第16話 実験
研究室のドアを叩くと、サンドラが出迎えてくれた。
たぶん、昨日一睡もしてないのだろう、サンドラの目の下には前にも増してパンダのような大きな隈が出来ていた。
「サンディー、文章にした物語を持ってきたわ。それと、今日またお客様を1人連れてきたの。彼は、ダスティン=コスナー FBIの捜査官よ」
ソフィアが、物語が書かれたA4のペーパーを渡しつつダスティンを紹介すると、サンドラはソフィアに言った。
「その名前、どこかで聞いた気がするわ。えーっと、そうあのテロ未遂事件の時の・・・」
「そうよ、彼は不死身の戦士よ。という事で連れてきたわ」
「どういう事、ソフィー!」
ソフィアの言葉に、サンドラは怪訝そうに聞き返した。
ソフィアは、彼と遭遇してホワイトアウトを経験した事と彼との出会いが恐らく必然ではないかという思いを説明した。
「わかったわ、ソフィー」
サンドラは、すぐ状況を理解した。
「コスナー捜査官、初めまして。これから、申し訳ないけど私達につきあってもらうわ。よろしく」
サンドラは、ダスティンに握手を求めた。
それに答えたダスティンが言った。
「もう、覚悟は出来ているよ、サンディー。この後、職場には事情を話しこちらにしばらく滞在するようお願いする事に決めた。それでも理解してもらえなかったら、その時は年休でも取って参加するぜ。この先、何でも言ってくれ。協力を惜しまないからさ」
ダスティンは、親指を立てながら任せろというポーズを取った。
それを見て、サンドラは不敵な笑みを浮かべた。
その時ソフィアは、嫌な予感がした。
彼女がこういう態度を取る時は、大抵突拍子もない事をするからだ。
この前も、NSAのエージェントを守るため死んだまねをする薬を作ったのだが、ろくな臨床もせず実験したゆえ2人の研究員が本当に死にそうになったのだ。
笑えない話であるが、その時も臨床が進まない事に業を煮やした彼女が、不敵な笑みを浮かべた後実行した事を、その時たまたま居合わせたソフィアは思い出したのである。
「感謝するわ。これから、ファーストネームで呼ばせてね、ダスティン」
それに気を良くしたダスティンは、調子よく言った。
「オーケー、サンディー。何でも言ってくれ。何か、手伝う事があるかい?」
ソフィアの感は当たった。
サンドラは、ソフィアからもらった物語の文章を一読した後、皆に少し待っていてと言うと部屋を出て行った
「サンディー、何をしに行ったのだろう? 皆さん、のど乾いたわね」
3人は、サンドラから勧められたカップコーヒーをすすった。
暫くして、サンドラが戻ってきた。
どこから持ってきたのか、片手にゴルフクラブのウッドを握っている。
と、次の瞬間あり得ない事をサンドラはしでかす。
なんと、部屋の隅に立っていたダスティンの所につかつかと行き、クラブを振りかざし彼の腹部を思いっきり叩いたのだ。
一瞬の出来事であった。
無防備なダスティンは、何も出来ずその一撃をまともに受け吹っ飛んだ。
そして、ソフィアは叫んだ。
「もう、なんて事するの!」
ソフィアとジョセフは、直ぐさま2人の元に駆け寄った。
当然、そこには腹を抱えて苦しんでいるダスティンがいるはずだった。
だが、衝撃で多少飛ばされているが、なんともけろっとしている彼が不思議そうな目をしてこちらを見ている。
そして、サンドラは3人を見ながら言った。
「ごめん、ダスティン。でも、これで証明されたわ、ソフィー。彼が、『物語』の操りし使者である事が・・・」
・証明の時
「サンドラ、あんまりだわ。ちゃんと、説明して! なにかするにしても、これ以外の方法があったでしょう! 失敗したらどうすんの!」
ソフィアは、血相を変えてダスティンをかばった。
しかし、サンドラは、それに対し顔色一つ変えず説明を始めた。
「ごめんなさい、ダスティン。あまり時間が無いと思ったからこの方法を取らせてもらったの。あなたが、フェニックスで、何らかの力を貰った事は間違いないと思うの。そして、察するにソフィーとのファーストコンタクトの時もお互いにホワイトアウトによって変化を感じている。『物語』で、伝えし使者は、導きし使者を捜し出すとあるけどダスティンは恐らくその使者ではないわ」
それを聞いたジョセフは、納得いかない顔で言った。
「でも、サンディー。この状況だと、分析官が捜査官を見つけ出したと考える方が妥当じゃないですか? そうであれば、捜査官が導きし使者と考える方が妥当では?」
サンドラは、ジョセフに対し人差し指を振って物語の文章を突きつけた。
「ほら、物語をよく読むと、導きし使者は伝えし使者が旅をして捜し出す事になっているわ。ダスティンは、偶然か必然かわからないけど、ソフィーが呼び出したに違いないわよね。ここまで来ると、偶然と考えるのはちょっと無理があるかもしれないけれどね。でも、不死身というキーワードもあったので、ダスティンには申し訳ないと思ったけど試したってわけ」
それを聞いたソフィアは、やれやれ思いやられるといった風でため息をつき言った。
「サンディー、あんたって人は・・・ 頼むから今後、二度とこんな無茶しないでね」
「わかったわ、ソフィー。時々私って事を起こすとき、咄嗟にショートカットする事があるのよ。これって性分ね、謝るわ」
どうも、反省しているとは思えないあっけらかんとした口調でサンドラは続けた。
「ごめん、時間が無いので話を進めるね。ダスティンが導きし使者で無いとすると、この後物語が進まないわ。実は、あなた達と離れている間、ここに入った情報をまとめるとどうも世間の事態は悪化しているようなのよ。どうやら、『物語』が本格化し、月の動きが瓦のホログラムのようになりつつあるようなの。だから、事を急がなくちゃならないわ。ヒントは瓦よ。あれが、導きし使者を教えてくれるはず。まずは、瓦の所に行きましょう」
4人は、早速瓦が置いてある奥の部屋へと移動した。
4人が入った研究室には、中央の台にガラスケースに入った瓦が、相変わらず青白い炎のような光を放ちながら置かれている。
「あれからまた、色々調査したのだけど、この物質の中身が全くわからないの。どこに、光を出すエネルギーがあるかさえもね。だから、この先この物質が何かというのは後でじっくり調べましょう。まずは、この後いったい私達は、というかソフィー、ダスティン、あなた達がどう立ち回らなければならないのか、これに教えてもらわなければいけないのよ・・・」
『物語』があまりにも抽象的すぎるので、導きし使者を捜索する際サンドラにも全くその方法がわからなかった。
しかし、瓦に答えとなる仕掛けがあるのは間違いなかった。
さて、それをどう引き出したものか?
サンドラは、眼鏡を左手中指で押し上げ言った。
「ソフィー、もう一度瓦に手をかざしてホログラムを出して」
ソフィアは、言われた通り瓦に手をかざした。
すると、例のホログラムが立ち上がった。
ダスティンは、初めて見るこのホログラムに感動すら覚え思わず口にした。
「精巧に作られているな。現代のホログラムでも、こうは綺麗に出来ないだろうよ」
そう言ってダスティンは、おもむろに瓦に手をかざした。
ホログラムが一瞬消え、次に月が地球へ落ち始めるシーンへと動画が変わった。
月が、元合った距離の半分ほど来たときビーム状の閃光が各地から月へと発せられ、押し戻されていくように見える。
やがて、最初の何事もなかった状態に戻り、暫くするとそれが繰り返された。
「こいつ、どのくらいの重さがあるのかな?」
間をもてあましたダスティンは、そう言って瓦をケースから取り出した。
するとホログラムが一瞬消え、そして、地球のどこかの地が円錐形の棒状として飛び出てきた。
ダスティンのちょっとした動きで、使者がいる場所を示していると思われる新たなホログラムが出てきたのだ。
それを見たサンドラは、驚いた様子もなく言った。
「なるほど、瓦を移動させながら手をかざすと次のシーンに移るのね。全然、気づかなかったわ。で、この飛び出してきた場所どこ?」
それを見たジョセフが、すかさず答えた。
「これ、アジアの台湾辺りの離島ですね。だけど・・・ いや違う、これたぶん日本の沖縄ですよ、ここ」
3人は、首をかしげた。
そして、ソフィアが尋ねた。
「ジョン、なぜそう思うの? 中国でないとわかるけど、なんでそんな詳しく場所がわかるの?」
それを聞いたジョセフは、得意げに答えた。
「実は、私。何を隠そう学生の頃シルクロードの旅をしていまして。その旅の最終地が黄金の地ジパング、つまり日本なんですけどね。そこに行ったとき、沖縄を訪ねた事があるのです。地理的には、ほぼ間違いないと思いますよ。でも、なんでここなのですかね?」
ジョセフの問いに、すぐさまサンドラは答えた。
「たぶん、今その意味を探ってもすぐにわからないし、瓦がここだと言っているのであれば導きし使者はここにいるのでしょう。この後、使者を捜索するためには、必ずここに行かなければならないのでしょうね。でも、取り敢えず次のステップが分かった事は良かったわ!」
サンドラの言葉に、3人は次のステップが見えたと安堵した。
しかし、サンドラはみんなの安堵感を吹き飛ばす言葉を続けた。
「それはさておき、ここで乗り越えなければならない、大きな問題があるの、みんな!」
「沖縄! そんなアジアの未踏の地にこれから行かなければならない事だって十分大きな問題なのに、これ以上の大きな問題って何よ?」
ソフィアが叫んだ。
すると、すましてサンドラが言った。
「あなた達がここ数日間の間に体験した事と、今、全世界の驚異となっていて『コードワン』の発令原因でもある月の異常とリンクしている事を、少なくともアメリカの上層部に理解してもらうって事よ」
「なぜ、理解してもらわなければならない?」
ダスティンが不思議そうにそう言うと、ほかの3人は一斉にしょうがないなといった風で手を広げた。
代表でソフィアが、ダスティンに説明した。
「ダスティン、物語が本当ならこのミッションを達成するためにはどう見ても私達だけの手に負えないでしょう。だって、ホログラムは各地至る所からあの閃光が出ていたわ。もう国家レベルで動かなきゃ、たぶん物語の通り動けないわよ」
それを聞いたダスティンは、うなだれ言った。
「わかったよ。でも、どうやって納得させるのかい。しかも、誰を?」
すると、ソフィアが力強く答えた。
「言わずと知れた、アメリカ合衆国大統領よ!」
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