第13話 瓦
【西暦20××年4月5日20時24分】
科学分析室では、夜も20時を過ぎているのに何人もの研究員で賑わっていた。
その中の1人、科学捜査分析の責任者であるサンドラ=イシハラは、日系3世で髪の長い色白な独身女性である。
NSAの中では、ソフィアと同期入職で年も一緒だったこともあり、すぐうち解け合い仲の良い同僚となっている。
「サンディー、暇ある?」
忙しいとわかっていながら、ソフィアはサンドラが詰めている部屋の戸を叩き言った。
「あなたね、年頃の女の子がこんな時間にこんなむさい所にいると思う? 気の利いた子なら今頃彼氏とデートよ、ソフィー」
白衣姿が似合うサンドラは、ソフィアを気持ちよく出迎えてくれた。
「ごめんね、忙しい所。実は、至急調べてもらいたい事があるの、サンディー」
サンドラは、黒縁の眼鏡を左手で直しながら言った。
「あなたが、こんな時間に依頼に来るなんてよっぽどの事ね。いいわ、今日できるかどうかわからないけど話だけは聞くわね」
サンドラはそう言うと、椅子を差し出しカップコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう、サンディー。恩に着るわ。早速なのだけど・・・」
ソフィアはそう言うと、持ってきた箱の中からあの瓦を出した。
瓦は、相変わらず青白い炎のような光りを発している。
それを見たサンドラは、さすが科学捜査分析のプロらしくあまり驚いた様子もなく持ってきたコーヒーをすすりながら言った。
「妙な板ね。何か仕掛けがあるの、それ」
ソフィアは、首を振りながら言った。
「いいえ、自らこの妙な光りを発しているの、こいつ。気味悪いでしょう。だけど実はこれ、私が生まれるずっと前から先祖代々あったもので、つい最近光り出したのよ」
サンドラは、コーヒーカップを置いて大げさに首をかしげ言った。
「わかったわ、ソフィア。あなたが、わざわざ手品を見せるためここに来るわけないし。とにかく私への依頼は、この板の物質としての組成を調べて欲しいのよね」
ソフィアは、手を叩きながら嬉しそうに言った。
「さすが、サンディー! 私の心がわかるのね。あなたが男ならすぐ口説くのに、残念ね」
「それおだてているつもり。とにかく、今日はちょっと忙しいの。いつもより残業している人数多いと思わない?」
サンドラがそう言うと、ソフィアも周りを見渡しながらこちらに来る時、所々騒々しかったなと思った。
サンドラは、続けた。
「実はここだけの話だけど、どうもあの『コードワン』が発令されたってもっぱらの噂なのよ。上の方から、既に幾らかの調査命令が出ているし。そして今日から、ここは24時間交替制勤務が敷かれ分析命令が出ているの。それが、どうも変なのよ」
ソフィアは、聞き慣れない言葉を耳にした。
「コードワン? どう変なの?」
「それが、月の内部構造を調べろ・・・ だけ」
「なに、それ。で、詳細は?」
「完全シークレット。月に、何か異常が起こっているとだけしかわからない。それ以外は、一切情報無し。相当マル秘なのね」
サンドラからその話を聞き、ソフィアは嫌な予感がした。
というか、これはもう自分が田舎で体験してきた事と何か関係があるのは明らかだと思ったからだ。
ソフィアは、ここ数日の間に起こった両親と共に田舎で体験してきた事を洗いざらいサンドラに語った。
そして、その証拠として瓦に手をかざし例のホログラムを映し出して見せた。
それを見たサンドラは、驚きつつ科学者としての意見をソフィアに言った。
「ソフィア、にわかに信じられないけど、もしこれが事実なら、そして『コードワン』と関係しているなら大変な事よ。とにかく、この瓦の正体を確かめなきゃ。私、今日このまま少し仕事して引き継いで帰る予定だったけど、これから至急この瓦の分析をするわ。あなたは、ずっと根を詰めて疲れたでしょう。一旦、家に帰って休んできなさい。たぶん、これから夜も眠れないくらい超忙しくなるわよ。分析が済んだら明日一番に連絡するわ、ソフィー」
サンドラからそう言われたソフィアは、ほっとして言った。
「ありがとう、サンディー。実は、少々疲れているのよ。あいつら、テロリストの面倒見ている所にこれだもの。明日、朝早くから仕事が入っているの。ごめんなさい、後お願いしてもいいかしら?」
「オーケー、任せて」
そうサンドラから言われたソフィアは、瓦を渡し疲れた様子で家路についた。
借りてきたシボレータホは明日返すとし、久々に自家用車である赤のホンダCRZで家路についた。
運転しながらソフィアは、「大変な事になった、どうしよう」と呟いた。
ラジオからは、懐メロのフランクシナトラが歌うムーンリバーが流れている。
ソフィアの目に、窓から見える月が心なしか大きく見えた。
アパートに着いたソフィアは、シャワーを浴び床についた。
すぐ眠るつもりだったが、眠れない。
仕方ないので、今日までの事を少しだけ整理してみた。
瓦については、何かの間違いで光り始めホログラムを作り出した。
とにかく、無理があるがそう考えよう。
しかし、『コードワン』が発令され、それが月と関係していそうだと言う事はどう説明する?
この発令は、明らかに少なくともアメリカにとって危機的状況が発生した事を意味する。
チャンドラーで、両親と共に体験した祖先から受け継いだ瓦が、コードワンの原因となっている月に関する事とリンクすると考えると非常に説明が付く。
だが、あまりにも突飛すぎる。
なぜ、いつ頃生まれたのかもわからない祖先の物語が、今起こるのだ?
だが、どうも偶然とも考えられない。
ソフィアは、考えれば考えるほど、もう何が何だか訳がわからなくなってきた。
「いいわ。月というキーワードだけで、この2つをくっつけるのは所詮無理があるのよ。もう、考えるのはよしましょう。寝ようっと」
こう考えた後、ソフィアが眠りにつくのに1分かからなかった。
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