第36話 オーストラリアの操りし使者(ケビン=ハイランド)

【西暦20××年4月11日15時38分】

 11日の午後、オーストラリアのキャンベラにあるオーストラリア保安情報機構、通称ASIOの収集担当長官補であるドリーは、MI6のエージェントであるチャールストンと2人頭を抱えていた。

オーストラリア首相自ら使者捜索の勅命を受けたドリーは、MI6の協力を借りながら使者発見に躍起となっていた。

国中の最近起きた事故、事件をしらみつぶしに調査するがそれらしき有力な情報は見あたらず、国連から知らされる他の国の使者発見情報を羨ましく思っていた。

「なんでなんだ。ここ数日国内で大きな事故や事件が発生しているにもかかわらず、国連が言う使者らしき怪しい人物が見つからない。本当に、このオーストラリアにそいつがいるのか? このままじゃ、国連が言っているタイムリミットに間に合わないぞ、チャールストン!」

悲痛な顔をして、ドリーが叫んだ。

同じく、イギリス首相から直々使者捜索の勅命を受けているチャールストンも悲痛な顔をしている。

チャールストンが、情けない声でドリーに言った。

「国を出た時、もっと簡単に発見できると思ったのだが。甘かったな、ドリー。なにか、違う方法でやってみようじゃないか?」

ドリーは、この国の行政、警察等あらゆるネットワークを使って情報を収集したつもりだった。

しかし、これといった情報が全く得られていない。

ドリーは、チャールストンに今までの経緯を説明した。

「国連からのタイムリミットは、後3日だ。今までの情報からすると、確かに悲惨な事故や事件はあるにはあったが、助かった者はいずれも重傷を負っていて国連の言う条件に合わないのだよ。ひょっとすると、俺達が知らない所で表に出ていない事件があるのかもしれんな。あー、まったくやっかいだ」

それを聞いたチャールストンは、ふと思いつき言った。

「なあ、ドリー。俺達大きな事件・事故を追いかけているが、この際、些細な事件にも目を向けてみないか? 例えば、行方不明者の捜索状況なんてどうだろう。警察や行政機関に問い合わせて報告させようぜ。本当に些細な事も」

ドリーは、胃が痛くなった。

チャールストンの無駄とも思える提案を藁をもつかむ気持ちで各機関に指示せざるえなかった。

「わかった。背に腹は代えられない、時間が無い。すぐ、当たってみよう」

早速、各機関に命令を出した。

すると、破れかぶれのこの提案が功を奏する。

命令から2日経った13日に、数多い情報の中から一つだけ気になるものが出てきたからだ。

「チャールストン。集まった情報は、痴呆老人や子供の家出の捜索届けが多くどれもこれも事件性がないのだが、ただ一つこの報告書だけ気になる。見てくれ」

ドリーから渡された報告書を見たチャールストンは、首をひねった。

そして、見解を言った。

「行方不明者は、弁護士で1週間前から姿を消している。報告書を見ると、特に失踪しそうな感じは無いな。しかし、未だ連絡つかずか。確かに変だな。抱えている裁判を5つも持っていて、この弁護士結構人気があったようだ。でも、どれも順調でトラブルになりそうな案件も無い」

それに対しドリーは、付け加え言った。

「どちらかというと彼は市民の味方的存在だったようで、次々依頼が後を絶たなかったようだ。姿を消す理由はないし、事件に巻き込まれたとしか言いようがない。家族は、捜索願を出しているのだが、今の所これといった進展がないようだ。失踪前に会っていた人物にも、特に怪しいところはない」


その弁護士の名は、ケビン=ハイランド。

42歳になる敏腕弁護士である。

アボリジニの血を受け継いでいる事もあり、野性味あふれる男であった。

1週間前、彼は浮気相手を告訴する相談を受けていた。

しかし、今回あまり気乗りしなかった。

相談者が、情緒不安定で、また良く話を聞くと相談者にも過失がありそうな気がしていたからだ。

「ギルバートさん、もう今日で相談は5回目ですよね。奥さんの相手を告訴するにしても、あなたの話を聞いていると勝てない可能性があります。いや、むしろ負ける確率の方が高い気がする。どうでしょう、告訴ではなく話し合いで決着をつけてみては?」

ケビンは、穏やかな口調でギルバートを諭した。

しかし、彼はその話を聞くや逆上し叫んだ。

「話が違う、ミスターハイランド! 俺は、あいつに仕返しがしたいのだ。妻と子供を奪っていった、あいつに。社会的制裁を加えないと気が済まない。あなたを、敏腕と聞いて頼んでいるのだ。何とかしてくれ!」

ギルバートは、何日も寝ていないらしく目の下に大きな隈を作りいかにも病的な血相でまくし立てた。

「そうはいっても・・・」

ケビンがつぶやいたその瞬間、ギルバートはポケットに隠し持っていた拳銃をつかみだし、あろう事かケビンの頭をめがけ引き金を引いた。

ケビンは、よける暇もなくこめかみに銃弾を喰らった。

そして、このやけくそになった男は、更に続けざま何発もケビンの体に銃弾を撃ち込み続けた。

「もう、最後だ。裁判がだめな事は、薄々感じていたのだ。ハイランド、あんたに恨みがある訳じゃなかったのだが俺の気が済まない。本当にすまない、俺も後を追うから勘弁してくれ」

そう言ってギルバートは残りの銃弾で自殺する、つもりだった。

しかし、いざ銃口を頭に当て引き金を引こうとしたが出来ない。

「なんてこった。俺は人殺しをして、自分で罪を償う事も出来ないのか! どうしたらいいのだ」

無理心中によくあるパターンである。

思っていても、死にきれないのである。

床には、ケビンが身動きひとつせず横たわっている。

だが、不思議な事に、ギルバートは動揺していたせいか気づかなかったが、ケビンは銃弾を浴びたにもかかわらず全く血を流していなかった。

「とにかく、この遺体を始末しなければならねえ」

相談場所がギルバートの家だったため、ケビンを地下の倉庫に運び、穴を掘って埋める事にした。

ばれるかもしれない。

しかし、その時は仕方ない。

自分で罪を償う事が出来ないのなら、法に基づいて罰を受けるのみだ。

家族は、もう既に浮気相手の所に引っ越ししていて、家にはギルバートしかいなかった。

そのため、埋める作業は人目につかず出来た。

ケビンは、この家に来る時たまたま自家用車を使用していなかった。

町のファーストフード店で待ち合わせし、ギルバートの車で家まで来たのだった。

また、ケビンは事務所に所属していたが、その日その日の行動については個人に任されていた。

そのため、事務所もケビンがどこで誰に会うのかはいちいちつかんでいなかったし、報告も求められていなかった。

そう言う意味で、ギルバートのアリバイは完璧だった。

そのためか、捜査が遅れたのだ。

しかし、ここにきて、ケビンの妻が本人からあまり気乗りしない案件があると聞いていたため、当局はギルバートに多少目をつけていた。

ただ、決め手が無かった事から、重要参考人となっていなかった。

「ハイランドの件、このギルバートってやつを締め上げろ! すぐにだ!」

報告書に目を通したドリーは、長年の感で部下に命じた。

「今は、事件の犯人捜しをしている暇はないのだが。でも、この際、藁をもつかむとはこの事だ」

そう言ってドリーは、長年の経験を信じた。

次の日、部下のジムから連絡が入った。

「長官補、ギルバートがしっぽを出しました。やっこさん、罪の意識はあったようです。問いただすと、『そう言われるのを待っていました』と言い自白しやがった」

ドリーは、しめたと思った。

「それで、ケビンは?」

ジムは、ぶっきらぼうに答えた。

「ギルバートはケビンに銃弾を5発撃った後、自宅の地下に埋めたそうです」

「何? いつ埋めたのだ!」

「1週間前だそうです」

ドリーと一緒に、その話を聞いていたチャールストンは失望した。

せっかく何らかしら使者の手がかりがつかめそうだと思ったのに、これではただの死者を見つけ出した事にしかならない。

銃弾に撃たれても平気な使者はいると聞いていたので、撃たれた直後であれば全然問題なかろうが、1週間も土の中に埋められていたらアウトである。

いくら何でも、ゾンビでもない限り生存の可能性は無いだろう。

ドリーは、やれやれといった風で部下に告げた。

「ケビンについては、ご苦労様。通常の事件として取り扱ってくれ、ジム。また、他の件で頼む事があるだろうから、その時はよろしくお願いするよ」

それを聞き、ジムが慌ててドリーに言い返した。

「長官補、待ってください! 事は、続きがあるのです」

ドリーは、電話越しにもう次の書類に目を通しながら聞いた。

ジムは、続けた。

「なんと、ケビンは生きています! まるで、ゾンビです。びっくりしました」

ドリーとチャールストンは、耳を疑った。

ドリーは、持っていた書類を投げ出しジムに聞き直した。

「おい、なんて言った、ジム! どういう事だ! 何で1週間も埋められて生きてられるのだ!」

ジムが、困った様子で答えた。

「わかりません・・・」


 その後、助け出されたケビンはASIOに連れてこられた。

本来なら病院直行の所だが、ミッションの時間が残されていない事を理由に医師付きという条件である。

ASIOの中にある医療施設で簡単な検査を受けた後、ドリーとチャールストンはおそるおそるケビンと会った。

「ハイランドさん、この度は大変でしたね。気分はどうですか?」

ドリーの質問に、ケビンは答えた。

「気分は悪くないです。だけど、銃で撃たれて1週間も土の中に埋められていたと聞き、それでも生きている自分は何なのだと思っています」

それに対しチャールストンが、笑みを浮かべながら答えた。

「その理由は、あなたが今起きている全世界の危機を回避する『使者』に選ばれた人だからですよ」

この後、使者である事を確信したチャールストンは、国連に連絡を入れた。

その後、ドリーはケビンに今後の動向を説明した。

「ハイランドさん、お疲れのところすいません。目的の時間が迫っています。緊急事態だと理解して下さい。申し訳ないが、これから日本に向かってもらいます。事情は、空港に行く間に説明します」

何が何だかわからないケビンは、頷くしかなかった。

そして、頭がもうろうとしながら言った。

「わかりました。どうこう言ってられない状況なのですね。このミッションが終わったら、ゆっくりするとしよう」

ドリーは、早口でケビンに言った。

「ハイランドさん。本当はその土臭い体をシャワーで流しゆっくりして出発したい所なのですが、本当に時間がありません。もう、恐らくミッションが間に合わない所まできているようです。さあ空港に急ぎましょう」

キャンベラ国際空港には、タイフーンT1が用意されていた。

ドリー等は、ASIOからヘリで空港に向かった。

ケビンは、急ぎその足で沖縄へと向かった。

もう時は15日を過ぎており、ミッションまでに残された日は、後2日しかない。

ミッションを行うため準備できる残された時間は、ぎりぎり間に合うか合わないかのところまで迫っていた。

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