第9話 緊急安全保障理事会
【西暦20××年4月6日19時30分】
この日、緊急招集された安保理が実際開かれたのは、予定より30分遅れてニューヨーク時間19時30分であった。
常任理事国である5つの国から、アメリカ大統領のウイリアム=デイビス、イギリス首相アドルフ=マクファーソン、フランス大統領クリストファー=ベルモンド、ロシア大統領クリメント=アルバチャコフ、そして中国国家主席の陸・克清とそうそうたるメンバーがマンハッタンに集った。
普段、国家元首が安保理に独自参加する事はあっても、一堂に会する事は希である。
今、地球の置かれている状況がより深刻な事がわかる。
各国とも、月に関する情報は大方つかんでいたが、アメリカ、ロシア以外の3国についてはそれぞれ情報が錯綜していた。
皆、理事会専用の会議室に集まると、一通り国連事務総長によって開催の挨拶と今回集まってもらった趣旨の説明がされた。
その後、今回議長国であるロシアのクリメント大統領によって、月の落下について簡単に説明がなされた。
「今、話した内容はロシアがつかんでいる大方すべてであり、皆さんの国でも大なり小なり薄々わかっている事だと思う。何か、状況についての質問がありますか?」
すかさず、中国の陸主席が質問した。
「大統領、端的にお伺いするが、このままでは、人類に未来は無いという事か?」
クリメントは、それを聞いて頷いた。
「残念だがその通りだ、陸主席。何もしなければ、たぶん衝突まで約1ヶ月少々しか時間がない。そうだろう、デイビス大統領?」
ウイリアムも頷き言った。
「アルバチャコフ大統領の言う通りだ。こちらの調査結果も、ほぼ同じ。集まって貰ったのは、皆さんに対応策を考えて頂きたいからだ」
それを聞いて、イギリスのアドルフ首相が首をひねりながら言った。
「ちょっといいかい。説明を聞いて、事態がおぼろげながらわかってきたのだが、どうも腑に落ちない事がある。なぜ、長い間安定していた月の軌道が、ここに来て変わったのだ。そこらの調査は、既に行っているのか?」
すかさず、クリメントが答える。
「うちの調査官に今から説明してもらうが、事態はここ1ヶ月の短い間に起こったもので、正直言って残念ながら理由は何もわかっていない」
そう言うと、連れてきた科学者に説明しろと目配せした。
まだ、40歳そこそこであろう若い学者が、会議室正面のスクリーンに映し出されたスライドでプレゼンを始めた。
「最初に、皆さん学生の頃を思い出して欲しいのです。通常、地球も月も球体であるため、高速で回っている地球は太陽に落ちないし、月もしかりです。この事は、皆さん学習したと思います。今回、何らかの理由で月の速度が急速に落ちたため、その遠心力が無くなり落下が始まったと思われます。しかし、大統領がおっしゃったように、なぜ速度が落ちたかの解析は現在の所出来ていません。月の速度に影響を与えるようなインパクトでもっとも考えられるのは、隕石の落下です。しかし、最近の観測でそのようなディープインパクトは観測されていません。仮にあったとしても、時速3600kmで移動する物体の速度にこれほどまでの影響を与えるような隕石は想像できません。申し訳ありませんが、この現象について、現在の科学力を持ってしても説明する事が出来ないのです」
ロシアの科学者は、天井にあるパノラマスクリーンに過去1ヶ月から現在、そして今後1ヶ月後まで予想した月の軌跡をプレゼンと共に説明した。
「ロシアの調査結果は、ここまでだ。次に、アメリカの意見を聞かせてもらえないだろうか?」
そう言ってクリメントは、ウイルソンに状況説明をバトンタッチした。
それを受け、ウイルソンが続けた。
「アメリカの分析も、ほぼロシアと同じだ。正直言って、現在速度が遅くなった理由も解明できなければ、これから先、対応策も練れないお手上げの状況にある」
ここで、連れてきたハミルトンが手を挙げ、私見であると前置きし発言を求める。
即、ウイルソンはクリメントに発言の許可を求めた。
それが認められ、ハミルトンは続けた。
「ロシアの説明通り、月の速度に影響を与えるインパクトが観測されていない以上、外部的影響が速度の低下を招いていない事は明白です。そうであれば、月の内部に何らかの変化が起こったゆえ速度が落ちたと考える方が妥当であると思います。月の地殻については諸説ありますが、正直まだはっきりわかっていないのが現状です。その中で、現在、月の核に当たる部分は比較的小さいと考えられており自転や公転に影響を与えるとは考えにくい。しかし、もし核が何らかの原因で大きく形を変えてしまったら、速度に影響が出る可能性は否定できません」
「それ、どういう事? もっとわかりやすく説明してくれないか?」
黙って聞いていたフランスのクリストファー大統領が、いらいらしながら聞き返す。
それに対し、ハミルトンは答えた。
「あくまで仮説ですが、何らかの原因で核の一部分が溶け出しそこに空洞ができ、月の自転の遠心力が不安定になった。そして、回転と逆向きの力が働いた、としたら速度を落とす原因になると考えられませんか?」
クリストファーは、なるほどと頷いて言った。
「確かに、その理由で月の速度が落ちる事は何となくわかるが、なぜ溶けたり、空洞が出きたりするのだ?」
ハミルトンは、このフランス大統領を見ていると年端のいかない子供が質問しているようでうっとうしかったが、科学者として悪い気はしなかった。
ハミルトンは、嬉しそうに答えた。
「はい、大統領。月の核が、変化するなんて通常考えられません。しかし、何らかのイベントが月の内部で起こったと考えると筋が通る気がするのです。どうでしょう?」
するとクリメントが、自国の科学者に向かってどうだと目配せした。
科学者は、頭を振りながら答えた。
「ムーア氏の説は、あり得ない事では無いと思います。ただ、月の内部で起こったイベントを、うまく説明ができれば可能性のある話ですが・・・ 月の観測に長い歴史を持つ我々として、月の内部で変化が起こるなんて99%以上ありえない事です」
「1%の可能性ってなんだい?」
皮肉っぽくハミルトンが反論したが、ロシアの科学者は頭を振った。
それを見計らって、クリメントが重たい口調で続けた。
「ムーア君の意見は確信性について疑問だが、月の速度が落ちているのも事実だ。内部起因説が原因であれば、対応策が見いだせるかね諸君?」
理事会には、各国、科学者に加え軍事関係者も同行させていた。
真っ先に意見として出たのが、全く芸が無い、核を使用した爆発による威力によって元の速度に戻す作戦だった。
アメリカは、NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)のSDI(戦略防衛構想)を持っており、その中には大型隕石による核破壊作戦があった。
勿論、ロシアも同様のシステムを持っていたが、対象があまりにも大きくどのような核を使用したとしても、月の破壊はおろか軌道をわずかに変える事すら不可能と考えられた。
もし、ハミルトンが言うように、月の内部異常によりこの現象が起こっているのであれば、事態収束を地球上にある最高峰の科学を持ってしても如何せんしがたい事であった。
仮にあったとしても、衝突までの短期間で人類は何をする事もできまい。
議論すればするほど、この事態に人類が無力である事を思い知らされるのであった。時はもう、夜中の0時を過ぎようとしていた。
しかし、理事会は何も結論を出せずにいた。
各国は、刻々と迫りくる月のデーターと解析、そして解決方法を昼夜探り、わかった事を報告すると約束し一旦理事会は朝までお開きとなった。
その後、それぞれ用意されたホテルへと各国の面々は戻っていった。
ウイルソンも頭が朦朧としながらやっと少し休めると思い、ほっとしながら主席補佐官らとホテルへ向かった。
しかし、休息タイムを取る間もなくマンハッタンの一行に、NSAのアーネスト副長官より至急ペンタゴンへ向かうよう要請があった。
「なんだ、何があったのだ、テイラー長官!」
ウイルソンは、死んだような目で叫んだ。
それを聞きながら、同行していたアメリカ陸軍大将であり、NSA長官であるイーサンは首をかしげ言った。
「どうもNSAの分析官が、大統領に今回の事態収束について進言したい事があるようです」
「今は、藁をもつかむ状況だ。どうにもならない事はわかっているが、聞いてみる価値はあるのか、長官?」
車の中で目をつむったまま、ウイルソンは呟いた。
「そう切に願いますな」
イーサンは、車の外で一段と明るく輝いている月をうらめしげに眺めながらそう呟いた。
一行は、途中でへりに乗り換え、バージニア州アーリントンにあるペンタゴンへと向かった。
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