第33話 南アフリカの操りし使者

【西暦20××年4月7日13時05分】

 南アフリカ共和国ケープタウンでバス運転手を職業にしているラッキー=デューペは、一生涯名前の通り幸福な人生を送るのだと信じ今まで生きてきた。

彼は、バントゥー族の血を引く年齢38歳、身長2mを優に超える大男である。

名前の由来は、ラッキーが生まれた時両親が当時地元で人気のレゲーミュージシャンの姓が一緒だったため安易につけた事にある。

時は、4月7日13時。

38年間信じ、そして、ささやかではあるが結婚し子供にも3人恵まれ幸せであった人生が、この時もろくも崩れさる事件が起きた。

ラッキーは、この日銀行前の停留所で時間調整のためバスを留めていた。

すると、複数のサイレン音が遠くから聞こえてきた。

「事故でもあったのかな?」

そう思った瞬間、あろう事か今まさに銀行強盗を終えた3人の犯人が、拳銃を振り回しながら人質複数人を連れてラッキーのバスに乗り込んできた。

「おい、そこの運転手! バスのドアを閉めろ!」

犯人の1人が、機関銃を彼に向け怒鳴った。

ラッキーは、主犯格で興奮している犯人の言うとおりドアを閉めた。

「なんてこった。ここは、冷静にならないと」

ラッキーが、この状況を理解する間もなく、通報を受けた警察がバスの周りを取り囲んだ。

そして、事態は最悪の状況となった。

犯人は、人質を取り更に爆薬を体に巻き付けこの場をやり過ごそうとしていた。

それを内外にアピールした犯人に対し警察は、狙撃隊を用意し一斉に3人を撃ち殺そうと計画した。

しかし、事件発生から3時間が過ぎたが、一向に解決への道が開かれない。

「奴らが、バスを動かし始める直前がラストチャンスだ。動き始めたら、狙撃が出来ない。いいか、奴らの要求は一応聞くふりをして時間を稼げ!」

地元警察署長自ら指揮を執り、部下に命じた。

その後、ネゴシエーションしている警部から連絡があった。

「署長、今からあいつら、こちらの時間稼ぎを無視して空港に向かうようです。狙撃の命令を下さい」

署長は、一瞬考えたが迷わず決断を下した。

「やれ!」

命令は、下された。

熟練したSWAT部隊は、それぞれ合図と共に3人の犯人に向け銃口の照準を合わせた後、発射合図を待った。

「ゴー!」

3発、3人の頭を狙って銃弾が発射された。

タイミングは、抜群だった。

しかし、運悪く1人の狙撃手の銃弾はとっさに動いた犯人の的を外した。

しかも、銃弾は犯人の体に巻き付けられたC4爆薬の信管を貫いた。

一瞬にして、バスを取り巻くそこら一体が爆風で吹き飛んだ。

当然の事ながら、爆発のためバスは宙に舞い粉々となった。

最悪の結末である。

死傷者は、30名を超えた。

特に、バスの中にいた犯人、人質、乗り合わせた人達は、ほぼ即死だった。

一人を除いては・・・

黒く焼け焦げた死体の中に、全く無傷の人間がいた。

ラッキーである。

生存者として、すぐ病院に運ばれたがろくな治療も受けず退院した。


翌日、帰宅したラッキーの元にこの国に常駐していたMI6のエージェントが訪れた。

そして、ラッキーであることを確認すると有無を言わさずイギリス大使館に連行した。

「デューペさん、あなたはあの中で何を見ましたか?」

そう尋ねられ、ラッキーは答えた。

「銃声が聞こえた。その後、白いものが襲ってきた。もう、俺は死んだと思ったよ。何かが中に入ってくる感じがした。死ぬって、こういう事だとその時思った。その後は、病院で目を覚ました。一体全体、何が起こったのかわからなかった。ところで、あんたら何者だ。説明してくれ。俺は、何も悪い事はしていない。俺には、家族がいる。お願いだから家に帰してくれ!」

ラッキーは、懇願した。

それを聞いたエージェントの1人が、もう1人に向かっていった。

「国連の情報と一致したな。間違いなく彼は『使者』だ」

そして、懇願しているラッキーに向かってエージェントは笑みを浮かべながら言った。

「デューペさん、あなたはこの地球を救うためこれから大仕事をして貰わなくてはなりません。ですから、残念ながら今すぐ家には帰れません。しかし、無事晴れてこの仕事をこなして貰えれば、美人の奥さんとかわいい子供の元に帰れますよ。デューペさん、そう言う事なので申し訳ないですが、今から日本に行ってもらいます」

ラッキーは、それを聞いてびっくりした。

そして言った。

「行きたくないと言ったら・・・」

エージェントは、今度は表情一つ変えず答えた。

「力ずくでも連れて行きますよ、デューペさん。ただ、行く途中我々の話を聞いていただけたら、今、全世界があなたを必要としている事がわかるはず。奥様には、私の方から事情を話しておきます。きっと、納得されると思いますよ。それでは、空港に向かいましょうか」

どうやら、抵抗は出来そうもなかった。

外にはかなりのパトカーと警官が取り巻いていた。

その一台に乗り込んだラッキー達は、何十台ものパトカーに先導してもらい空港に向かった。

行く途中、ラッキーは大方の話をエージェントから聞き、あらためて今世界にとっての自分の存在意義を思い知らされた。

ラッキーは、エージェントに聞いた。

「でも、何で俺なんだろう?」

「デューペさん、あなたは選ばれた人なのですよ。私にも妻も子供もいる。お願いします、この地球を救ってください」

エージェントよりそう切望され、すっかりその気になったラッキーは武者震いし言った。

「出来るかどうかわからない。だけど、自分にも家族がいる。必ずやり遂げるよ。なにせ、俺の名はラッキーなのだから」

ケープタウン国際空港には、急遽手配されたイギリス軍の戦闘機であるタイフーンT1がラッキーの到着を待っていた。

時は、事件が起きてから2日経ち9日の夕方になっている。

タラップから、タイフーンの後部座席に乗り込んだラッキーのシートベルトを締めながらパイロットは旅路の説明を始めた。

「沖縄まで、5時間以上かかります。途中、空中給油するのでノンストップでいきます。それでは、南の島への楽しい旅へ出発です!」

戦闘機に乗るなんて初めての経験なので、その言葉を真に受けラッキーは嬉しそうだった。

しかし、離陸してすぐ乗り心地の悪さに正直言ってうんざりした。

機内に流動食を持たされたが、食べる気にならなかった。

しょうがないので、ラッキーは到着するまで寝る事にした。

ラッキーは、生涯特に自慢すべき事なんてこれっぽっちも無かったが、どこでも寝られるという得技を持っていたため信じられないが飛行中ほとんど寝ていた。

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