第6話 コードワン発令
2.来るべき時(西暦20××年4月5日~6日)
【西暦20××年4月5日9時15分】
アメリカ合衆国大統領首席補佐官であるヴィクター=トーマスは、この日朝からいらいらしていた。
本来なら今頃、大統領とベルギーEU本部で開かれる予定になっているロシア2者会談のための打ち合わせをしている所だ。
ところが、先月アリゾナ州フェニックスで起きたイスラム系テロリストによる爆弾テロ未遂事件を解明している最中、出発する直前に近々又国内でテロ計画があるとの情報が入った。
その為、急遽会談は大統領だけ行かせ、自分は留守を預かる事になったからだ。
テロ未遂事件は、FBIの犠牲者こそ出したものの、ぎりぎりの所で民間人にまで被害は及ばなかった。
ヴィクターは、吐き捨てるように呟いた。
「この前は、なんとか未然に防げた。今回も、阻止せねば」
大統領選で、共和党候補であるウイリアム=デイビスを大統領にのし上げたのは、40歳たらずのこの青年である事はいまや国内外誰もが認める所である。
去年2月、共和党支持率2番目の位置にいたウイリアムは、スーパーチューズデイで大差をつけられ大統領選が望み薄となっていた。
そんな矢先、思わぬ形で逆転のチャンスが訪れる。
トップを走っていた候補がスキャンダルで脱落したのだ。
この時とばかりヴィクターは、電光石火の攻勢をかけ勢いのまま民主党候補も押さえた。
そして、今年1月晴れてウイリアムを大統領に祭り上げたのだ。
ちまたでは、スキャンダル自体ヴィクターが仕掛けたともささやかれたが勝てば官軍である。
今は、誰も文句を言う者もいない。
それに対し、人格者として通っている70歳の大台を迎えた大統領は、その人柄か少々お人好しな所があった。
年の割に老かいさを兼ね備えている抜け目のないヴィクターにとってウイリアムは、正直政治力の点で物足りなさを感じている。
「ウイリアム、俺がいなくても黙ってやつらの言いなりにだけはならないでくれよ!」
旅立つエアフォースワンを見送りながら、彼はそう呟くのだった。
大統領の評価については、少なくとも外交において就任後3ヶ月なんとか国民の支持を得ている。
しかし、今回やっかいな事に、会談内容があのシリア近辺の中東問題である。
利権が絡むこの問題は、表向きは人権問題となっているが、一歩間違えるとアメリカ経済を揺るがす大事になりかねないものであった。
この国において外交での失敗は、すぐ様支持率低下に直結するのだ。
現在、苦労して折角優位に立っている議会との力関係が悪くなるのだけは避けたい。できれば一緒に行って、この後ドイツで開かれる予定となっているサミットにおいても、ロシアに対し有利な立場を維持するため心許ない大統領を補佐したかった。
そんな憂鬱な気分でいると、朝っぱらからNASAよりホワイトハウスに緊急連絡があった。
この大事な時に、コードワンを発令するというのだ。
「なにがあった。何で今なのだ。それでなくても、現在コードワン並の非常事態だぞ!」
ヴィクターは、発令元であるNASAの長官カーティス=ミラーに連絡を取った。
「ミラー長官、どんな非常事態が起こったか知らないが、今大統領はベルギーだ。大事な会談が今から始まる。コードワンは、大統領がいないと受けられない決まりになっている事は長官、あなただって承知のはず。そんなに急がなくても、大統領は近いうちに帰ってくるのだ。だから、少し待ってくれ」
彼は、一方的にそう言い、ありえない事に長官の返事を聞かず電話を切ってしまった。
暫くすると、彼の元へ長官から折り返し電話がかかってきた。
「ミラーだ、補佐官。君は、コードワンが議会、そして、大統領の承認を得て出来た法律である事を本当に理解しているのか! どうなのだ、トーマス! 君は、法律を無視するつもりか、補佐官。今すぐ大統領を呼び戻せ! この国どころか、地球を揺るがす非常事態が起こりつつあるのだ。急げ、トーマス!」
カーティスは、怒りに満ちた声でそう言った後、今度はお返しとばかり一方的に電話を切った。
「なんてやつだ。畜生!」
ヴィクターは、怒りが頂点に達し思わず近くにあったテーブルをひっくり返した。
年甲斐もない事をしたため、足に大きなアザができ一瞬うずくまってしまった。
そのため、近くにいた秘書が抱きかかえなくてはならない始末だ。
ヴィクターは、吠えた。
「しょうがねえ。カーティスの野郎、今に見ておれ!」
その後やや一時し、事の重大さに観念したヴィクターは頭をかぶりながらやむなく大統領直通の電話で連絡を取り始めた。
「10時か。会談が始まっていなければ良いが」
ヴィクターは、やれやれやっかいな事になったなと思いつつ大統領が電話に出るのを待った。
ベルギーの首都ブリュッセルは、この日4月だというのに冬のような寒さだった。
「ここは、ワシントンよりだいぶ寒いな。冬用のコートが必要だ、全く」
アメリカ合衆国大統領ウイリアム=デイビスは、マイバッハS600を運転するSS(シークレットサービス)に向かってそう声をかけた。
「はい大統領、まだ雪が降らないだけましです。もう少ししたら、EU本部に着きます。準備をお願いします」
ロシア大統領クリメント=アルバチャコフとの会談は、就任後初めてだった。
電話会談は何度もやっていたが、相手がテレビ電話先で見ても厳つく、まるでゴリラかと思うような風貌だったため、直に会えば物怖じしそうな気がしていた。
「体育会系は苦手だ、全く。何でも丸め込もうとするあの感じ、どうも好きに慣れん」
ウイリアムは車中でそう呟き、やがて時間になったのでEU本部にある会談のため用意された第1会議室に入った。
しかし、ロシア側はまだ到着していない様子だった。
非公式ではあったが、電話会談でなく直に両国首脳が会うとの事で、マスコミの取材は結構な数になっていた。
「やれやれ、またいつもの遅れてじらせる作戦か。ロシア伝統の常套手段だ。未だに、効き目があると思っているのかねえ」
ウイリアムは、首を振りながら呟いた。
そうしていると、程なくヴィクターから電話連絡が入った。
ウイルソンは、ロシアがまだ来ていない事を確認し電話に出た。
「やあヴィクター、どうした。こちらは、EU本部でとうの昔待っているのだが、やっこさん、まだだ。もしかして、テロ計画の把握に進展があったのかい?」
ヴィクターは、会談が始まっていない事を確認すると用件を続けた。
「良かった大統領、まだ会談は始まってないのですね。忙しいところ、急な連絡ですいません。用件ですが、たった今、コードワンがNASAのエイムズより発令されました。ぶしつけで申し訳ないのですが、至急、こちらに戻って来てもらえませんか?」
早口でヴィクターは、まくし立てた。
「闇雲に何言うんだヴィクター。コードワンだって! 内容は? これからの会談は、どうするのだ!」
普段、物腰柔らかいウイリアムだが、『コードワン』というヴィクターからの聞き慣れない言葉を聞くや否やびっくりし、入れ歯が飛び出そうになった。
ヴィクターは、構わず先を続けた。
「コードワンの内容は、大統領の前でしか発表できない事になっています。ロシアがまだ到着していないのであれば、これからすぐ会談中止の連絡を入れます。手配しますので、その足で空港に行って下さい」
それを聞き、ただ事ではない危機感を感じたウイルソンは、ヴィクターに指示した。
「やれやれ何ちゅう日だ。わかった、ヴィクター。どうやら、やっこさん、今の所まだ来る気配がない。至急戻るので、準備を頼む」
「了解しました、大統領。至急、手配します。気をつけてお帰り下さい」
そう言って、ヴィクターは大統領との電話を切った。
ヴィクター自身、会談を断る事に対するロシアの反応が怖かった。
しかし、妙な事にこちらから連絡する前、先にロシアの方から会談中止の申し入れが国務省にあった。
ヴィクターは、やれやれといった風で呟いた。
「中止の連絡は、向こうが先だ、借りは作らずに済んだな。ただ、いつものロシアじゃない。なんか気持ち悪いな」
ヴィクターの何気ないこの言葉が、この日遅く大統領が帰宅し、早々に開かれた会議の中での『コードワン』の内容として明かされる事となる。
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