。

「村民、準備はいいかい?」

村民は、多少緊張気味に答える。

「いつでも良いわよ、大河」

それを確認すると、大河はケビンに言う。

「ケビンさん、クールダウンしてください」

その言葉を聞いたケビンは、手元中央下にあるレバーを手前にゆっくり戻し始めた。すると、リアクターの轟音と照射されていた光が徐々に収まっていった。

「今だ、村民! 発射してくれ!」

大河の言葉を聞き、村民は発射ボタンを押す。

ケビンの時と同様、激しい音、そして振動とともに桂林にあるリアクターから青い光りの矢が放たれた。

絶妙のタイミングで、ケビンから村民にミッションは引き継がれた。

オーストラリアのリアクターは、レバーオフ状態にしたと同時にパネルの表示から操作レバー等全く動かなくなった。

異星人は、各リアクターが1回きりの使い捨てとなっており、その使命が終わると同時その機能が失われると言っていた。

青い炎のような光りに包まれていたリアクターの表面は、その輝きが無くなり、今は漆黒の壁が見えるだけである。

ただ、操作室と大河との連絡のみの機能は残されていた。

「ケビンさん、ご苦労様でした。これからは、しばしこのミッションが成功するのを見守ってください」

大河は、村民に指示しながらケビンの仕事をねぎらう。

「ありがとう、大河。君も頑張ってくれ!」

ケビンの励ましを聞きながら大河は頷くと、中国のリアクター操作に集中した。

村民のリアクターは、ケビン同様順調にミッションをこなしていく。

絶えず月の測量をしているNASAの発表では、月の自転に勢いがついてきているのは確かであり、遠心力により地球から離れつつあるのが更に確認された。

その発表に、アメリカは元より全世界は歓喜した。

ミッションは、着実に成功へと進みつつある。

オーストラリアのミッションから、中国へのミッションへと引き継がれ、更に2時間あまりが過ぎようとしていた。

「村民、そろそろ君のミッション終了の時間だ。説明した通り、クールダウンを始めてくれ」

村民は、大河の指示を聞き、手元中央下にあるレバーを手前にゆっくり戻し始めた。それを確認した大河は、次のミッションの使者、パシキロフと連絡を取った。

「パシキロフさん、準備は良いですか?」

パシキロフは、大河に声をかけられるまでお祈りをしている。

手を合わせ、閉じていたまぶたを開いた。

「大河さん、いつでも行けます。すべては神の御心の元に・・・」

大河は、面倒くせえなと思いつつ村民のクールダウンを確認した。

と同時に、サンクトペテルブルグのリアクターによって崩壊したペトロパヴロフロフスク要塞あとにいるパシキロフに発射の指示をした。

「発射!」

パシキロフは、大河の指示通りボタンを押した。

村民の時と同様、完璧な引き継ぎである。

そして、ロシアのリアクターも、順調に月の自転に力を与えていく。

ミッションは、確実に進んでいるように見えた。

ミッション開始当初から固唾をのんで見守っていたソフィアは、ミッションが滞りなく進んでいる事にほっとしている。

ミッションの邪魔になると思い、大河には開始から声をかけていなかった。

しかし、3人の使者が見事に仕事を遂行してくれているのを見て思わず呟く。

「神様、このまま順調に最後まで終わらせてください・・・」

ソフィアは、ミッションの進み具合を国連と合衆国に行う必要があると感じ、大河に一端タワーから出る事を伝えた。

大河は、パネルを見ながらソフィアに言う。

「了解した、ソフィア。ミッションは、すこぶる順調であると伝えてくれ。このままで行くと、後8時間ほどでミッションは完了するはずだ」

「わかったわ、大河。この状況をみんなに報告してからまた戻るわね」

そう言い残すと、ソフィアは大学に戻っていった。

パシキロフのリアクターさばきは、少々心許ない所もあったが、練習に時間をかけただけあって大河の修正指示は殆どいらないほどである。

「パシキロフさん、すこぶる順調です」

大河がそう言うと、パシキロフは調子に乗り言う。

「神が味方をしています」

冗談か本気かわからないパシキロフの言葉に少々食傷気味の大河は、それとは別に少し周りを見渡す余裕ができた。

ふと、ミッション開始リミットを告知するバロメーターとは別に、その横にあるこのミッションの達成度を示す左側のもう一つのバロメーターに目をやった。

バロメーターの緑のラインは、ミッションの進捗度を示している。

バロメーターが緑のラインで埋まれば、このミッションは成功であると異星人は言っていた。

しかし、100%に達しないといずれまた月の落下が始まり驚異は振り出しに戻る。リアクターは、一度使うとエネルギーが尽きるので二度と使えなくなる。

そうなると、ミッションは事実上失敗である。

最初、オーストラリアのミッションが進むにつれ、緑のラインは着々とバロメーターに刻まれていった。

中国のミッションが終了し、ロシアのミッションが進んでいる今、大河はこの緑のラインの進み具合が気になっている。

「2つのミッションは、それぞれほぼ2時間で終了している。どこかのミッションで、余計に進捗が進めば別だが、このまま行くと少し足りない・・・」

大河がそう呟いていると、報告を終えたソフィアがタワーに戻ってきた。

大河は、ソフィアの方を向きながらパネル右にあるバロメーターを指さす。

「ソフィア、帰ってきて早々申し訳ない。ちょっと気になる事がある。聞いてもらえるかい?」

大河は、そうソフィアに問いかけ、パネルのメーターの左右を向いた。

ソフィアは、大河の指す方向を見ている。

「このメーターの進捗具合を見てくれ。どうも、進み具合いが遅いように思うのだが、君これ見てどう思う?」

ソフィアは、大河に言われ考える。

もし、6人の使者が均等にミッションを成功させていけば、1人あたり約17%程度緑のラインが増えていかなければならない。

今、2つミッションが終わり、そして3つめが始まっているので、現段階で少なくとも40%は超えているはずだ。

しかし、緑のラインを見るとどうひいき目に見ても30%ぐらいしかない。

「何かおかしいわね。進捗が遅い。明らかに遅い。これって、どう考えたらいいの、大河?」

ソフィアが、不安そうに大河に聞き返した。

「自分も正直わからないんだ。このまま、どこかのミッションで帳尻が合うのか? 例えば、最後のミッションで、他のリアクターよりも強力なエネルギーが照射される可能性もあるのだが・・・」

その考えにソフィアは反論した。

「今回、このミッション終了はハワイだけど、開始時間によってはその場所が変わる可能性だってあったわけよね。それだと、大河が言うように、どこかのリアクターで帳尻が合うとは必ずしも言えない。それよりも、この最後の穴を埋めるミッションが他にもあると考えた方が妥当じゃないかしら・・・」

ソフィアの言葉を聞いて、大河は首をかしげた。

「もしそうなら、まだ彼らの他に使者がいると言うのかい?」

大河は、そう言いながらパネルを指さした。

「リアクターがある場所は、ここに示された6カ所しかないよ、ソフィア」

2人は、改めてパネルを見ながら同時にはっとした。

そして、2人顔を見合わせ同時に叫ぶ。

「ここ沖縄も点滅している!」

光りの点は、リアクターがある場所6カ所で点滅していたが、そこばかり視点が集中し、沖縄の地も同じように点滅している事に誰も気づかなかったのだ。

「これが事実なら大変な事よ、大河。ハワイのミッションが終了するのは、このままでいくと後何時間後?」

大河が、慌てて答える。

「あっ、あと、7時間しかない!」

「オーマイガット! これから、ここで使者を捜してシミュレーションしてリアクターに連れてって・・・ どうするのよ、もう! こうしちゃいられない! 私、今から捜してくるわ!」

そう言い残し塔から息も絶え絶えに走り出したソフィアは、長澤らの元に行き新たな使者の捜索を告げた。


みんな、その話を聞き驚いた。

しかし、正直びっくりしている暇はない。

ソフィアから使命を受けた長澤は、沖縄のありとあらゆる行政機関を使い使者の捜索に全力を挙げた。

その捜索にかける精力は、言葉には言い表せないほど目を見張るものがあった。

日本の行政の縦社会は、1度命令されると隅々まで徹底され、そして実行される。

それは、この沖縄でも変わらなかった。

捜索の命令が発せられ、ここ最近瀕死の事故やら九死に一生を得た人物がいないか、必死の調査が始まった。

みんな、祈るような気持ちで使者の情報を待った。

そして、3時間もすると膨大な情報が集まってきた。

しかし、どれも使者に該当するような情報は出てこない。

それを聞いたソフィアは、オーストラリアの時と同じだと思った。

「ケビンのような、隠れたパターンだともうアウトだわ。あと一歩で成功なのに、なんて事なの!」

ソフィアは、泣きたかった。

本当に我ながら情けない。

それを見たジョセフは、ソフィアを慰めた。

「まだ、失敗した訳じゃない、ソフィー。待つんだ」

そう言いながら、ジョセフも胃が痛い。

長澤は、相変わらず矢のような電話対応で声をからしている。

新たな使者が、最後と思っていたハワイのミッションを引き継ぐ時間まで、後4時間少々しかない。

ソフィアは頭を抱えたが、思い直しジョセフに言った。

「リアクターの調整を考えると、あと少なくとも3時間ほどで新たな使者が見つからなければもうだめね。私は、タワーに一端戻るわ。もし、使者が見つかったら急いで伝えに来てちょうだい!」

その後パネルの状況が変わっていないか? 

ひょっとすると実は7人目の使者など初めから無く杞憂だったのではないか? 

そう祈る気持ちで、ソフィアは大河の元へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る