第10話 NSA

4.伝えし使者(西暦20××年4月4日~7日)


【西暦20××年4月4日13時17分】

 ウイルソン大統領一行が焦燥に駆られ、ペンタゴンに向かう丁度3日前、NSAテロ分析官であるソフィア=アルベルトは、3月末に起きたテロ未遂事件の資料集めに躍起となっていた。

彼女は、30歳になる長身で短髪が似合う独身の女性である。

本人はアリゾナ大学の学生時代弁護士を目指していたが、母方の叔父が当時NSAの要職についている事もあり強く勧められ、大学を卒業すると入職した。

正義感の強いソフィアを幼い頃から見てきた現在NSA副長官のアーネストは、弁護士も良いができたら国のため自分と一緒の仕事に携わってもらいたいと思っていた。

しかし、女の子でもあり危ない事はさせたくなかったので、入職し8年経つが今も無理に分析関係をさせている。

ソフィア自身も、仕事に就いた当初おもしろくなかったらすぐトラバーユするつもりでいたが、最近は天職だと思うようになっていた。


 話を戻すが、未遂に終わったテロは、アリゾナ州フェニックス市の民家で計画されていた。

内容は、中東でアメリカがおこなったイスラム系過激派組織の制裁に対する報復である。

アメリカに入り込んだ組織は、ラスベガスのカジノをターゲットに無差別爆破テロを企てた。

そんな折、ひょんな事からその計画が漏れ、テロの全貌がFBIに情報として入ってきた。

この恐ろしい計画を国家あげて阻止するべく、めずらしくCIAとNSAが垣根を越え協力体制を敷き隠密捜査を重ねた。

その結果、計画をほぼ掌握する事ができたのである。

計画が実行される前、テロを未然に阻止すべくFBIが軍隊並みの装備で組織が潜伏する民家に突入し取り押さえようとした。

しかし、敵も発覚した時の体制をあらかじめ考えていたのか、あるいは事前に情報が漏れたのか、突入したと同時に犯人に気づかれ民家ごと自爆されてしまった。

結果、状況は凄惨極まるものとなった。

5人いたテロリストは全員死亡、先発隊として突入した11人のFBI捜査官のうち10人が即死、外に軽傷も合わせると50人近い隊員が負傷した。

もし、このテロが人の多いラスベガスで実行されたら、数百人の犠牲者が出ていたであろう。

その点、犠牲者は出たものの、国の立場上最低ライン面目を保ったといえる。

しかし、事が自国で行われた事に対し国民は恐怖を覚え、いつ又起こるかもしれないテロに怯えながら日々を送る羽目となる。

スポークスマンは即会見を開き、スピーチでこの事件について怒りをあらわにしたのち組織への報復をほのめかした。

しかし、テロリストは計画が自分達であるとの声明を即座に出し、すぐさま次の計画を実行すると宣言した。

ソフィアは、この計画について数少ない情報に基づきテロリストのアジトを発見し、実行する日をも特定するのに貢献していた。

だが、テロリストを逮捕する直前、犯人の自爆により捕らえる事が出来ず非常に悔しい思いをしていた。

もし本当に新たなテロが計画されているのであれば、今回の事件でつかんだ情報を元に次の計画を予想し、今度こそ真の犯人を挙げる必要がある。

ソフィアは、対策室で情報を集めながら愚痴った。

「やってられなえや、まったく! こいつら、今度こそ意地でも絶対捕まえてやる」

少々、男勝りな所があるソフィアだが、ハリウッドにいてもおかしくない目鼻立ちがしっかりした端麗な容姿をしており、周りはいつもそのギャップを感じずにいられない。


「新人君、例の彼、招集の段取りできた?」

先月、証券会社からトラバーユしてきた分析士ジョセフ=マルカムは、年齢こそあまり変わらない上司からそう告げられ早口で答えた。

「アルベルト分析官、報告します。彼は、入院先で精密検査を終え異常無しであると診断されるや、間髪入れず現場に復帰しテロの捜査に戻ったそうです」

彼とは、事件のあった時、突入部隊で唯一生き残ったFBI捜査官である。

名前はダスティン=コスナー、年齢32歳、捜査官の中では中堅どころであるのだが、屈強で若者に負けない血気盛んな所がある人物である。

ジョセフは、続けた。

「本人は、事件について調書を取られた時すべて言ってあるのでここに来る必要は無いと依頼を拒否しています」

ジョセフも、なんでソフィアがダスティンを呼ぶのか疑問だった。

それを感じたのか、ソフィアは説明した。

「新人君、つべこべ言わずに催促を続けて。それでもだめだったら、上を通し強制するわ。わかってる、ジョン。これ以上、彼から何も情報が出ないのは。それでも気になるの、色々。ね、お願いするわ、新人君」

ソフィアは、とにかくその時の状況をもう少し詳しく聞きたいという思いと、それとは別に一つ確認したい事があった。

爆破の状況から、どう考えても今頃彼はこの世にいない存在だった。

ダスティンよりも現場に遅く入った捜査官は木っ端みじんに吹っ飛んで死亡しているにもかかわらず、爆弾の一番近くにいた彼は全く無傷だったからだ。

その状況も調書に詳しく書かれていたのだが、正直無事だった理由については全くわかっていなかった。

ただ、運が良かったという事で終わっているのである。

今回の事件には関係ないと思いつつ、このミステリアスな現象についてなぜかソフィアは引っかかるものがあった。

ソフィアは、ジョセフに事を進めろとウインクした。

それに対しジョセフは、頭をかぶる仕草を見せた。

最後はいつだって、ソフィアの調子に乗らされている自分がいる。

それでも、ジョセフは悪い気がしなかった。

「了解、サー。交渉は引き続きしますよ」

そう言ってジョセフが部屋を出て行くと、ソフィアのスマホが鳴った。

彼女の母親からだった。

「マミー、ごめん。今、取り込んでいるの。急ぐ?」

ソフィアは、この母親にもう何ヶ月も連絡を取っていない。

この前も、留守電に元気にしているか連絡しろと入っていたのを思い出した。

まずいなと思いつつ、この頻拍した仕事の状況から暇が作れそうになく言い訳をするしかなかった。

「近いうちに必ず電話するわ、マミー。ちょっと仕事が立て込んでいるのよ、ごめんね」

そう言って、ソフィアは電話を切ろうとすると強い口調で待ったがかかった。

ソフィアの母親であるマリー=アルベルトは、「いつもの事ね、はいはい、わかったわ」と通常なら電話を切る所である。

しかし、今回は違った。

「ソフィー、あれが2~3日前から光っているのよ、先祖代々受け継いでいるあれが! お父さん、気味が悪いから捨てろと言うのだけど。ねえ、あなた、お願い。これから戻ってきて、調べて欲しいの。あなたなら、何かわかるかなって。ご先祖様の言い伝えに、何か関係しているのかもしれない。後生だから、帰ってきてちょうだい!」

マリーは、ずいぶん取り乱した口調で喋りまくった。

普段冷静な母親が、こんな尋常でない態度をするのはめずらしい。

いや、今までの人生の中で初めてだと思った。

ソフィアは、怪訝そうな口調で母親に言った。

「マミー、家の2階の床の間に飾ってある瓦状の板の事? あれが? なんで光っているのよ! そんなばかな。ただの板きれでしょう。祖先が、まつりごとをするときに使った神器のようなものだったのでしょう。それが?」

マリーは、震える声で答えた。

「青白い炎のような光り方よ、ソフィー。なんか、恐ろしい感じがするの」

ソフィアは、母親の言葉を聞いてただごとではない気がした。

いずれにしても何かアクションを起こさなければ、このまま母親の気持ちは収まらないだろう。

マリーにとって、父親はどう見ても頼りにならない様子だったし、母親思いの一人娘、ソフィアだけが頼りだった。

そもそも、板が勝手に光るなんてどうもうさんくさい話である。

人に調べてもらうのも気が引けた。

ソフィアは、やれやれと思いつつ優しい口調で母親に言った。

「マミー、わかったわ。そんなに時間は取れないけど、なんとか今夜のうちに戻るわ。それまで、待っていてね」

ソフィアの言葉を聞き、マリーは急に明るい声になった。

「頼りにしているわ、ソフィー。こんな時、あなたが女の子で良かったと思うわ!」


 ソフィアは、このくそ忙しいときになんてこったいと思った。

ネットで夜行の飛行機を予約すると、その後なんとか仕事の段取りをつけ、自分の故郷であるアリゾナへと向かった。

「この分じゃ、帰ってきてから徹夜しなくちゃいけないわ。思いやられるけど、よく考えると、こんな事でもなければ里帰りもしてないわね。まあ、仕方ないなー」

そう呟くソフィアだったが、まさかこの後、仕事とは全く違う次元で忙しくなるとは思いもしなかった。


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