第37話 戦いの始まり
【西暦20××年4月15日16時04分】
ケビンが嘉手納基地に着いたのは、ミッションまであと1日と迫った15日の夕方だった。
ケビンは、服を着替えさせてもらっていたが、本当に土から出てきたままである。
タイフーンで沖縄に向かう途中、食事をと一応軽食を貰っていたがとても食べる気になれず、まだ完全に頭が働いていない感じである。
空港に向かう中、ミッションについての説明を聞いたがどうにもすぐには理解できなかった。
それもそのはず、1週間も土の中に埋まっていた訳でその間呼吸すらしていなかったはずである。
それを一気に取り戻そうとしているのであって、本来なら病院のベッドの中で眠っていてもおかしくない。
「全く乱暴な事だな。俺は、役に立つのか?」
ケビンは、機の中で思った。
そして、タイフーンは沖縄へと到着し嘉手納基地に着陸した。
直ぐさま、アイゼンハワーが出迎えた。
「ケビン=ハイランド。オーストラリアの使者よ、待っていたぞ。急いでくれ、時間がないぞ」
そう言うと、強引にヘリに乗せ首里へと向かった。
首里では、皆総出で迎えた。
とにかく、分刻みのスケジュールであった。
お互いいつものホワイトアウトを経験した後、ソフィアと大河は足がもつれ気味のケビンを両手で抱えタワーに連れて行った。
「ハイランドさん、急がせてすみません。特急便で、シミュレーションしてください」
ソフィアは、大河にケビンのシミュレーションを急ぐよう指示した。
そして、一緒についてきたジョセフにミッションまでの現在のタイムリミットを計算させた。
メインパネルに映し出されたグラフは、後1日あるかないかの数字を示していた。
「ソフィー、少なくとも後30時間あるかないかだ。いや、もっと短いかもしれない」
ソフィアは、いらいらしながらジョセフに言った。
「ジョン、なんで正確な時間がわからないのよ!」
ジョセフが、直ぐさま答えた。
「このパネルのデーターがPCにアウトプット出来ればいいのだけど、どうひっくり返しても無理です。だから、目視で計算するしかない。しかも、パネルに出ているディスプレイのグラフがカメラで分析してもはっきりしない。仕方ないので、アナログの物差しで測るしかない。従って、精度が怪しいんです」
ソフィアは、こんなに文明が発達しても2千年前の科学技術を解明できないなんて、我々の文明ってたいした事無いのだと思わざるをえない。
ソフィアは、ジョセフと大河に言った。
「わかったわ、なるべく急ぎましょう。ねえ、大河!」
近くにいた大河が答えた。
「時間的に、このミッションの出発はケビンさんのオーストラリアからだ。そう思うと、少し入念にやっておきたいのだが、そうも言ってられないな。ケビンさんには、頑張って貰おう」
その期待にケビンは見事に答え、今までの使者が1時間以上かかっていたシミュレーションを30分少々でやってのけた。
「頭が回らない分、感覚で習得出来たような気がする。なんか、国でこのミッションの事を聞いたとき気が重たかったがいやいや良かった。しかし、すごく腹が減ってきた。なんせ1週間、土の中で冬眠していたようなものだからな」
ケビンはそう言うと、用意された3人分の食事を一気に平らげた。
それを見ていた長澤が、気味悪げに言う。
「ゾンビみたいですね・・・」
ケビンの食いっぷりを皆で眺めていると、国連よりオーストラリア中央部にあるエアーズロックにリアクターが出現したとの情報が入った。
「あそこは、私の祖先が崇拝した神の居場所だ。そこに現れるとは・・・」
ケビンの言葉に、ジョセフが答えた。
「たぶん、そこに2千年前神がいたのでしょう。エイリアンという神が・・・」
腹ごしらえしたケビンは、早々に故郷オーストラリアへと旅立っていった。
ミッションを行える、ぎりぎりの時間が刻一刻と迫りつつあった。
9.戦いの始まり(西暦20××年4月16日)
【西暦20××年4月16日12時12分】
ケビンを見送ったあと、ソフィア達はしばしの休息をとった。
時は日が変わり、もう16日の午後になっていた。
ソフィアは、ホワイトハウスに定期連絡を取った。
「月接近による事態は、もはやかなり深刻だ、ソフィア。沿岸部は、ところによって海抜30mぐらいまで浸水している所もあり、被害がますます大きくなっている。頼む、一刻も早くミッションをスタートさせてくれ。国民の、いや、全世界がおまえ達の活躍を待ち望んでいるぞ!」
NSA副長官でありソフィアの叔父であるアーネストは、ディスプレイ越しのソフィアに悲痛な顔をして訴えた。
「叔父さん、そう悲観しないで。こちらの準備は、何とかぎりぎり間に合いそう。オーストラリアのケビンが、エアーズロックでスタンバイできたらミッションを開始できるわ。国連の方には連絡しておいたので、この事を大統領にもすぐ伝えて下さい。きっと、成功するわ。いや、させて見せます!」
ソフィアは、叔父に言うのと同時に自分にも言い聞かせていた。
正直言うと、このミッションのタイムスケジュールが厳しい事は痛い程わかっていたが、まさかこんなに遅れるとは思っていなかった。
ひょっとすると、もう時間的に修正出来ない所まできているのかもしれない。
実際、NASAによると当初ゆっくりだった月の自転の減速が、ここにきて極端に早くなってきている事がわかっている。
しかも、月の位置は元の地球との距離半分くらいまで接近しており、このまま自転が止まれば地球の引力に引かれ瞬く間に地球に落下してしまう。
事実、月の大きさは目視で通常の3倍以上になっていた。
全世界の人々は、月という天体がこれほど人類にとって恐怖の対象となるなんて誰が想像したであろうか。
なんとしてでも、このミッションを成功させ全人類を救わなければ。
ソフィアの肩に、痛いほどの重圧がのしかかっていた。
「もっと早く、せめて1日早く準備できていれば少し余裕があったのに・・・」
ソフィアは、希望とも愚痴ともいえる言葉を呟いた。
一方、大河はソフィアの思いとは裏腹にミッションの準備を着々と進めていた。
「NASAによると、今日これから月の出が最も早いのはオーストラリアだ。ミッションスタートは、夕方18時くらいからか。ケビンさんが、もうそろそろ現地に到着する頃だな。本格的に準備を始めなくては」
そうみんなに言い残し、大河は控え場所になっている大学からコントロールタワーへと向かった。
「ちょっと待って。私も同行させてよ!」
通信室から戻ってきたソフィアが、立ち上がった大河に向かって言った。
「わかったソフィア。ここは、ジョンや長澤君に任せて君もミッションを手伝ってくれ」
もともと、ソフィアは立場が違う使者の1人である。
何かの役に立つかもしれない、そう大河は思った。
大河は、コントロールタワー内のメインパネル前オペレートチェアーに座り、左右にある操作レバーに手をかけた。
椅子が、大河を包み込んでいく。
それを見ながら、ソフィアは後ろに立った。
パネルには世界地図が広がり、リアクターが出現している場所に大きな点が6カ所示され点滅している。
大河は、レバーを上下に動かしながらアリゾナのダスティンがいるリアクターにスコープを合わせた。
すると、パネルが切り替わりダスティンの顔が映し出された。
「やあ、ダスティン。調子はどうだい?」
大河は、パネルに向かって声をかけた。
「調子、機嫌とも上々だよ、大河。そちらも、なんとか最後の使者が見つかったようだな。こちらでも、どうなる事かと冷や冷やしていたぜ。良かった。それで、予定通り今日戦いを始めるのかい?」
ダスティンは、もうすでにリアクターの中にスタンバイしている。
この日、ミッションが開始されるとあってダスティンの出番はまだ先であったが、いてもたってもおられずもう既にリアクターの中に入っていたのだった。
「恐らく、君の事だからもうリアクターに入っていると思った。戦いは予定通りだ、ダスティン。こちらの時間で18時頃スタート予定なので、あと5時間ぐらいか。ところでダスティン、ミッションまで少し時間があるので呼吸合わせにもう一度シミュレーションをやらないか?」
使者達は、それぞれ1度タワーでシミュレーションを行っていたが、現地のリアクターでもこちらで行ったシミュレーションと同じように出来るか、それぞれ現地のリアクターに到着してから試していた。
実際、リアクターの中に入ってもらい、ウオーミングアップのためお互い練習した。
「オーケー、大河。それじゃー今から念のためもう一度やろうぜ!」
リアクターは、地中から出てきたとき円柱形をしていた。
その姿は、直径約50メートル、高さ約100メートルの巨大建造物で、やはり首里のコントロールタワーと同じように表面の壁は青白い炎のような光りを放っていた。ダスティンがサンドラと共にアリゾナに戻り初めてリアクターに近づくと、その根本の一部が開き入り口となった。
そして、入り口を進み中央近くに首里のタワーにあったシミュレーション室と同じ部屋が用意されている。
そこのパネル前オペレートチェアーに座ると、巨大な音を立て丁度リアクター上部の中心部くらいから2つに分かれた。
そして、それはL字型となった。
その光景を横から見ると、90度くらいの角度がある。
軍がドローンで撮影した所、両方の先端とも穴が開いた状態になっており、空洞の先に何があるのかまでは分析できなかった。
恐らく、エスタナトレーヒが言っていた光の矢というエネルギー波を月に放つための放出門であると思われる。
もう一方の穴は、光りの矢の元となるエネルギー源を別空間から供給する役目をしているという説明であった。
しかし、一言で語られても現在の科学では到底説明できないものである。
この地球から放たれたエネルギーが、巨大な月の重力を動かすぐらいのものといったら、どれくらいの大きさなのか想像もつかない。
その技術が、今から2千年も前に存在していた事自体も信じられない。
このミッションが成功した暁には、リアクターをはじめこのミッションの仕組みが解明されるかもしれない。
エスタナトレーヒは、そこまで考えてこのミッションを作ったのであろうか?
考える余裕も無く、早々にこの地球を去る理由があったのか?
それとも、自分達が犯した過ちによって招いてしまったこの悪夢を回避した成果物として、仕組みを地球の科学文明にもたらしても良いと思ったのか?
今となっては、知るよしもない。
いずれにしても、このミッションが成功しないとわからないことだった。
大河は、ダスティンのパネルにダミーの月映像を送った。
すると、ダスティンのメインパネルには、ターゲットスコープと思われる円形の線が現れた。
ダスティンは、両方の操作蛇を握り左右に動かした。
すると、台座になっている下部が上下左右に動き出し、パネルにある円形のスコープが月を捕らえだした。
完全に捕らえると、円形が赤く光りずれると消える。
一定間隔月を捕らえると、大河が叫んだ。
「今だ、ダスティン!」
その声を聞いたダスティンは、発射ボタンを押した。
「ファイヤー!」
しばらくすると、大河がダスティンに言った。
「ダスティン、仕上げは上々だ。エスタナトレーヒによると、光の矢発射時かなりのショックや音が出るらしい。その為に、君らは不死身の体が必要なのだろう。ミッション開始前には、くれぐれも周囲1キロ以内に人が入らないよう指示してくれ」
そう言うと、ダスティンは答えた。
「もう既にサンディーに指示し、そこら辺には人っ子一人いないよ。さっさと終わらせようぜ、大河!」
「了解、後はオーストラリアの準備次第だ。ミッションが始まったら連絡を入れるから、それまで飯でも食っていてくれ」
大河は、そう言うと残り4人の使者とも連絡を取り合い最後の調整をした。
ミッション開始まで、あと3時間を切っている。
サイドパネルに映し出されているミッションタイムリミットを示すメーターは、もう既に0%を示しておりミッション不能の所まで来ていた。
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