第18話 ペンタゴン
5.大統領の決断(4月7日)
【4月7日3時3分】
時は、日が変わり7日の3時になっていた。
ソフィアら4人は、メリーランドのNSAから叔父であるアーネストと共に急遽ヘリをチャーターし、急ぎバージニアのペンタゴンへと向かった。
同じ頃、大統領一行もヘリでアメリカ国防総省長官でありNSAの長官でもある陸軍大将イーサンと共にペンタゴンの参謀室へと連れて来られた。
説明場所にペンタゴンが選ばれたのはアーネストの提案であり、作戦を行うのに軍事的行動が伴う可能性が高いという思惑があったからだ。
ソフィア達は、厳重なセキュリティーチェックを受けた後、大統領達よりも先に参謀室の席に案内された。
その時、瓦が入った段ボール箱もチェッカーを通されたが、ノーガードだった。
瓦があるにもかかわらず、チェックの画面に何も写らないのである。
警備員から何が入っているか尋ねられたが、説明するのが面倒くさかったダスティンは「書類だよ」と言って適当にごまかした。
5人、全ての身元は明らかだったのでそれ以上警備員は詮索しなかった。
「私が調査した限り、この瓦はあらゆるX線、電波線を吸収してしまうのよ。だから、箱の中は空っぽにしか写らないのね」
部屋への移動中廊下でサンドラは、不思議なのよねと言いながらダスティンが持っている箱の中の瓦を触りながら呟いた。
参謀室の席に着いた5人は、すこぶる緊張していた。
今から始まる会議で、大統領以下この国のトップに会うのも初めてなのに、ある意味突拍子もないストーリーをこれから説明し納得して貰わなければならないからだ。
「うまくいくかしら?」
ソフィアは、不安そうにみんなの顔を見た。
すると、それを聞いたサンドラは、意味もなく自信ありげに言った。
「大丈夫よ、100%信じてもらえるわ。そりゃあ、苦労すると思うけど、最後は納得するしかないわよ!」
「おお、心強い!」
ダスティンが、大げさに手を叩いた。
そうしているうち、シークレットサービスを先頭に大統領以下一行が参謀室に入ってきた。
ここで、この会議に出席するメンバーを紹介する。
-ホワイトハウス側
ウイルソン大統領、イーサン陸軍大将、ヴィクター大統領首席補佐官、マーク エイムズ研究センター室長、ハミルトンNASA分析官
-NSA側
アーネストNSA副長官、ソフィアNSA分析官、サンドラNSA調査官、ジョセフNSA分析士、ダスティンFBI捜査官
大統領一行が席に着くと、早速イーサンが今回集まった趣旨をアーネストに求めてきた。
「副長官。内容は全然聞いていないが、何かコードワン対策に一石を投じる事が出来るのかね?」
アーネストは、まず自分以外の若い4人を紹介し、又、逆に4人にホワイトハウス側の面々を紹介した。
そして、話を始める前にと前置きし喋りだした。
「大統領。ご存じだと思いますがコードワンの現状、すなわち月が地球を目指しているという状況は今も変わっておりません。そして、恐らく、それに対する対応策も察するに全く進んでいないのが現状だと思います。たぶん、私も含めこの状況に対し、今誰もが藁をもつかむ心境でしょう。しかし、ここにいる若者達が、最近体験した出来事とそれを紐解く事でひょっとするとこの事態に立ち向かう策を見いだしてくれるかもしれません。それを、今から説明したいと思います」
そう言って、ソフィアに説明を始めろと合図を送った。
ソフィアは、緊張した面持ちで「それでは」といって箱の中から炎のように青白く光る瓦を取り出した。
そして、瓦の上に手をかざし、予定通りホログラムを出した。
中心には、地球が映し出され、その周りを月が回っている映像が始まった。
「皆さん、この板なのですが、私が作ったものではなく実は内の実家にあったものです。そして、この板は先祖代々受け継がれたもので、つい最近このように光りだし、私が手をかざすと今皆さんが見ているホログラムが映し出されるようになりました」
ホワイトハウスの面々は、横や下から暫くのぞき込んでこのホログラムを眺めた。
そして、おもむろにハミルトンが呟いた。
「精巧に出来ているな、これ。自分もホログラムの開発に多少携わった事があるけど、ここまで綺麗じゃなかった」
ソフィアは、更に説明を続けるため瓦に手をかざした。
すると、映像が乱れた後、今度は月が地球に落下していく映像が始まった。
落下が半分ほど進むと、世界の各地から光りの矢が放たれる。
そして、それが月を押し戻し、最後に月は元の位置へと収まっていくというストーリーの映像が予定通り流れた。
「アルベルト分析官。今見ている映像は、何を意味しているのかね?」
イーサンが、興味深げに質問した。
「ええ、長官。私の、いや、ここにいる私の叔父である副長官の祖先であるナバホ族に伝わる『物語』がありまして、今見ておられるホログラムが示すストーリーに繋がるものがあるのです」
ソフィアはそう言うと、用意してきた物語の文章を書いたペーパーをホワイトハウス側の面々にそれぞれ渡した。
そして、現在、月に起こりつつある現象と物語が偶然でなく、必然の一致をしているのではないかと説明した。
「ナンセンスだ!」
それを聞いたヴィクターが、声を荒げて叫んだ。
「という事は何かい。ネイティブの祖先が今起こっている事を、あり得ない昔予想し、語り継いできたというのか? はぁん、ちゃんちゃらおかしいわ! 何で、こんな猿芝居をやっているのだ、NSAは! この緊急事態、遊びにつきあってられない! 頼むよ、マーティン副長官。我々は忙しいんだ!」
アーネストが、たまらず立ち上がった。
それを見たウイルソンは、すかさず手を伏せ割って入った。
「いい加減にしろ、ヴィクター! 君は、昨日も注意されただろう。人の話に聞く耳を持つ事を!」
ヴィクターは、うなだれた。
そして、ウイルソンはアーネストに向かって謝った。
「マーティン副長官、すまん。彼は、今一人でこの国を背負っている気持ちになっているのだ。自分が、それだけ責任がある仕事だと思っている故に出た言葉だと思う。申し訳ない、私に免じて彼を許してやってくれ。そして、今の発言を撤回させてくれ。いいな、ヴィクター!」
ウイルソンは、ヴィクターの方を向いて睨んだ。
「申し訳ありません、大統領。マーティン副長官、すいません。言い過ぎた」
それを聞いたアーネストが、穏やかであるがドスのきいた口調で喋った。
「補佐官、今のたぐいの言動に関して2度はない。悪いが、細心の注意をしてもらいたい!」
「ああ、わかった副長官」
ヴィクターは、更にうなだれた。
ソフィアは、こんな厳しい態度をする叔父を見るのは初めてだった。
ソフィア自身、この生涯でネイティブを感じた事は無かったが、ひょっとすると叔父が幼少の頃まだいくらかの差別がありトラウマがあったのかもしれないと思った。
「ここに光っている瓦状の板と、遙か彼方に作られた『物語』から、この現状を打開するための方法が見つかるのかい、アーネスト?」
イーサンが、今流れている嫌な雰囲気を払拭するため話題を変えた。
それに答えるべく、ソフィアがテロにも負けなかったダスティンの話や、それを裏付けるサンドラの行動を説明した。
また、サンドラは、瓦が地球上の物質では説明が付かないものである事も付け加えた。
それを黙って聞いていたマークが、おもむろに言った。
「お話を聞いて、理解できない所もあります。しかし、そもそもあり得ない事が起こっている現状を考えると、今はNSAの皆さんの言う事を信じるしかないかなと思います」
そうソフィア達の言い分を肯定しながら、マークは懸念すべき事を言うのも忘れなかった。
「ホログラムのシミュレーションを見ていると、この先どのような方法でこれを達成していくのかわかりませんが、我が国だけで解決する事は無理な気がします。また、今話された事を、仮に世界へ発信するとしても、どれだけの人がこの話を信じてもらえるか疑問ですね」
それを聞いた一同の雰囲気は、一挙に重ぐるしくなっていった。
確かに、ソフィア達が体験した事は現況を打破するのに十二分な説得力があるように思われた。
ただ、それを証明するものは何一つない。
唯一、ダスティンが不死身の体を持っている事についてサンドラが試しているが、これも又、たまたま偶然が重なって危険を免れたと言われれば返す言葉がない。
「どうしたものか、アーネスト。君の祖先は、なぜこの現象を知りそして子孫に伝えたのだろう? しかも、こんな形で。謎だな・・・」
イーサンは、ため息をつきながら呟いた。
ホワイトハウス側は、イーサンの『これでは、私達も含め世界は納得しないぞ』という暗に示している雰囲気に痛く同感している。
「すみません、少し休憩しませんか?」
サンドラが、この空気を察し提案した。
「そうだな、少々疲れた。15分くらい、コーヒータイムとしよう。補佐官、頼む」
ウイルソンは、頭を叩きながらヴィクターに命じた。
ヴィクターは、コーヒーブレイクを秘書に頼んだ。
すると、サンドラは、おもむろに会議室から出て行く許可をもらった。
「どこ行くの、サンディー」
ソフィアが、怪訝そうに尋ねた。
「トイレよ、ソフィー」
「お気楽だな、お嬢さんは」
ダスティンが、笑いながら首を振った。
この会議室にいる面々は、ここ数日間ろくに睡眠も取っていない。
思考回路も、ほぼ限界に近づいていた。
「さあ、みんな。きついと思うが、折角、一筋の光明が見えてきたのだ、がんばろう」
約束の時間が経ち、ウイルソンが皆を鼓舞した。
そのとき、ジョセフはサンドラがまだ帰ってきていない事に気づいた。
「まったくもう、トイレが長すぎる!」
そう、ダスティンが呟くと同時だった。
サンドラが会議室のドアを開け、つかつかとダスティンの所へ向い言った。
「ダスティン、立って!」
あっけにとられたダスティンは、言われるままに椅子から立ち上がった。
すると、近くに来たサンドラがまたとんでもない事をしでかした。
サンドラの持ち上げた右手に、安全装置が外れたP229(アメリカSS御用達の拳銃)が構えられた。
そして、あろう事か、ダスティンのこめかみに向け至近距離から銃弾を発射した。
一瞬、皆、何が起こったのかあっけにとられた。
そして、ダスティンは無惨にも吹っ飛んだ。
そこに、続けざまサンドラは一発、もう一発銃弾を撃ち込んだ。
辺りは、硝煙の臭いが息苦しい程立ち込めた。
そして、咄嗟の出来事にそれを見た周りは何をすることも出来なかった。
いや、皆何が起こったかも把握できないでいた。
そこへ、複数のシークレットサービスが銃声を聞きつけ会議室の中になだれ込んで来た。
そして、サンドラは取り押さえられた。
「サンドラ。また、あんたなんて事するの! あれだけ、無茶はよしてといったのに!」
ソフィアがわめき叫んだ。
そして、ホワイトハウス側はおののいた。
全く、ノーガードの上こんな惨劇が、しかもあろう事かこのペンタゴンの中で起ころうとは!! ありえない!!
そう一同思った次の瞬間、「あたたたた、またいきなりかよ!」といって惨殺されたと思われたダスティンがむくむくと起き上がってきた。
それを目の当たりにしたウイルソンは、この出来事を見て即座に決断した。
NSAが持ってきたこの物語に、すべてをかけようと。
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