第11話 伝えし使者

【西暦20××年4月4日20時05分】

 ソフィアの実家は、アリゾナ州フェニックス市のチャンドラーにある。

チャンドラーは、フェニックスの郊外にある古い町である。

かつて綿花やトウモロコシの産地で有名だったが、その農業は時代と共にすたれ人口も減る一方であった。

しかし、最近行政のIT企業積極受け入れのおかげで雇用が増え、町はかつての活気を取り戻しつつある。

ソフィアの両親は、ここでトウモロコシ栽培により生計を立てていた。

だが、ソフィアには兄弟がおらず跡を継ぐものもいないため、家業は廃れる一方で今は細々と食べる分だけ稼ぎ生活している。


 この日ソフィアが、フェニックス・ディアー・バレー空港に到着したのは20時を過ぎていた。

実家までバスでも行けたが、田舎ゆえ便数が少なく2時間近くかかるので手っ取り早くレンタカーを借りる事にした。

車なら1時間かからない。

「すいません、1泊レンタルお願いね」

空港のレンタカー店で手続きを済ませ、借りた赤のクライスラー300で実家に急いだ。

慣れ親しんだ道でのドライブは快適だったが、ソフィア自身、明日NSAに戻って片付けなければならない仕事の事を思うと気が重かった。

「どう料理してやろうか、あいつらー くそ、超腹立つ!」

ぶつぶつ言いながら道を走っていると、懐かしい我が家へ到着した。

確かに、母親が言っていた例の2階部屋から、なにやら青白い明かりが外からもはっきり見える。

ソフィアは、玄関のドアを叩いた。

「ただいま」

「よく戻ってきてくれたわね、ソフィー」

両親は、ソフィアの顔を見るとすぐさまハグし、3人はしばし再会を懐かしんだ。

ソフィアの帰郷は、ほぼ1年ぶりである。

「ごめんね。急いできたものだから、気の利いたおみやげもなくて」

そう言ってソフィアが、空港で買ってきたチョコ菓子を差し出すと、ソフィアの父親であるラルフ=アルベルトが呟いた。

「おまえが帰ってきてくれた事が、一番のおみやげさ」

年老いた父親からそう言われ、普段連絡をあまり取っていない自分が恥ずかしくなるソフィアだった。

「ソフィー、ごはんは?」

マリーが訪ねたが、ソフィアは母親の心配事を早く取り去ってやる事が先決と考え言った。

「空港で軽く取ってきたから大丈夫よ、マミー。それより、早速あれを見ましょう。外から見ても光っていたわ。確かに気味悪いはね」

ソフィアは、両親に状況を確認した後光る板を見る事にした。

両親の話によると、瓦が光っているのに気づいたのは2日前との事だった。

ご近所の娘さんの結婚式に呼ばれ、普段なら日中行われる式が夜行われたため遅くなって帰った折、2階から光りが漏れているのに気づいたらしい。

この部屋は、普段使っておらず夜外にでも出ないかぎり光っているのはわからなかったようだ。

また、ご近所さんも電気がついているぐらいにしか思わなかったのだろう。

特に、世間が不思議がる事もなかった。

従って、気づいたのは2日前でいつから光っていたのか定かでない。

まあいずれにしろ、最低でもここ2日間に至っては、両親の健康に害が出ている様子は無く、気味悪いが危ないものではなさそうだった。

大体の事を両親から聞いたソフィアは、「さあ行きましょう」と一声あげ、3人一緒に2階の部屋へと昇っていった。


・光る瓦と言い伝え

 ソフィアが2階に上がると、奥の部屋のドアから青白い光りが漏れている。

やはり、薄気味悪い。

ドアの前に立ち、父親を後ろに従え勇気を持ってドアを開けた。

居間の所には、アジアでよく使われる屋根瓦に似た少し凸状にカーブした板が床の間に飾られていた。

ソフィアが、子供の頃から親しんだ風景である。

板を包むように、青白い炎のような光りが放たれている。

それを見た途端、ソフィアに突然ホワイトアウトが始まった。

眼前が白くぼやけていき、そして、何かが体の中に入ってくる衝撃を感じた。

最初、それは恐怖と感じたが、徐々に妙な優しさに包まれた感触へと変わっていく。

「なに、これ!」

ソフィアは、叫んだ。

一瞬立ちくらみがして床に座り込んだため、それを見た父親のラルフは心配してかけよった。

「大丈夫か、ソフィー」

「ええ、大丈夫よ、ダディー。ちょっと、光りに目がくらんだだけ」

ソフィアは、うずくまりながら言った。

その間、10秒くらい。

しかし、立ちくらみは、明らかにまばゆさゆえではなかった。

が、その後それ以上気分が悪いとか、具合が悪いとかの感じはなかった。

ソフィアの言葉に安心したのか、ラルフが言った。

「そうか、良かった。私や、マリーが近くに行ってもどうもなかったから、おまえも大丈夫だと思ったのだが」

ソフィアは、父親に聞いた。

「ダディー、調子は悪くないわ。これって、触ってみた?」

すると、ラルフは首を振りながら言った。

「冗談じゃない、ソフィー! マリーのご先祖さんの宝だと言うから、後生大事に今まで床の間に飾ってあったんだ。こんな光っているんじゃ、気味が悪いから捨てようと思っている。しかし、怖くて触る事もできやしない。昼間も光っているから、全くもって勘弁してくれだ!」


 マリーは、先祖代々インディアンの血を受け継いでいた。

定かでないが、言い伝えによるとインディアンの中でもナボホ族の一派で、かつてはその中でも有力部族であったそうだ。

そこで、代々受け継がれたのがこの板であった。

大きさは、縦20cm、横30cm高さが10cmくらいの真ん中がふくらんだ瓦状で、陶器のような黒い光沢を放っていた。

その、光沢の周りは、青白い炎のような光が放たれている。

ソフィアもまた、今まで見た事の無いものだった。

そして、この瓦と一緒に部族には代々語り続けられた『物語』があった。

何の目的で、いつ頃出来たのか不明なのだが、恐らく瓦と共に作られたと思って間違いなかろう。

この物語は、ある時は子守歌となり、またある時は数え歌となって、部族の末裔に瓦と共に語り継がれていった。

その物語の内容は、各時代、国、地域どこにでもある『月』を題材にしたものである。

マリーが、母親から引き継いだ内容を簡単に以下に示す。


『ある日、夜を照らす月の王イエツォーは、月と共謀し、豊かな繁栄を続けていた我が部族を支配しようとしました。そして、いずれこの地に戦いを仕掛けようと常日頃企んでいました。それをあらかじめ感じた我が部族の神、エスタナトレーヒはこの地の皆を守るため、いずれ攻めてくるのが確実であろう月の王に対抗すべく武器を作りました。それは、光りの矢が詰め込まれた1枚の瓦でした。そして、エスタナトレーヒは、イエツォーからいつ戦いを挑まれても良いように、代々瓦を引き継ぎ子孫へ伝えるよう部族に命令しました。すべての準備を整えたエスタナトレーヒは、やがて約束された時が訪れ神の星へと戻っていきます。時代は流れ、平和な時を過ごしていた部族に、イエツォーの魔の手が伸びます。それを悟った瓦は、エスタナトレーヒが思い描いた通り、自分の力を発揮してくれる「伝えし使者」を呼び寄せます。そして、部族の子孫である伝えし使者は、瓦が指示したイエツォー撃退を果たす「導きし使者」を捜し出す旅に出ます。やがて、苦労の末、伝えし使者は導きし使者を捜し出します。さらに、伝えし使者より与えられた瓦によって、イエツォーと戦う術を教わった導きし使者は瓦の力によって不死身となった「操りし使者」をこの世より捜し出します。そして、自分の所に呼び寄せ、その者達に瓦の力を与えました。これにより、エスタナトレーヒが、戦いのために準備した敵を迎え撃つ態勢は全て整いました。時を同じくし、イエツォーが月と共に部族へ襲いかかります。しかし、待ち構えていた操りし使者達はこの地よりイエツォーに向け用意した光りの矢を放ち、月ごと撃退を始めます。壮絶な格闘の末、イエツォーは次第に力を失い息絶えます。そして、イエツォーに荷担した月も、仕方なく元の場所へと戻っていきます。やがて、戦いは終わり、ナバホは選ばれた使者達によって、また平和な時を取り戻す事ができました。伝えし使者、導きし使者、操りし使者達は、瓦の力を借りこの戦いに勝ちました。だが、またいつ月の王イエツォーの子孫が、新たな戦いを望んでくるかもしれません。その時がいつ来ても良いように、瓦と共に使者達は備えました。そして使者達は、永遠にナバホを守っていくのでした』


 この物語は、大方どこの国でもあるようなハッピーエンドで終わるお決まりのものである。

物語と瓦は、代々部族の女性系子孫に伝えられ、決して絶やす事が無いようあらゆる方法で伝えなければならない事をソフィア自身も母親からかすかに聞いた事があった。

ソフィアは幼い頃、寝室でマリーから子守歌代わりにこの話を聞かされ眠りについた。

あるとき、ソフィアは母親に尋ねた。

「でも、ママ。なんで月の王は、私達に戦いを仕掛けてくるの? みんな仲良くすればいいのに」

幼いソフィアは、母親によく尋ねた事を思い出した。

「月の王もなんか事情があったのよ、戦わなければならない理由がね」

そうマリーが言い聞かせていると、幼いソフィアはいつの間にか眠ってしまった。

「そうよね、なんで戦いを挑んでくるのよ。訳わかんね」

ソフィアは、年頃になるとこの物語を思い出す度その意図がわからず、やがて時が経つにつれ忘れてしまった。


 ソフィアは、瓦に近づきその光りに手をかざしてみた。

熱くない。

だが次の瞬間、瓦から煙のようにホログラムが立ち上がった。

3人は、ほぼ同時にびっくりし後ろにひっくり返った。

「あいたたた。マミー、ダディー大丈夫?」

ソフィアは、床に伏せている両親を心配した。

「大丈夫だ、ソフィー。一体全体、これ何?」

ラルフは、まるで鳩が豆鉄砲で撃たれたかのような顔をしてソフィアに尋ねた。

すると、マリーが何かに取り憑かれたように怯えながら呟いた。

「ソフィー、あなたは今のご時世、先祖からの物語が現実に起こるなんて思いもしないだろうし、私も今の今までそう思っていた。だけど、あなたのおばあちゃんが怖い顔をして、私にちゃんとソフィアにも伝えなさいと言われていた事を思い出したわ・・・」

ソフィアは、怪訝そうな顔をして言った。

「言われていた事って何なの?」

マリーは、ゆっくりと続けた。

「信じるかは別にして、この物語はどういう形かわからないけど、いつか必ず起こる事だって子供に伝えなさいという事よ。おばあちゃんは死ぬ前、私に遺言のようにこの事を言って亡くなったわ。おばあちゃんも、ひいおばあちゃんにそう言われたのよ」

「マミーも死ぬ前、私に伝えるつもりだったの?」

ソフィアは、頭をかぶりながらマリーに答えを求めた。

「そうよ! それが、私達女に与えられた部族の掟なの」

ソフィアは、マリーの言葉に驚きを隠せなかった。

そんな歴史があったなんて、今聞かされたばかりでどうリアクションを取っていいかわからない。

それはともかく、瓦から映し出されているホログラムが何かを確認しなければならなかった。


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