第5話 招かざる事実 

 マークは、広い研究室の片隅でたたずんでいた。

部下にすべてを任せている司令官でいるために、じっと静かに待ち続けた。

しかし、見かけとは裏腹に本当の気持ちはいてもたってもいられない。

研究室の先では、慌ただしく動く職員の姿が心なしか微妙に多くなってきているのが窓越しのマークからも見てとれた。

それが、また彼の気をせかしているのだ。

そして、2時間ほど経った17時過ぎ、サミーが部下のランディーと共に訪れた。

どうみても、すがすがしい顔をしていない。

まるで、2人ともこの数時間で10歳以上年をとったかに見えるほどやつれて見えた。

マークとしては、事の原因がわかり『それほどたいした事ではなかったですよ』という報告を待っているつもりが、そうはさせまいとする2人の態度がありありである。


「何と言っていいのか・・・ いや何から話せばよいのか・・・」

そう言いつつサミーは、今までマークに見せた事のないやるせない態度をとった。

「サミー、申し訳ないがありのまま報告してくれ。この短期間で調べてくれた結果だ。君の態度から、あまり良くない知らせである事はわかる。しかし、事実であるかどうか精度も問われるかもしれない。まずは、忌憚のない意見を聞かせてくれ」

そうマークに言われ、気を取り直したサミーは単刀直入に話し出した。

「ごめん、室長。今から話す事はたぶん90%以上、いや95%以上当たっている事だと確信している」

そう前置きし、一呼吸置いて彼は喋り始めた。

「マーク、月が地球に近づいている。それも、急速な速度で!」

それを聞いたマークは、暫く目を閉じ考え、すーっと鼻から息を吸い、声を荒げて言った

「サミー、確かにそれはデーターからも、うすうす感じていたのだ。一時的なものなのか? あるいはなにか天体、そうそう太陽あたりの影響でタイミングが少しずれ、この現象が起こっているとか・・・ また、戻っていくとか、そう、何か原因があるだろう!?」

マークは、自分が何を言い出しているのか全くわからなくなっていた。

頭が真っ白になるとはこの事か。

今まで体験した事のない動揺が、彼自身を襲った。

「マーク、落ち着いてくれ」

サミーは、そう言うとランディーと共に呆然としているマークを近くの椅子に座らせた。

1分、いや数十秒の沈黙が流れた。

まるで、何時間も時が止まったような空間に3人はいた。

暫くすると、やっとの思いでマークが気を取り直しサミーに質問した。

「大方の事はわかった。サミー、君の事だからその先も計算しているのだろう?」

「ああ・・・」

サミーはそう言うと、ランディーから資料をもらい月と地球の位置関係を示したパソコン上のグラフをマークに見せた。

「おお・・・」

嗚咽に似た声で、マークが喋った。

「後、1ヶ月しかないのか!」

サミーとランディーは、約1ヶ月で月が地球の重力に引き込まれ衝突すると計算していた。

衝撃の答えである。

何かの間違いであってくれとマークは頭を抱えた。

そして、気を取り直し2人に言った。

「わかった。僕は、君達の事と君達がした仕事に対して信頼しているし、誇りに思っている。しかし、今からこの分析をさらに洗い直し、出来れば何かの間違いである事を証明して欲しい。至急、その資料のすべてをNASA本部に持って行き調査を依頼してくれ。方法は、任す。NASAには、私の方から所長を通し大統領に『コードワン』(【アメリカ合衆国国家緊急事態発令法】)を発令してもらうよう今から動く。その後、君達は今後分析に関する全権を、NASA各部門に委託する事ができるだろう。よろしくお願いする」

マークは、まるで軍隊で指示するような口調でサミーらに命令した。

「了解です、ボス」

彼らは、神妙な面持ちで返事した。


 その後、マークは今日起きた事の成り行きを所長であるジョージ=マクラインの所に行き話した。

ジョージは、マークのかつての師でありマークの事を厚く信頼していた。

彼をこの研究所に招いたのも、ジョージだった。

しかし、この時ばかりは、自分の前にいる青年が説明する話をにわかに信じる事ができなかった。

ありえない、信じたくなかったという気持ちが正解だったろう。

ただ、マークが嘘をつく男でないという事を、誰より知っていたのもジョージだった。

作り話でも何でもない事は、マークの真剣な表情から見て読み取れた。

この男は、嘘を言っていない。

そう確信した所長はマークの申し出『コードワン』の大統領進言を心に決めた。


『コードワン』とは、この国を脅かし、深刻な事態を及ぼしかねないと判断された時、あらかじめ選ばれた機関が諮問機関を得ずに、国の中心であるホワイトハウス直々、事の次第を説明する事ができるものである。

そして、且つ、国の重要機関を招集し審議する事ができる伝家の宝刀である。

重大な緊急事態に備えた指令として、9・11テロ以降設けられた小回りのきく法律として制定された。

国内でのテロや第3国からの攻撃、あるいは国を脅かす大規模な自然災害等々を想定していた。

しかし、その性格上頻繁に使われると御法度であり、内容にそぐわない場合は厳しく責任の所在を問われるので関係機関は安易な発動を戒めた。

そのためか、制定されまだ1度も発令された事は無かった。

エイムズは、この発令を出す権限をなぜか持っていた。

「急ぐのだろう、マーク!」

ジョージの神妙な問いかけに、マークは頷いた。

それを確認したジョージは、NASAの長官に直通で繋がる電話の受話器を取った。このとき、ダニエルらが異変に気づいてまるまる3日経っていた。

ジョージに『コードワン』発令を取り付けたマークは、その足で待たせていたダニエルらの元に向かった。

2人は、部屋で自分らの疑問を解いてくれる答えを今かと待っていた。

マークは彼らに会い、そして、事の次第を説明した。

それを聞いたチャーリーが言った。

「俺ら、大変な事を発見してしまったかもしれないな、ダニエル」

それを聞いたダニエルが即座に答えた。

「ああ、今更どうなるものでもないが・・・」

マークは、彼らに今後調査に関し協力を要請した。

2人は、快く承諾した。

「これから、ホワイトハウスとの話し合いになり詳細な調査が必要になってくると思う。その時、君らを招請するのでこれから帰って準備をしてきて欲しい。職場には、私の方から許可を取っておきます。それと、くれぐれもこのことは事態が詳細に解るまで内密にして欲しい」

マークがそう言うと、2人とも頷きエイムズを後にした。

それからまもなくし、ダニエルらが気づいたこの異変はアメリカを、いや、全世界を怒濤の坩堝へと誘っていく。

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